Short Short Collections
主にTwitterのワンライ企画やお題で書いたショートショートをまとめています。
男女もの・BLもの・その他いろいろごちゃ混ぜです。
感情の共有
#男女もの続きを表示します
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まだ離れたくないな、と思ってしまった。
相手からすればただのわがままだ。しかも二人きりで出掛けたのはこれが初めて。それなのに求めすぎじゃないだろうか。
「どうかしたの?」
口数が減っていたらしい。慌てて作り笑いを返して、本当に今日は楽しかったと改めて感想を伝えた。
お世辞抜きに、ただ楽しかった。この人と一緒にいるととても心地いいし、多分「ピースがかちっと嵌まる」感覚はこのことを言うんだろうとさえ思えたくらいだ。
視界の先に、駅の出入口が見えてきた。あそこに辿り着いたら今日は解散しなくてはならない。
――果たして、この人も同じ想いでいてくれているんだろうか?
そうだ、今日があまりにも楽しすぎてその可能性を忘れていた。下半身から力が抜けていくような感覚に襲われて、一気に未来が怖くなった。
足を止めてしまった自分を、想い人は怪訝そうに振り返った。
絶対に、この出会いを無に帰したくなかった。この人とこの先も付き合っていきたい。
「……っあ、の」
声は驚くほどに震えていた。目の前の表情が明らかな心配顔に変わる。違う、具合が悪いんじゃない。反射的に首を振ってから、勇気を出して左腕の裾を掴んだ。
「もう少しだけ、付き合ってくれませんか」
わずかに開かれた目を必死に見つめ続ける。拒否されたら、という恐怖で押しつぶされそうな心を意地で食い止める。たとえどんな結果でも、この選択をしなかった後悔だけはしたくなかった。
自分にとっては五分くらい経ったような感覚が身体を走った時、右手に少し湿ったようなぬくもりが触れた。
「ありがとう。……実は俺も、同じことを考えていたんです」
——ああ。少なくとも今は、同じ気持ちを共有しているんだ。
望む未来への足がかりになれた。それだけで今はたまらなく幸せだ。
触れたままの手に相手の指が絡まる。優しく込められた力に引かれるかたちで、解散予定だった場所とは反対の方向へと歩き始めた。畳む
螺旋を描く悩み
#CPなし続きを表示します
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一息つくために淹れた紅茶のカップを片手に、仕事場兼自室へと戻る。先ほど電話越しに頼まれた作業はもう終えたから、再び待機の状態だ。
数年前からこうして、家族の自営業を手伝っている。一応正社員という扱いだが、感覚はアルバイトに近い。外勤が主なこの仕事の内勤は、待機が基本なのだ。
やることがないわけではない。仕事に必要な荷物を受け取ったり、ほぼ毎日届くFAXやメールをチェックしたりと、一日のうちに不定期に発生する作業はある。
ただ、待機が長いだけ。
こう長いと、どうしてもいろいろ考えてしまう。
例えば売り上げが落ちて食い扶持がなくなったら、他の仕事を探さないといけない。そうなったら正社員はまず無理だろうから、派遣社員かアルバイトになる。それで自分一人でも食べていけるのだろうか。
今のうちに副業でも始めておくのが一番実行しやすい対処だと思う。副業といえば自分の好きなことや特技を活かすイメージが強い。
なら、自分の強みは何だろう?
メモ用紙とシャープペンをとりあえず置くも、ついため息がこぼれた。
大学生の時にもやった「自己分析」。これが本当に苦手だった。自分を客観的に見るのは難しいし、両親に「私の強みってなんだろう?」と問いかけても明確な答えは返ってこなかった。つまり、そういうことだ。
苦手なまま突き進んできたツケがこうして回ってきたのだと、無地な紙が叱咤する。半ば意地になって、とりあえず好きなことを抜き出してみた。
写真を撮る。漫画を読む。旅行。カラオケ。スマホゲーム。料理……は料理教室まで通ってみたけど一向に楽しいと思えなかったから違う。
……これぐらいしかない。しかも、どうしようもないものばかり。
写真はインスタに載せていたらバズった、なんてシナリオはありそうだが夢物語過ぎる。大体人目を引くような写真は撮れたためしがない。
他にいけそうなのは旅行だが、例えば道中のレポをブログなどにまとめられるだけの文才はない。日記も三日坊主で終わることがほとんどだった。
シャープペンを置いて椅子にもたれる。気持ちだけが焦るばかりで、全く行動が伴わない。伴えるだけの力がない。
今から文章の勉強でもするべきか? それよりも「インスタ映え」しそうな写真を学ぶべきか? あるいはその両方か?
