Short Short Collections
主にTwitterのワンライ企画やお題で書いたショートショートをまとめています。
男女もの・BLもの・その他いろいろごちゃ混ぜです。
NotOneSummerLOVE
#BL小説 #R18——欲に負けた瞬間、ひと夏の過ちになると思った。でも、手のひらの上だったんだ。
高校生、同級生同士です。
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少し色褪せた木目の天井を見つめていた。
見つめておく必要があった。
隣から意識を逸らしておく必要があった。
最初はただの同級生だった。
席替えをした時、前の席に彼がやってきたのをきっかけに、友達同士に変化した。
いつしか親友同士へとなり、……
驚くほど馬が合った。考え方は正反対、好きなものは被らない、けれど他の誰よりも、隣で呼吸をするのが楽だった。
『お前、今こういうこと考えてたろ』
それが彼の口癖となるのに時間はかからなかった。その予言はほとんど当たっていたからだ。
『お前はわかりやすいんだよ。まあ、俺が理解しすぎてるだけかもしれないけど』
ただのからかいとも取れる言葉が、嬉しかった。切れ長の目を細めて、口角を少し上げたさまが、格好いいとさえ思えた。
……逸らす必要があるくらい彼を好きになっていたのだ。
冷房は十分に効いている。
背中にじっとりと感じる熱は、明らかに隣のせいだった。
どうしてこうなったのか思い返してみる。夏休みの宿題を見てもらいたくて――本当は一緒にいたくて――彼の家に押しかけた。一時間もすると集中力は切れて、意外に長い睫毛とか、自分で整えているのかちょうどいい太さの眉をちらちら盗み見るようになったら、呆れたように気分転換のテレビゲームを提案された。それに敢えて熱中していたら思った以上に疲弊してしまい、互いに大の字に寝転んで、気づけば彼だけが寝ていた。そういえば寝付きのよすぎるタイプだと言っていた。
エアコンの風では打ち消せない呼吸音が左耳をくすぐる。――寝息だけを意識的に拾おうとしているのは明白だった。
身体の最奥で激しく打ち鳴らしているような鼓動が続いている。息を吐き出す瞬間も、無駄に熱さを含んだものだった。
視線はいつしか、テレビの左隣にある本棚へと移っていた。知っている漫画もあれば小難しそうな参考書と思われる文庫、分厚い図鑑など、多種多様な本が四段すべてにきっちりと収められている。
ここから視線を下ろしたら、無防備な彼へとたどり着いてしまう。今の状態で寝顔を捕らえてしまったら、どうなるかわからない。
「……、ん」
色を含んだように聞こえたのは特別な目で見ているせいだ。
だからこそ、ここでとめておかなければならない。
「つか、さ……」
名前を、呼ばれた。
今まで一度も、名前で呼ぶなんて、なかったのに。
まさか、夢を見ているのか?
夢の中に、「いる」のか?
