【星空と温泉と恋人な従者と】俺はエメラルドのご主人様じゃない!・番外編

 最高にうまい夕飯に、自宅の二倍以上はある広さの部屋、横になったら本当に三秒で眠りに落ちそうな心地のいいベッド。
 極めつけは、夜景が一望できる部屋付き温泉露天風呂だ。
「ああ、最高すぎる……」
 事情があるにせよ、思いきって奮発してよかった。恋人と来ているとはいえ、その事情のおかげで一人分の代金で済んでいるのも大きい。
「温泉というのは本当に心身が癒されるものなのですね。文秋さんの顔を見ているとわかります」
 檜の浴槽にゆったり身体を預けている隣で、相変わらず姿勢よく直立しながらエメラルドの化身、翠が笑いかける。服装だけはいつもの燕尾服ではなく、場所に合わせて浴衣を身につけさせた。単純に見てみたかったというのもある。
 予想通り似合っている。イケメンは服装を選ばないらしい。
「でも、お前どっか不満そうだけど?」
 翠はぐっと喉を詰まらせた。まさか、見破られるとは思っていなかったのか? 「その微笑み、わざとらしい」
「……ますます、鋭くなられて」
「毎日一緒だしね」
 多分、癒やしの石と言われるエメラルドのプライドの問題だろう。自分としては比べられないほど、どちらも欠かせない「力」なのだが。
「そうだ、翠もそこに座って見てみろよ、空。すごく綺麗だぞ」
 会話の流れを変える目的以上に、都会ではなかなかお目にかかれないこの夜空を翠と共有したかった。
 素直に正座をして首を持ち上げた彼の、二つのエメラルドが強く輝く。
「……これが、天然のプラネタリウムというものなのですね」
「周りが暗いと、もっとよく見えるみたいだけどな。それでも充分すごいよ」
 よく見ると、同じ星でも輝きが強いものと淡いものがある。まじまじと眺めるなんて学生の時の星の観測以来だからどこか懐かしさも感じる。
「確かある特定の配置がされている星達を繋ぐと星座ができるとか。文秋さんはおわかりになりますか?」
「それが、さっぱり。こういう時にちゃんと勉強しておけばよかったって思うよ」
「ご心配なく。私がしっかり学ばせていただきます」
 どこまでダメ人間にする気なんだと言いたいが、それがすんなり通る奴でもない。ほどほどにな、と一応忠告しておく。
「……でも、わからなくてもこうやって、綺麗な星を翠と眺めてるだけですごく楽しいし、嬉しいよ」
 温泉効果だろうか、内心がするりとこぼれて少し驚いてしまった。翠も同じ気持ちなのか思いきり見つめ返されて、恥ずかしさが増すばかり。すくった温泉を顔に当てても当然効果はない。
「そんな、びっくりした顔で見るなって。珍しいのはわかってるよ」
「違います」
 即座に否定されたと同時だった。
 変な浮遊感を覚えたと思ったら、視界が一変して翠の顔だけで埋め尽くされた。背中には少しだけひんやりとした木の感触がある。
「なんだよいきなり!」
「お静かに。他のお客さまに聞こえてしまいますよ」
 憎らしいほど落ち着きに満ちた声だった。いきなりお姫さま抱っこをされたのだ、黙ってなどいられるわけがない。それより一瞬とはいえ、パワーストーン的に温泉に触れてもいいのか。
「予定ではもう少し後だったのですが、文秋があまりにも可愛らしいので我慢ができませんでした」
 爽やかに見える微笑みを携えて、こいつは一体何を言ってるんだ。無視できない嫌な予感が急激にこみ上げてくる。
「本当は温泉に浸かりながら行うのが王道であり燃えるそうなのですが、私の体質により不本意ながらこのような形で失礼します」
「ま、待て待て。さっきから何を言って」
「もちろん、文秋と過ごす濃密な恋人としての時間のことを、ですよ」
 やばい。予感が大当たりしてしまった。
 しかしここから逆転劇のシナリオは描けそうにないし、力ずくで逃げることも当然できない。
「お、お前、今度はどんな本を読んだんだ。それともドラマか、アニメか?」
「それは秘密です。文秋に勉強しているところを知られたらサプライズにならないでしょう?」
 それに毎回振り回されるこっちの身にもなってくれ!  ――と、反論できなかったのは。
「いいから……もう、黙って」
 吐息のかかる距離で囁かれ、すぐに塞がれてしまったから。
 頭や耳元を撫でられながら口内もたっぷり愛撫され、すっかり全身の力が抜けたところで、翠の、熱を帯び始めた声が注がれる。

「文秋も、楽しんでいるでしょう? 私には、お見通しですよ」

 今度こそ、返す言葉はなかった。
 つくづく、愛おしくて悔しさや憎らしさも感じるほどに優秀な「従者」で「恋人」だ。