頭を乱暴に掻いたその時、目の前のパソコンから通知音が鳴った。身体を起こして確認すると、取引先から添付ファイル付きのメールが来ている。圧縮されたファイルを開いて、中にある十枚以上の写真と共に、メール達を印刷した。
世の中の事務仕事もこれくらい緩かったら、すぐ就職できそうなのにな。畳む
Photo by Florian Pircher(Pixabay )
ここから紡がれる
#BL小説一次創作お題ったー のお題に挑戦しました。『スタートライン』です。120分で完成。
前作に続いてのリハビリ仕様です。
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付き合ってから初めてのケンカをしてしまった。
内容は、今考えると本当にくだらない。例えるなら犬の方が可愛い、いいや猫の方がいいと決着のつきそうにない言い合いをしていたようなものだ。
スマホを手にしてから体感で五分ぐらい経っているのに。指は全く動きそうにない。代わりに思考回路が無駄な足掻きを続けている。
原因は間違いなく自分側にあるとわかっている。彼もさぞ驚いたことだろう。普段おとなしく言うことを聞くような人間が感情をただぶつけてきたら当たり前だ。
無意識に我慢していたのだと、今さら気づく。初めてできた恋人だし、本当に好きだから絶対に嫌われたくなかった。不満があっても飲み込んできた。きっと「いい子」を演じすぎていたのだ。
『もうちょっとわがまま言ってもいいんだぞー? 俺はもう少し言われたいなぁ』
以前そう言われたことを思い出す。冗談だと流してしまったけれど、本音だった?
両手でスマホを握りしめ、深く息を吐き出す。
悲観的になる必要なんてない。ケンカしただけで「別れよう」と切り出すような人でないのはわかっている。原因は自分にあると自覚しているのだから、早く謝るべきなんだ。
「……よし」
無駄に力の入った指で、通話ボタンを押す。コール音の無機質さがどこか怖い。いきなり空中に放り出されたようで気持ち悪い。
『もしもし』
意外に普通の声で驚いた。不機嫌さを隠しているだけとも取れる。
「……あ、あの。良くん。あの、さ」
反応はない。顔が見えないだけでこんなにも不安を煽られる。
「今日のことなんだけど。……本当に、ごめんなさい」
言いたい言葉をどうにか吐き出せた。
『うん』
そっけない返答だった。想像以上に傷つけてしまっていたとしか思えず、全身が震えそうになる。
「つい、カッとしちゃって。おれ、すごく楽しみにしてたのに行けなくなって、ついわがまま言っちゃった」
『うん』
「り、良くんの都合も考えないでごめん。仕事なら仕方ないのに、今までだってそういうことあったのに、おかしいよね」
『我慢してたからでしょ?』
恋人の声に咎めるような音はなかった。それでも深く、胸に突き刺さった。とっくに見抜かれていたと知ってしまった。
『新太(あらた)は言いたいことあっても言わないで、俺に合わせてくれてたから』
いつもの自分ならとっさに反論していた。良くんに合わせてるとかそんなんじゃない。おれの意思だ。本当にそう思っているんだよ。――それが今は、出ない。
「ご、めんなさい、ごめんなさい……おれ、ほんとに、良くんが好き、で」
涙が浮かぶなんて卑怯以外の何物でもない。目元や口元に一生懸命力を込めるが、嗚咽が強くなるばかりで無意味だった。恋人ができてから、元々弱い涙腺に拍車がかかってしまった。
『俺だって新太が好きだよ。本当に好きだ』
声が少し柔らかくなったように聞こえたのは自分の願望のせいだろうか。
『正直さ、嬉しかった。やっと新太がわがまま言ってくれたって』
――幻聴かと疑ってしまった。ケンカの原因を作った相手にかける言葉じゃない。
『何て言うんだろ……信用されてないのかな、って。俺の気持ち。俺にいつも従順なのは本心なのかなって』
電話越しに、必死に首を振る。嫌われたくない一心が、彼を傷つけていた。疑心を向けさせてしまった。
『だからほっとした。……変かもしれないけど、やっと恋人同士になれたなって思ったんだ』