「ゆき、と」
魔法にでもかかったみたいだ。鼓動のせいで苦しささえ感じているのに、今にでも飛び立ててしまえそうな気分になっている。
「ゆきと、ゆきと……」
何でも見通してしまう聡明な輝きに蓋をして、普段より柔らかな表情で寝息をこぼし続ける彼は、理性でつくられた壁を簡単に破壊していく。
エアコンは、もう役に立たない。
顔の両端に手をついた。初めて見下ろす、親友と油断している彼の無防備さにむしろ喉の奥を震わせた。
少しずつ肘を折っていき、腕半分を完全に床につける。
呼吸が、唇に触れる。皮膚同士はまだ離れているのに熱が伝わってくるような錯覚が襲う。彼の顔だけが、視界を埋め尽くして離れない。
夢の中でしか成し得なかった距離に目眩がしそうだった。
好きだ。友達として以上に、好きでたまらないんだ。お前しか考えられなくて、どうしようもないんだ。軽蔑しないでくれ。嫌わないでくれ。
初めてのキスは彼の飲んでいた麦茶の味が混じっていた。見た目には薄い唇なのに、心地よさを感じるほどに柔らかい。
口の中に吐息がかすかに入ってくる、それだけで何も考えられなくなる。いつまでも重ねていたいと、欲が頭を出しそうになる。
「っ、んぅ⁉」
あるはずのない衝撃が、後頭部に走った。反射的に身体を引こうとしても動けない。呼吸ごと奪おうとするような、確信的なキスまでされている。
「やっぱり、襲ってきた」
ほんの少しだけ距離を取って、目蓋の奥にあったダークブラウンがまっすぐに射抜く。
再び、唇を塞がれた。
背中をそわりとした感触が這って思わずくぐもった声を漏らすと、湿った塊が差し込まれる。
「ふぁ、は……っ、ん……!」
「ん……っは、ぁ……」
これは彼の舌なのか。苦しい。どう呼吸すればいいのかわからない。気持ちいい。
たくさんの情報が頭の中を圧迫して処理しきれない。ただ口内で余すところなくなぞっていく塊に、ぴくりぴくりと反応するばかりだ。
ちゅ、と唇を軽く吸われた音で、うつつな状態から戻ってくる。彼の細い指が下唇の端から端までをゆっくりなぞって、吐息に甘い音が重なる。
なんで。問いかけようと懸命に開いた口からは、引きつった悲鳴が漏れる。
「せっかくだから、こっちも触ってやるよ」
うそ、だ。
でも彼の手は確かに、ジーンズを押し上げているモノを捕らえている。形を確認するように、あるいは愛撫するように、ゆるく上下に動いている。
鼻で軽く笑う声が聞こえた。ベルトが外され、チャックまで下ろす動作を黙って受け入れてしまう。
両膝が崩れ落ちるのを助長するように、右耳に熱い吐息を注ぎ込みながら直に触れてくる。腰が大げさに跳ねるのも仕方ない。他人に、しかも彼に触れられる日が来るなんて、想像しろという方が無理だ。
自慰をするように、指全体で根元から先までを丁寧に何度もなぞる。たまに先端からにじみ出ている液体を拭うような動きを取り、さらになめらかな愛撫を重ねていく。
「わかるか? ここから、どんどんあふれてるの……」
「っ言う、なぁ……!」
「無理だね……お前が、エロいのが悪いんだ」
最初からエアコンがついていないような暑さにまみれている。汗がにじむ。触れ合ったところすべてが、じっとりとあつい。
「……ねえ。俺のも一緒に、触ってほしい」
触って?
もう一度ねだる声が、波紋のように頭に響く。
向かい合わせの体勢になると、明らかな欲に染まった表情と対面してぼうっと見つめてしまう。
視線で続きを促され、タックボタンを外し、下着越しに一度撫でる。十分な硬度が手のひらに返ってきて、思わず喉を鳴らしてしまう。
「っあ、は……ぁ」
甘く、待ち望んだとわかる溜め息が自らのものと混ざり合って、身体の奥がひどく反応している。
触れられている中心に、集まっていく。
「お前の……っまた、大きくなった、ぞ」
欲情にまみれながらも鋭い光を秘めた双眸と、唇が、ゆるやかな弧を描く。
とめられない。五感すべてが、彼を求めてやまない。
彼の一番の熱を、直接感じたい。下着を下ろして、そろりと手を添える。小さな震えを返してきた彼にいとおしさが増して、あふれる液を塗りつけるように全体を愛撫していく。少しずつ大きくなる濡れた音にさえ、煽られる。
クーラーの風は聞こえない。冷たさも感じない。でも、それでいい。もっとこの熱に浸っていたい。ぼやけた視線を、浮かれた吐息を、交わし合っていたい。
