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お役御免はまだまだ先?

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深夜の真剣物書き120分一本勝負 のお題に挑戦しました。
お題は「②落ち着きを取り戻す」を使いました。
以前書いた「穏やかに、確実に、時は流れゆく」 とほぼ同様のキャラを使っていますが、これ単体でも読めると思います。
BL設定ではありますが、本文にBL的なやり取りはありません。

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 平日の午後。
 忙しくも暇でもなく、どこかのんびりとした空気が漂っている、いつもの探偵事務所のはずだった。
「ごめん、ちょっと出てくるね」
 そう言い残して足早に出て行った所長を、後輩がぽかんと見送った。さすがに違和感を覚えたらしい。まあ、確かに「あの状態」の所長を見るのは初めてだから仕方ない。というか久しぶりじゃないだろうか。少なくとも、彼がこの探偵事務所にやってきてから一度も起こっていなかった。
「あ、あの梓さん。所長、なんか悪い物でも食べてたんで?」
「……どうして?」
「いや、外出るの相当珍しいじゃないですか。でもそれだけじゃないっていうか」
 両手が空いていたら右に左に動いていそうな素振りを見せながら出入口のドアを振り返る。追いかけたいけれどどこに行くべきかわからない。心情としてはそんな感じだろう。
 ただ、私ならわかる。
 短くため息をついて、びっくりしたように名前を呼んできた背中越しの彼に答える。
「私、探してくるから。悪いけど、事務所をお願い」


 たっぷり20分はかけて、周りの雰囲気より時が巻き戻ったような佇まいの喫茶店に辿り着く。
 入口をくぐると、すっかり顔なじみになった店長がわずかに苦笑しながら頭を下げた。毎回お世話をかけますという思いと共に目線を下げ返すと、一番奥まった場所にある二人席に腰掛けた。
「久しぶりに出ましたね、この発作」
 眉根を寄せた所長がにらめっこしているターゲット――一冊の本を指差しながら、出された水を半分まで飲む。今の季節、夕方でもまだまだ暑い。
「三浦くん、びっくりしてましたよ。ほとんど外出ない所長がいきなり飛び出したから」
「……昇くん、なんか言ってた?」
「気になるなら早く戻ってあげたらどうですか?」
 大事な人の動向を探っておきながら視線も身体も石のように動かない。無駄とわかっていて敢えて告げたのは、これが唯一の対処法だから。
 しかし、三浦と深い仲になってから相当我慢でもしていたのか、眉間の皺がいつも以上に深い。長引きそうな予感に早くも投げ出したくなる。
「……ったく、相変わらずこういう本は己の目線で好き勝手書かれてて反吐が出る。盛大な自分語りすぎて金の無駄だね」
「所長にはそうってだけですし、別に絶対手に取ってって命令されているわけじゃないでしょう。いつも突っ込んでますけど」
「大体数千円払って簡単に解決できるなら誰も苦労なんかしないんだよ。あ、ここに書かれてる手法、僕ならもっとコスパよくこなせるけどね」
「それいわゆるブーメラン発言なんじゃないですかね」
 未だに不思議で仕方ないのだが、頭の中が暴発しそうなくらいに煮詰まってどうしようもなくなったとき、事務所を飛び出すと道中で購入した自己啓発系の本を片手にこの喫茶店に入り、ひたすら毒づくのがお決まりになっている。曰く、「自分ならこうだ、という論を思い浮かべまくっていくうちにすっきりしていく」らしい。敢えて掃除をしたり散歩に出かけたりするとリフレッシュするというのと同等か、いや、一緒に括るのは憚られる。
 とにかく、所長なりの落ち着きの取り戻し方なのだ。
 自分が相手役を務めているのは、偶然にも毒抜き中の所長を見かけてからだった。
『梓くんの冷静なツッコミがすっごく助かるってことがわかったから、できれば付き合ってもらえると嬉しいな』
 普段の所長に早く戻れるなら仕事も滞らずに済む。そのためだけに役目を続けているけれど、面倒なのに変わりはない。
「私、次から三浦くんにバトンタッチしようかな」
 喫茶店自慢のショートケーキをつまみながら呟くと、視線がぐいんとこちらを捕らえた。本を閉じ終えていないのに珍しすぎる。
「や、やだよ!」
「どうせいずれは二人で住んだりするつもりなんでしょう? 私のいないところでこうなってもおかしくないですし、予行演習だと思って」
「む、無理無理! こんな姿を昇くんに見られるなんて無理!」
 ……まったく、本当に無駄にプライドが高い。
 少なくとも三浦は、絶対嫌いにはならない。むしろ、しっかり支えられるようになりたいと決意するタイプだ。
(気づいたらたくましく成長してそうね……)
 その未来はちょっと楽しみかもしれない。例えば、完全に所長を尻に敷いていたりとか……
 ——パタン。
「こ、ここにいたんですね二人とも……!」
 二つの音は、ほぼ同時に聞こえた。
 所長のすっきり顔が見事に固まっている。さすがの自分も驚きを隠せないまま背後を振り向いた。
「三浦くん、どうしてここが」
「いや、やっぱり気になっておれも出てきちゃったんです。来客の予定ないしって思って……」
「私のあとを、追いかけて?」
「途中で偶然見かけたんですけどすぐ見失っちゃったんです。で、手当たり次第探してたらここに」
 一応、三浦が後をつけていることを想定して敢えて遠回りしてみたりしたのだが、偶然なら仕方がない。
「これはもう、神様のお告げなんですよきっと」
 ケーキと紅茶まできっちり平らげて、未だフリーズ中の所長に適当な理由を告げながら席を立つ。本を閉じたなら毒抜きは終わったという証だ。つまり、役目は終わった。
「あ、あの梓さんここで一体なにを? まさかサボりですか?」
「サボりじゃない」
「す、すみません……」
 口にした物はあくまで必要経費だ。何も注文せず留まるだけなんて失礼にもほどがあるじゃないか。
「それに、三浦くんが気になってることは所長が丁寧に説明してくれるから大丈夫」
 助けを求めるような視線を感じた気がするが、あくまで気のせいだろう。というか誤魔化すなんて無理。
「所長。サボりじゃないって、ちゃんと証明してくださいね」
 敢えて身体ごと向き直り、満面の笑顔を向けて、今度こそ喫茶店を後にする。
 所長の情けない悲鳴が聞こえた気もするが、これもまた、気のせいに違いない。畳む