想いを伝え合ってから二ヶ月は過ぎた。その間に改めて彼の人となりを知って、やっぱり好きになってよかったと思えて、けれどその嬉しさをうまく伝えられていなかった。
「……おれ、ほんとバカだ」
『な、なんだよ急に?』
「自分に置き換えて考えればよかった。良くんにわがまま言われたくらいで、嫌いになるわけないのに」
小さく吹き出したような音が聞こえた。
『そうだよ。ていうか、今までわがまま聞いててくれたろ?』
「そんなの、わがままに入らないよ」
『へえ。じゃあ、例えばどういうの?』
改めて問われると難しい。たっぷり唸り声をこぼしていると、「長すぎ」と突っ込まれてしまった。
『わがまま言い慣れてないなぁ』
「し、しょうがないでしょ。元々苦手なんだから」
『じゃあ、ひとつ例を出してやるか』
そして告げられた「わがまま」に、すぐ電話を切って身支度を整え、家を飛び出す。
たった電車二駅ぶんの距離が、倍以上に長くてもどかしかった。畳む
現実につながる夢
#BL小説一次創作お題ったー のお題に挑戦しました。『こんな夢を見た。』です。120分+若干オーバーで完成。
久しぶりのお題SSです。思いっきりリハビリ仕様です。。
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普段から交流のある人が夢に出てきて、しかも内容を大体覚えていると何だか気になってしまう。それから好意に変わる。改めて容姿やら性格やらを観察するようになって、意外な面を発見したりこういう仕草がツボだと知るからだろう。
多分珍しいことではないと思う。……相手が異性だったら。
(多様性がどうの、っていう時代なのはわかってるよ?)
心の中で自身に向かって言い訳をするのも今日だけで二桁はいっている。ちゃんと数えていないけれど体感的にはそれくらいいっている。
目の前にある唐揚げをひとかじりしながら視線の端で捕らえようとしているのに気づいて、無理やりテーブルの上の小皿に戻す。これも何度繰り返しただろう。
大学のサークルつながりで仲良くなった同年代たちと笑い合っている声が右耳をがんがんに打ってくる。近所迷惑になりそうな声量ではないし距離だって四人分くらい離れているのにそう聞こえるのは、己の精神状態のせいか。
ふと視線を感じた気がしたが、反応はできなかった。もしあいつだったらどうすればいいのかわからない。すでに二回ぶつかっているから余計に混乱する。
ああ、酒が飲めれば逃げられそうなのに。あと一年がもどかしい。
「どうしたの大ちゃん、元気ないじゃん?」
賑やかし担当が多いメンツの中でも比較的おとなしい女子――安田が気遣うように話しかけてきた。そういえば「大ちゃん」という愛称もあいつ発祥ですっかり定着してしまった。
「そうかなー?」
そんなに顔に出ていただろうか。まあ、わかりやすいねと言われるのが多いのは認める。
「だって、いつもなら章くんとバカやって楽しんでるじゃない。今日はなんか違うなーって」
さすがに露骨だったらしい。
こっちだって夢のことがなければとっくにそうしている。それとなく二人きりを避けたり遊びを泣く泣く断ったりもしない。今日は人数が多いからそれほど気にしなくていいと思ったから参加したのに、このざまだ。
すべては約一ヶ月前に見た夢のせいなんだ。忘れたいのに忘れられないせいなんだ。
「んー、具合悪いのかもしんないわ。俺、先に帰ろうかな」
待ちに待った夏休みが始まってから最初の集まりだったのに、本当に残念でもったいない。けれど、粘ってもこれ以上気分は変わってくれない。店に入ってからずっとこの調子だから断言できる。
「……本当に具合悪いだけ?」
急に声をひそめてきた彼女を怪訝そうに見返すと、なぜか隣に移動してきた。嫌な予感がするのはなぜなのか。
「な、なんだよ。口説くつもりか?」
「違うから。……本当は章ちゃんとケンカでもしたんじゃないの?」
どうしてそんな質問をされないといけない? 戸惑っているとさらに言葉を重ねられる。
「どうしたんだろうって言ってる人もいるんだよ」
「な、なんでそんなこと」