けれど、腰が軽く痙攣するほどに限界が近いのもまた、同様で。
「一緒に、いきたいんだろ?」
ふいに耳元へと落とされた囁きに、素直に首を上下させた。
互いに、撫でる動きを加速させる。鼓動がさらに速さを増す。無意識に伏せていた瞳を持ち上げて彼を捕らえると、唇を重ねた。
身体全体の熱が倍に膨れ上がって……すとんと落ちる。
手の中の感触を確かめるように、ゆっくりと握りしめた。
「全部わかってたよ。お前が寂しくなって、俺のところに押しかけてくることも」
さっきよりも温度の下げられた風が、身体全体を優しく撫ぜていく。
「お前が、ずっと俺のことを好きだったってことも」
繋がったままの手に、力が加わる。
「いつまでもうじうじしてるから、仕掛けてやったんだ。予想通り食いついてくれて、俺としては大満足だね」
隣を見やると、推理が的中した探偵を彷彿とさせる笑みが待ち構えていた。
彼に一番似合う、一番見惚れてしまう表情だった。畳む
油断禁物
#BL小説思いついたシーンをつらつら書いてみました。
イメージ的にはサラリーマン同僚同士。のらりくらり型男子とツンツン気味男子。受け攻めはあまり考えずに書きました。
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まったく、まいったなぁ。
大体「なんでもないんですよー」「こっちは大丈夫です、それよりあなたですよ! なんか疲れてません?」的なことを言っておけばかわせるのになぁ。
「下手な誤魔化しなんてしないほうがいいよ」
「そっちのほうがしんどそうな顔してるくせに、よくそんなこと言えるね。呆れるよ」
ストレートすぎるくらいストレートに、実年齢より若く可愛い容姿の彼は言ってくる。
このすっぱり感はうちの弟を思い起こさせるが、むしろ鋭利さが増している。
綺麗なバラにはトゲがある的な? 綺麗より可愛いだけど。
変に詮索されるのは苦手なんだよね。自分は自分、他人は他人。たとえば俺が親身に話を聞いたところで、本当の意味で他人を理解できるわけじゃない。どうしたって主観が混じってしまうから、失礼だと思うんだ。
まあ、話すだけでも楽になるっていうのもあるけど、自分にはあんまり当てはまらないかな……。今までも自分で処理できてたし。
今回はちょっと、珍しく長引いてるってだけ。
「あんたは多分強い人間なんだろうけど、いつまでもそれを保ってられるわけじゃないでしょ」
「変な意地張ってないで、いい加減さっさと折れたら? 限界迎える前にさ」
それより、なんで君はこんなに構ってくるわけ? こっちの状態見抜けるわけ?
確かに普段からやり取りは多いほうだけど、大体ツンツンした態度だから、嫌われてるとばかり思ってた。俺はせいぜい「まあ面白いやつだな」ぐらいの意識だった。
彼のことがよくわからなくなってきたよ。
「そんなに必死になっちゃって、よっぽど心配なの? もしかして俺のこと好き?」
ドラマとかでよくある冗談を言えば、怒って解放してくれると思ったんだよね。
ほんと、もういい加減にしてほしかったし。
「……そうだとしたら、どうなの?」
まっすぐに俺を見つめて、ツンツンした物言いも影をひそめて。
予想外の反応に、もっとわからなくなった。まさかこっちが動揺するなんて思わなくて、うまい言葉が出てこない。
彼がさりげなく距離を詰めてきた。目線がほぼ同じ位置だ、なんて場違いな感想を抱いてしまう。
「ぼくがあんたを好きだって言ったら、あんたは素直になってくれるわけ?」
初めて間近で見た彼の瞳は、腹が立つほど綺麗だった。
真面目な言い方をしてるってことは、まさか、本当に? いやでも、全然そんな素振りなかった。わからない。
「それは、どうだろうね」
精一杯の返答をすると、まったく可愛くない不敵な笑みを彼は浮かべた。畳む
思いがけない小さな宝石たち
#BL小説創作BL版深夜の60分一本勝負 のお題に挑戦しました。
使用お題は「星月夜」です。
ちょこちょこ書いている、探偵所長×部下シリーズものです。
簡単なキャラ設定は「こちら」 をどうぞ。
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「いやはや、すっかり遅くなってしまったな」
