【6話】夜の太陽はさかさまで輝く

「あ、あの、今日、ですか? ってかオレ、告白とかしてない……」
「したようなもんだろ?」
 明らかに誘った目で舐めるように見上げてくる俊哉に、本気でめまいがしそうだった。

 部屋に戻った瞬間、俊哉に背中から抱きしめられた。思わず食料品が詰まったビニール袋を床に落としてしまう。
「しゅっ、俊哉さん? いきなり、何を」
「ちょっと、動揺しすぎじゃない?」
 どこか楽しそうに小さく笑いながら突っ込む俊哉の腕を外して、落とした袋を拾う。そのまま部屋に上がると、背後からどこか戸惑った声がかけられた。
「黙ってスルーするの、そこ」
「敢えてです。すげー緊張してるんで」
 あんまりくっつかれると、名前呼びを受け入れてくれた嬉しさも手伝って先へ先へといってしまいそうになる。
「じゃあ、すごく意識してるんだ?」
 隣に立って、買ってきた物の整理を手伝いながら俊哉はまた笑う。もしかして試されているのだろうか?
「俊哉さん、オレの気持ち知らないわけじゃないっすよね?」
 帰り道、電車に揺られながら今後のことを妄想していなかったわけじゃない。あの人への気持ちの整理がちゃんとついたらもっと仲を深めていって、ここだというタイミングで告白しよう、なんてプランを練ったりしていた。
 まるで学生のようだと笑われるだろうが、それだけ真剣で慎重なのだとわかってもらいたい。他の誰よりも、俊哉には。
「まあね。高史、すごくわかりやすいから」
「なら、なおさらからかうような真似はやめてください。オレ、ほんと真剣なんです。あなたのこと、大事にしたいんです」
 強引にキスマークをつけておいて、どの口が言うんだと突っ込まれてもいい。これは紛れもない本心だ。
 目元を緩めた俊哉は、ふわりと身体を預けてきた。
「しゅ、俊哉さん! だから……!」
「わかってる。お前が俺を大事にしようとしてくれてるのは、わかってるよ」
 こちらを見上げた俊哉の視線がただ、柔らかい。何でも受け止めてもらえそうな、しなやかな強さを感じる。
「高史が一緒に生きてほしいって言ってくれて、俺がどれだけ嬉しかったかわかる? まともに礼も言えなかったくらい嬉しくて……たまらなかった」
 涙で歪みかける顔を、懸命に笑みの形にしようとする俊哉がたまらなくいとおしくて、震える両腕で抱きしめ返した。
 もう、絶対に離さない。傷もつけさせない。
「ね、高史……お願い。キス、して」
 蠱惑的な誘いだった。それをかわす余裕は、今の自分にはかけらも残っていない。
「んん、っふ……ぁ!」
 唇だけを交わすのはそこそこに、呼吸ごと奪うように隙間をなくして、舌と唾液を勢いのままに絡める。主導を自分が取っているようで経験値の差か、なめらかに動く俊哉の舌に背筋を甘い痺れが幾度となく走る。
「……っは、たか、し……」
 押しつけてきた中心の昂りを感じて、どきりと胸が高鳴る。同時にこちらの調子も筒抜けとなってしまった。
「あ、あの、今日、ですか? ってかオレ、告白とかしてない……」
「したようなもんだろ?」
「しゅ、俊哉さんはどうなんですか。ほんとに、オレのこと」
「好きだよ」
 声も視線も、ひとつの歪みなく貫いてくる。
「放っておけないって理由だけで赤の他人拾って、身体張って自殺止めて、一緒に生きてほしいなんて言ってくれる高史が……俺にはもったいないくらい、好きだよ」
 少し背伸びをして、耳朶に柔らかく熱い感触を当ててくる。それが夢ではないと繰り返し訴えている。
「だから、今がいいんだ。今、お前に抱いてほしい」
 俊哉の想いの前では、自分の覚悟などちっぽけな存在だった。

「……ホテルまで、我慢できますか」
「生殺し?」
「ここ、安アパートだから壁薄いんです。俊哉さんの声を、誰にも聞かせたくない」
 言葉を詰まらせた俊哉は、俯きながら小さく首を上下させた。