「当たり前でしょ。あんなに仲いいのに急によそよそしくなったら怪しむって」
予想以上に筒抜け状態だった。このぶんだと彼も同様に感じているかもしれない。もしかしてさっきの視線もそういうことなのでは……。
「き、気にしすぎだって。ほんと何でもないんだから。ケンカってガキじゃあるまいし」
「年齢関係ないから。それより、ケンカじゃないって言葉信じてもいいんだね?」
「だから違うって。つか、やたらつっかかってくんじゃん」
誰かの差し金かと疑いたくなるしつこさだった。だが安田からは返答をもらえないどころかそそくさと立ち去っていってしまった。残されたのはどうしようもないモヤモヤとした気持ち悪さだけ。
(本当に具合悪くなってきた……)
あいつも安田同様に怪しんでいると想像したら逃げたくなった。仮に問い詰められたら言い逃れできる自信がない。というか言いたくない。
「悪い、先に帰るわ」
空気を敢えて無視して金をテーブルに置き、足早にその場を後にする。途中退場を咎めるような連中ではないが戸惑うような声はちらほらと聞こえた。
夜風の生ぬるさに顔をしかめる。こんな時はいっそ凍えそうな温度でお願いしたい。
どうしたら忘れられる? というより、どうしてここまで気にしないといけない? あの夢は一ヶ月も前の、幻みたいなものなのに。
大学で初めて見つけた、気の合う友人だった。最初は素直で単純なだけかと思っていたが、実は真面目な部分も持ち合わせていたり、実は尻込みするところのある自分を引っ張ってくれる力強さもあったり、中学生かと突っ込みたくなるような無邪気な笑顔がどこか可愛いと思ったり……。
(だからどうして可愛いとか考えてんだ俺は!)
水風呂にでも飛び込みたい。喝を入れてもらいたい。
「大ちゃん」
いつの間にか止まっていた足を動かそうとした時だった。
一番聞きたくない声が、背後から響いた。
振り向きたくない。露骨でも、違和感だらけと思われても、どんな顔をすればいいのかわからない。
「大ちゃん。オレも一緒に帰るよ」
許可を求めてこなかった。つまり、逃がさないという意思表示。
反射的に駆け出していた。電車になんて乗れるわけがない。でも行き先はわからない。
「まて、ってば!」
逃走は予想通り失敗に終わった。無我夢中だったからいつの間にか住宅地に迷い込んでいたらしく、目印は木製のベンチが二つ並べられた、屋根付きの休憩スペースぐらいしかなかった。
「……花岡。もう、逃げないから。だから腕、離してくれ」
花岡はそろりと掴んでいた手の力を抜いた。支えを失ったように、ベンチに腰掛ける。隣からどこか荒々しい音が響いた。
屋根があってよかった。電灯はあれど、互いの顔ははっきり見えない。
「……オレ、大介になんかした?」
沈黙は長く続かなかった。絞り出すような声には苛立ちよりも困惑の方が大きいように聞こえた。
「してないよ」
嘘じゃない。現実のお前は何も悪くない。すべては自分一人で不格好に踊っているだけに過ぎない。
「なら、逃げたのはなんで? 避けてるのもなんでだよ?」
当たり前の疑問だった。逆の立場なら同じ行動を取る。そこまでわかっていながら、理由を告げるのが……馬鹿らしいけれど正直、怖い。
親友に近い関係といえど、笑ってすませてくれないんじゃないか。本気で引かれたら今まで通りでいられなくなる。
思わず頭を左右に振った。全く無駄な言い訳だ。
一ヶ月も経っていながら「単なる夢」だと切り捨てられなかった時点で通用しない。うすうす、気づいていた。
「大介……?」
「……夢を、見たんだよ。お前が出てくる夢」
肩にある感触が少し震えた。次の瞬間にはきっと離れていく、そう想像するだけで喉の奥が詰まりそうになる。
けれど、もう年貢の納め時だ。
「どんな夢だと思う? 俺とお前、恋人同士だったんだぜ」
意味が飲み込めない。そんな問い返しだった。
「抱きしめて、キスだってしてた。それ以上の、ことだって、してた」
ベッドの上に組み敷いた夢の中の花岡は、恍惚とした笑みを浮かべてあらゆる行為を受け入れていた。そんな彼がたまらなく愛おしくて、また火がつく。まさに「溺れる」状態。