2022年7月16日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する

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穏やかに、確実に、時は流れゆく
#[BL小説]

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深夜の真剣物書き120分一本勝負 のお題に挑戦しました。
お題は「③感無量」を使いました。
以前書いた「息抜きの場所は恋人の隣だけ」 の設定を使っていますが、雰囲気はちょっと違ってます。

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「所長。これ、頼まれてた資料です」
「お、ありがとー。ちょうどいいからちょっと休憩しようか。ほら、梓くんも」
「……わかりました。じゃあ、せっかくなんでお茶請け買ってきますよ」
 彼女がそう言い出すときは「自分が食べたいものがある」という証拠なのだが、突っ込む者はいない。止めても無駄というより、だいたい素晴らしいチョイスをしているからという理由が大きい。
 かすかな鼻歌をこぼしながら扉をくぐって行った梓を見送ると、牛乳だけを混ぜたコーヒーを応接に使うテーブルに置く。待ってましたとばかりに所長が隣に腰掛けた。
「……うん、おいしい~。すっかり僕好みの味になったね」
「そりゃほぼ毎日淹れてますからね」
「仕事もすっかり手慣れて」
「入社して一年経ちますからね。もちろん、まだまだ勉強不足ですけど」
 すると、なぜか微妙な顔つきになっていた。拗ねているかと思ったが、断言できる自信がない。
「……なんですか? その気持ち悪い顔」
 だから、こう言うしかできなかった。
「ひどっ! 仮にも上司に向かって!」
 しかし、なぜかにんまりとした笑顔に変わった。
「あぁ、でも生意気なところは変わらないよねぇ。ここに来たばっかりの頃を思い出すよ」
「所長だって、失礼ですよ」
 ますます笑みは深まるばかり。
「僕、昇(のぼる)くんのそういうところ結構好きなんだよね。なんか、裏表なくて微笑ましい」
「んなっ!」
 くそ、乱された。この人のぶっこみ方、いつもタイミングが読めなくて嫌いだ。
 どう返すべきかと必死に思考を回していると、肩を引き寄せられた。反射的に視線を向けた先には、やっぱり幸せそうな所長の顔が待ち構えていた。
「ちょ、ちょっと。仕事中ですし梓さん帰ったんじゃないですよ、買い出しですよ、そろそろ戻ってきますって」
「大丈夫だって。梓くんは僕たちの関係知ってるし」
 そうだとしても、実際見られたらたまったもんじゃない!
 ……訴えたところで言うことを聞いてくれないのも、悲しいかな一年の付き合いで学んだことだった。
「……だ、だったら。せめてこれ、やめてくれません?」
 頭を優しく撫で続けている手のひらを指差すも、可愛くないぶりっこ声で拒否された。
「君がここに来てからの日々を思い返してしみじみしてるんだもの、無理無理」
 声が甘くて柔らかくて、反論したいのにできない。なんだかんだで、こういう時に感情を誤魔化さないでくれるところが自分も好きだったりする。
 梓が戻らないことを祈りつつ、ぎこちない動きで身体を寄せていく。左側から伝わってくる、徐々に馴染みつつある熱が心地いい。
 始めの頃は反発ばかりして、人間としても新人としてもまるで駄目な人間だったのに、よくクビにされなかったどころか恋人関係にまでなるなんて、本当人生はどう転ぶかわからない。
 今でも単なる気まぐれなのでは、と不安になることもあるけれど……不思議と、このひとの隣にいるとネガティブな感情はたちまち消えてしまうのだ。
「あ、昇くんなんだか可愛い顔してる」
 頭を撫でていた手で顎を掬われた。訊き返す暇をもらえなかった原因は、唇を覆う柔らかい感触のせい。
「あー、そんな反応されると止まらなくなっちゃうなぁ。もっとしていい?」
「っだ、だめに決まってるでしょ! このエロ所長いいかげんに……!」