  + + + +

 駅前にあるビジネスホテルは、ダブルベッドの部屋だけが空いていた。
 本当に、なんて奇跡だろう。
 バスローブ姿でベッドの縁に腰掛けたまま、視線だけを四方八方に散らす。自分よりも長くシャワーを浴びているのは、これからに向けての準備を進めているためだろう。
 ――俊哉を抱くんだ。間違いなく、この手で。
 緊張と不安と歓喜と申し訳なさと……浮かぶ感情にいちいち名前をつけるのも忙しい。きっと笑われる。
「めちゃくちゃ緊張してるじゃん」
 いつの間にか、俊哉がシャワーを済ませてこちらに歩み寄っていた。
 雰囲気のせいか、バスローブのせいか、いつもより色っぽく見える。濡れた髪の毛が首筋に張り付き、そのまま目線を追うと見えるか見えないか絶妙な位置で白い布に覆われた胸元にたどり着いて……それきり、移動できない。
「お前、今、どんな顔してるかわかる?」
 隣に腰掛けてきた俊哉は、猫のように身体をすり寄せた。
「すごく、俺を抱きたくてたまらないって、顔」
 間近で微笑み、吐息を乗せて唇をひとつ、舐める。
 ――頭の中で、何かがぶちりと千切れた。
 その場に押し倒して、噛みつくように口づける。おねだりとわかる伸ばされた舌を絡め取り、自らのそれと擦り合わせながら股の間をぐいぐいと膝で押した。
「んぁ……あ、や、だ……」
 とろんとした瞳で見上げる俊哉から、視線が外せない。
「……自業、自得です」