――オレ、お前がたまらなく好きだよ。好きすぎて、苦しい。
熱に浮かれた花岡に応えた瞬間、薄い光が視界を埋めた。
ただ呆然とするしかなかった。驚きこそすれ、さほど嫌悪感を抱いていない自分にも呆然とするしかなかった。
さらに一ヶ月かけて、夢と現実の想いがイコールになるなんて思わなかった。
「な? 普通に引くだろ? 俺もなんかまともにお前の顔見れなくて変に避けちまってたんだよ」
これで仕方なしでも納得してくれれば御の字、呆れたように笑ってくれたら上出来だ。
「こんな理由で、しかも気持ち悪くて、ほんと悪い。俺もさ、何でそんな夢見たのかわかんないんだよ」
沈黙が怖い。何を考えているのだろう。本心を悟られていたらどうしよう。一番大事にしたい関係なのに壊れたらどうしよう。
「大介」
短く名を呼ばれて、肩をぐいと押された。否応なしに、顔ごと花岡に向き直る形になる。年齢より上に見られることがある端正な顔がうっすらと浮かび上がっていた。
瞬きを一度する間に、口元に熱が生まれた。
正解の反応がわからない。ただ馬鹿みたいに再び目の前に現れた無表情の花岡を見つめるしかできない。
「全く、どんな告白だよ。斜め上すぎるわ」
叱責に聞こえない叱責に、感情のこもらない謝罪がこぼれる。それどころじゃない。今起こった出来事をどう処理すべきかわからない。
「そんな夢見たって言われて、一ヶ月もオレの顔まともに見れないとか言われたらさ、期待するしかないじゃん」
期待、という二文字が大きく響いた。期待するしかない、漫画やドラマなどでよく聞くワード。
「好き、なのか?」
まるで他人事のような心地だった。小さな苦笑が返ってくる。
「じゃなかったらキスなんてしないし、お前が見たような夢も見たりしないよ」
軽く引き寄せられて、耳元にその夢の内容を吹き込まれる。次第にじっとしているのが苦しくなってきて、思わず身を捩ってしまった。素直に解放してくれた花岡は、今度は楽しそうな笑い声をこぼす。
頭の回転速度が全然足りない。ここ一ヶ月の出来事をいきなり全否定されたような気さえしてくる。
「……お前、実は嘘つくのうまいだろ」
こんな物言いはどうなんだと思いながらも、大なり小なり反撃したくてたまらなかった。
「俺はみっともない態度取っちまったのに、お前いつも通りすぎただろ」
「そりゃそうだよ。だって大好きなお前に絶対嫌われたくなかったんだから」
密かな努力を褒めてほしい。そう言い切った花岡に再び抱きしめられた。
――夢の中と違って、自分はどうやら翻弄される側らしい。畳む
2021年1月2日[23件](2ページ目)
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きっと死刑宣告
#BL小説一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負 のお題に挑戦しました。
『やめてって言ったでしょ』『コンプレックス』です。
120分+若干オーバーで完成です。
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なんだよこれ。どういうことだよ。
口にしていたつもりが、出なかった。喉から先が詰まって、苦しささえ覚えた。
「どういう、ことなの……?」
目の前で彼女が青ざめている。その言葉の意味は多分違う。
「あれ、意味わからなかった?」
彼女も自分も同じ表情をしているはずだ。
彼だけが、間違い探しのように明朗な笑みを浮かべている。
「君が浮気してるんじゃないかって疑ってる相手は、俺だったってこと」
「っうそ……うそ……! だってあなた、女がいるって……!」
そう。嘘だ。こいつのことは大学を卒業してからも大切な親友のままだけど、そんな付き合いは一度もしていない。さらに言えば他の女だっていない。ずっと彼女だけを想ってきた。初めてできた恋人だなんだ。
今夜も、彼女との幸せな時間を過ごせるはずだった。週末の予定をどうするか決めて、気持ちはそこに向かっていたはずだった。
どうしていきなりこんな展開になった? 高い場所から突き落とされた?