 コンコン。
 ごほんごほんっ。

 犯人、いや、救世主は誰か、言わずもがな。
 慌てて隣を突き飛ばし、平謝りしながら救世主を招き入れたのだった。畳む

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死神は気まぐれに舞い降りる

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深夜の真剣物書き120分一本勝負 のお題に挑戦しました。
お題は「①肌寒い夜」を使いました。

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「もしもし?」
 耳に届くすすり泣く声に、やっぱりな、と眉をひそめる。
 予感じゃない。スマホに表示された名前を見てからとうに確信していた。
『ねえ、あなたも、見たでしょ? 見てしまったんでしょ?』
「……ああ」
 溜め息だったのか、息を飲んだのか。
 どれだけの衝撃と絶望を感じているのかだけは、ただ、わかった。
『なんで……なんで、なの……!』
 俺たちには不思議なつながりがあった。
 夢――一人の人間が意識なく宙に浮いていて、少しすると頭の先から白い煙のようなものが狼煙のように立ち上り続けるという内容を、何の前触れもなしに見ることがある。
 それは、彼女も同じ夢を見たという証拠。
 どちらかの知り合いが、亡くなったという証拠。
 今日……いや、明日かその次の日か。いずれ、逃れられない事実を突きつけられる。
 俺たちに血縁関係もなければ、共通の知り合いもいない。たまたま就業先で出会っただけなのに、その瞬間から死神とも言うべき力が発現したのだ。
 まるでファンタジーな出来事を前に打つ手など思いつきやしなかった。ただただ翻弄され、神経を蝕まれていく。
『もう……もういやよ! 私もうこんなのいや……!』
 荒々しい吐息に同調しかけて、やめた。俺だけはしっかりしていなくては、お互い堕ちる事態だけは避けなければ。
「……神様でも悪魔でも気まぐれ起こして、なくしてくれるかも。いや、なくなれって祈ってないと」
『そんな気休めいらない!』
「ごめん。ただ、」
 ――そう言い聞かせでもしてないと気がおかしくなるから。
 言えなかった。俺はそうでも彼女は俺じゃない。気持ちだけは痛いほどわかるから責められない。叫び出したいのは俺だって同じだ。
 スマホを握る手が細かく震え出す。
 たったふたりで世界に閉じ込められたようだ。生き延びるすべはどこにあるのかとがむしゃらに足掻いて、無駄に終わり、絶望しながら夜明けを迎えている——そんな気分にさせられる。
『……いえ、ごめん、なさい。あなただって私と同じ、なのに』
 力なく首を振った。喉の奥からこみ上げてくるものを必死に飲み込む。

 なぜ、いきなりこんな能力に目覚めたのか。
 なぜ、俺たちなのか。
 なぜ、俺たちでなければならなかったんだ。

「……とりあえず、また大きな図書館とかネットとか、見てみる」
 検索していないワードはなんだろう。まだ行っていない図書館は?
 先が見えなくても、無駄な足掻きでも、今はとにかく動き続けるしかない。「見えない」ということは、未来が決まっていないということだから。
『……スピリチュアルなお店とか、意味、あるかな』
「そうか、そうだね。全然ありそうだから、そういうところも当たってみよう。意外にすぐ手がかりが見つかったりして」
 努めて明るめの声を出す。事実、その線は今まで考えつかなかったのだ。落ち着いてさえいれば、突破口を見つけてくれるのはいつも彼女だった。
『いつもありがとう。……頼ってばかりで、本当にごめんなさい』
 少しだけ、声色に精気が戻ったように聞こえた。
「ううん、俺もありがとう。正直、ちょっと折れかけてた」
『……絶対、こんな力、なくそう』

 電話を終えて、部屋の窓を開けた。真夏にさしかかろうという季節なのに、肌を撫でる風に思わず首をすくめる。
 身体の芯は、あの日からすっかり冷え切ってしまった。
 毎夜、こわくてたまらない。好きだった静寂の時間は、すっかり塗り替えられてしまった。
 早く、取り戻さないと。
 俺たちは、ただの人間なんだ。畳む

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【300字SS】嗚呼 孤独の日々

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300字SS  のお題に挑戦しました。お題は「洗う」です。

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初めての時はみっともなく両手が震えていた。時には失敗して報復を受け、逆に命の危険を覚えたほどだ。
何とも思わなくなったのはいつからだろう。
ある日、一心不乱に手を洗う自分を見下ろしているもう一人の自分がいた。
「そいつ」は全く落ちない両手のよごれを信じたくないというような素振りで確認と洗浄を繰り返していた。時にはみっともなく奇声まで上げる始末。
——馬鹿だ。ああ、本当に馬鹿だ。
だったらなぜこの道を選んだ。どうしても成し遂げたい目的があるから、この道を選択したんだろう?
もっと非情になれ。感情を捨てろ。洗い落とすべき対象はそっちだ。

足を踏み入れた時点でもう、「明るい未来」などやってはこないのだから。畳む