 初めて指を差し込んだその箇所は、想像を遥かに越えた軟らかさだった。
「っは、もっと、そこ、上……こす、って」
 そこだけではない。胸元も腹部も背中も、俊哉の身体は細身とは思えない柔らかさだった。そして、敏感だった。
 尻を突き出した格好でねだる姿が扇情的で、また喉を鳴らしてしまう。
 とっくに理性はやられていた。「決して嫌がることはしない」という誓いだけは何とか頭に刻み込めているが、経験者の俊哉にうまくコントロールされている気がしないでもない。
「きもち、いいですか」
「いっ、い……たかしの、太くて……っあ、あ!」
 指示された箇所を強めに押し上げると、内側が生き物のようにうねる。透明な蜜をとめどなく垂らしている俊哉の中心にも手を添えて、同じくらいの力で扱き上げた。
「ばっ……や、一緒に、するな……!」
「一回、イった方がいいんじゃないですか」
 経験者の余裕を、崩してやりたかったのかもしれない。止めようと伸ばされた手をかわして、同時に刺激を与えていく。
「すごい……俊哉さん、腰、すごく揺れてる。気持ちよすぎるんだ?」
「おかし、なる……ぅ、あ、んぁ……!」
 正直、こっちもおかしくなりそうだ。多分ものすごく必死な顔をして、暴走しそうな自分を抑えている。吐き出す息は獣のように荒いし、中心に無視できない熱が集中して、苦しい。
 俊哉の呼吸が一段と荒くなってきた。二本の指の抜き挿しをさらに速め、先端の割れ目に爪先を当てた瞬間、そこが弾けた。
「……めちゃくちゃ、出た」
 濃い白濁まみれの手を呆然と見つめる。
「当たり、前だろ……っ」
 肩で呼吸を繰り返しながら、俊哉はこちらを軽く睨みつける。
「こういうの、久しぶりなんだぞ……少しは、手加減、しろよ……!」
 ようやく、彼が自ら指示を出していた理由がわかった。少しずつ、自分を受け入れる身体に慣らすためだったのだ。
 いくら初体験とはいえ、あまりな行動に思わず正座して俯いていると、シャンプー混じりの柔らかな香りが鼻腔をくすぐった。俊哉の頭の撫で方は、恋人というよりは子ども相手に近い。
「可愛いな、ほんと」
「可愛いのは、俊哉さんです」
「図体のでかいやつがそうやってしょんぼりしてるとこの、どこが可愛くないって?」
 触れるだけのキスが降ってくる。
「……もう、大丈夫だから」
 どういう意味だろう?
「ここからは、お前の好きにしてくれていいから」
 俊哉は満ち足りた笑みを浮かべる。
「お前に、上書きしてほしい。今までの俺を忘れるくらい、抱いてほしいんだ」
 なんて、殺し文句。
 みっともなく泣きそうだった。固く抱きしめて、俊哉の想いを噛みしめる。
「その前に……俺も、高史を気持ちよくさせてあげるよ」
 バスローブの前を解かれ、手のひらで素肌をなぞりながら押し倒してくる。
 理解する前に、張り詰めていた中心にふわりとした感触が生まれた。
「しゅ、俊哉さん!」
「高史の、すごく大きいな……」
 軽く上下に扱いてから、自らの口元をその場所へと持っていく。やろうとしている行為を把握したと同時に、俊哉の舌が周りを撫で始めた。
「う、あ……っ」
 わざと濡れた音を立てて、ぬるりとした感触が全体に這い回り、擦られる。根元までを咥え込まれた時は頭の中が一瞬真っ白になった。
「ん……どんどん、あふれてきてる……」
 道具を使った自慰とは比べ物にならない。
 腰の揺れも、さらに甘い刺激を求める欲も止められない。他人にしてもらうのが、こんなにも気持ちのいいものだったなんて。
「俊哉さ……っ、オレ、もう……」
「いいよ、咥えててあげるから、イって……」
 頭を上下に動かしながら一層強く吸い上げられて、呆気なく熱を吐き出した。
 力の入らない身体をベッドに沈めるも、確かな咀嚼音を聞いて思わず首を持ち上げる。
「飲んだん、ですか」
 俊哉はただ、微笑んでみせた。口の端から、自らの中にあったものがたらりと筋を作り、喉を伝って胸元までたどり着く。その感触のせいだろうか、小さくも甘い声をこぼす。
 再び、熱が収束していく。頭の中が、俊哉のことだけで埋め尽くされていく。
「早く、きて」
 ベッドに横たわり、両腕を広げてねだられれば――乗らないわけには、いかない。
 勢いのままに繋がろうとして、すんでで装着していないことを思い出す。
「いいから」
 腕を掴まれた。
「そのままで、やって。中に出してかまわないよ」
「いくらなんでも、それは!」
「出してほしいんだ」
 澄んだ、まっすぐな双眸だった。
「出してもらうまでが、上書きだから。……お願い」
 余裕も理性も、とっくにすり切れていた。
 ベッドから浮いていた腰に手を添えると、てらてらと光る蕾に一度触れさせてから少しずつ押し進めていく。
 溶ける。気を抜くと飲み込まれる。それでいて気を任せたくなってしまう。四方八方から誘惑されているような心地になる。
 自身を愛しい人とつなぎ合わせた感想は、ぐちゃぐちゃだった。
 たったひとつの確固たる言葉は、ますます増した「いとおしい」だけ。
「オレ、下手じゃ……っ、ないですか?」
「へたじゃ、な……あ、っああ!」
「いいとこ、あたりましたか……」
「っま、って……ひさし、ぶりだからぁ……あぁ、ん!」
 枕を握りしめて頭を左右に振るたび、黒い髪で彩られた首筋が視界を煽る。見えるところにつけたら俊哉が困るだろうと思いつつも、止められない。
 ――この人は全部、オレのものだ。
「な、に……?」
 薄い痕が生まれた箇所を人差し指でなぞって、律動を再開する。枕にあった両手をそれぞれで絡めると縋るように握り返される。目尻と口端から流れ落ちる雫が、自分のためにあふれていると思うだけで目元が熱くなる。
「……泣いてるの?」
 微笑みながら問われて、初めて気づいた。
 泣くなんていつ以来だろう。自覚したらいたたまれなくなってきた。
「自分でも、よくわかんないです。俊哉さんとこうしていられて、幸せすぎなのかも」
「俺だって、一緒だよ。……本当に好きな人とするのって、こんなに満たされるんだって」

 だから、もっと好きにして。
 もっと、高史で満たして。

 飽きるほど互いの身体を貪って――夢見心地を覚ます音でまぶたを持ち上げて映った、胸元でくるまる俊哉の穏やかな表情に、また涙がこみ上げそうになった。

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