「それが嘘。ついでに君に見せた写真も実は合成なんだよねぇ」
スマホを取り出した親友は、実に愉快そうだった。真っ赤になる彼女が滑稽に映ってしまうくらいの余裕を見せている。
「……いい加減にしろよ」
苦しさが、胸元から湧き上がる熱で溶けた。
反論もろくにできないままでいられない。彼女の誤解を解けるのは自分しかいない。
「さっきからでたらめばっか言うなよ! ふざけんな!」
胸ぐらを掴み上げても、彼の表情は変わらない。堪えようのない恐怖も生まれて、もはや彼がどんな存在なのかわからない。
「でたらめなんかじゃないよ? 俺は本当におまえを好きだし」
「好きだったらこんな馬鹿げたことしねえだろ!」
掴み上げたままの拳が細かく震える。今まであんなに仲がよかったのに。誰よりも理解者でいてくれてたのに!
「するに決まってるだろ? 俺とお前は好き合ってるんだから」
「やめろって言ってんだよその嘘を!」
「嘘じゃないって言ってるのになぁ」
再び、喉の奥が詰まった。唇が塞がれている。いやというほど覚えのある感触だ。それを今、目の前の男から——
胸ぐらを解放して、思いきり彼を突き飛ばす。認識したくないのに、確かにあった感触が容赦なく現実と突きつけてくる。
同時に、後ろの方で耳慣れた足音が遠ざかっていくのが聞こえた。慌てて振り返っても、どこかで曲がってしまったのか姿はない。なくなってしまった。
「やっと彼女もわかってくれたみたいだねぇ。いやあ、長かったよ。……本当に」
身体中に、雑多に物を詰め込まれたようだった。吐き出す手段も、浮かばない。
視界が歪む。堪えたいのに地面さえも映らなくなって、頬を、口元を押さえる指を、涙が何度もなぞっていく。本当にこれは現実なのか?
顎をすくい上げられた。ある程度戻ってきた視界のすぐ先で、親友のはずの男がぞっとするほど綺麗に笑っていた。
「大学卒業したらこれだから、本当にまいったよ。やっぱり近くで見張ってないと駄目だね。お前はとっても人気者だから」
自分の知らないところで、そもそも問題のわからない答え合わせをされている気分だった。考えないといけないのに、できない。
「あんな女、お前にふさわしいわけないだろ? 一番は俺。お前のこと絶対幸せにしてやれるって、あんなに一緒にいたのにわからなかった?」
宝物に触れるように、両方の頬を撫でられる。感情が流れ込んでくることを防げない。
「俺はお前の全部が好きだよ。誰にでも分け隔てなく優しいところも、相手をつい優先させちゃうところも、でもいざという時は前に出て守ってくれるところも、もちろん身体も全部……好き」
親指で、唇の表面をするりと撫ぜると、男の口元がさらに緩んだ。
「そういえばこのぷっくり気味の唇がコンプレックスだって言ってたっけ。俺からしたら全然そんなことないっていうか……いつも貪りたくてたまらなかったんだよ?」
そのまま迫ってくる瞳を、そのまま受け止めてしまった。ゆるく食まれて、舌であますところなく撫でられて、ついには口内に侵入されても、抵抗できなかった。
気力が、奪われていた。
「これで、お前はもう俺のものだね」
彼は、今まで見た中で最高にまぶしい笑顔を顔面に飾っていた。
死ぬまで、脳裏にこびりついて離れないような、笑顔だった。畳む