「でも、なんとか無事に報告できてよかったです。遠くまで足を運んだ甲斐がありましたね」
外出するのが珍しい所長が隣を歩いているのは理由がある。
今回依頼を受けた案件は(自分の目線では)結構複雑で、先輩である梓と二人での報告でも難しいこと、依頼主がそこそこ高齢で事務所まで出向いてもらうのは大変だということ。実際、所長がいなければわかりやすい報告はできなかっただろう。
電車とバスを乗り継いで約一時間半はかかっただろうか。依頼を受けた際、とても腕のいい探偵だと知り合いに教えてもらったから、と聞いたときは、思わぬところまで名前が知れていると驚いたものだ。さすが憧れの所長の祖父なだけある。
「バスが来るまでまだ時間ありますねー……って」
背負っていたリュックを停留所の椅子に下ろして思いきり伸びをした瞬間、思わず動きが止まってしまう。
「ん、どうした? 昇くん」
「所長、見てくださいよ! 星がきれいですよ」
都会にいると、日中でも夜でも空を見上げる、なんて動作はあまりしなくなる。
伸びをしてよかった。
プラネタリウム……なんてレベルまではいかないまでも、都会よりも多くの小さな煌めきが、夜空を彩っている。
「おー、本当だねぇ。この辺りは街灯が少ないから、そのおかげかな」
「さっき出発したときはまだ明るいほうかな? って思ったんですけどね。日が落ちるの早いなぁ」
「星座も見やすいね。昇くん、わかる?」
「えーと、実はさっぱりで……」
教科書で見たことのある形はいくつか発見できたものの、名前はすっかり忘れてしまった。所長も笑っている。
「じゃあ、今度プラネタリウムデートでもしようか。今はスマホアプリで星座教えてくれるのもあるけど、実際見ながらのほうがわかりやすいと思うしね」
「えっ、しょ、所長がそんなロマンチックな……」
「君ねぇ。星座は歴史を紐解くとなかなかに面白いんだよ。一つ一つにちゃんと作られた理由がある。決してスピリチュアルな存在ではないのさ」
そうだとしても、非科学的な存在に否定的な所長を知っていると、星座占いなどが一般的なのもあって珍しく映ってしまうのは仕方ない。
でも、星座に少しでも詳しくなれればこういう機会があったとき、何倍も楽しめそうだ。
「そうだ、せっかくだから星空鑑賞会できるホテルとか泊まってみる? 探すとわりとあるんだよ」
柔和な笑顔で提案してくれた案に乗っかろうとして、ふと気づく。
「……おれとただ泊まりに行きたいだけだったりして」
「そんなことないよ」
一瞬言葉に詰まったのは見間違いじゃない。
そして、ジト目で睨まれてしまった。
「ていうか、僕と二人で朝から晩まで過ごしたくないの?」
「そ、そういう言い方しないでくださいよ! そうじゃなくて、おれ本当に知りたいんです」
所長と夜を過ごすとなると、ほぼ確実に……である。別に構わないが、本来の目的もちゃんと済ませたい。
「オーケー。君の知的好奇心も、恋人同士の時間もちゃーんと満たせるようにするから。いいホテル探しておくね」
にこにことした笑顔は、信じても問題ない……はず。少なくともこういうときの所長は手を抜かない。
密かに胸を躍らせつつスマホで時間を確認すると、バスが来るまではもう少しかかりそうだった。
——誰もいないし、仕事も終わったし。ちょっとくらい、デート気分を味わってもいいよね。
所長の腕に自分のを巻き付けて、目を丸くした所長にすり寄る。
「バスが来るまで、今見えてる星座教えてください」
改めて見上げた星たちは、先ほどよりもどこか煌びやかに映った。畳む
夢から少しずつ、現へ
#BL小説スマホアプリ「書く習慣」のお題:桜散る で書きました。
以前書いた『現実を忘れられるなら、今は』の続きみたいなものです。
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覚悟を決めていつもの桜の木を訪れる。
遠目からでも薄桃色の花たちはすっかり跡形もなくなり、代わりに葉が若々しい緑色をまとっているのがわかる。
だが、恐れていた光景はなかった。
「こんにちは。私の言った通り、消えなかったでしょう?」
「あれ、君……いつもの、君?」
「はい。ただ、歳を少し遡っておりますが」
つまり若返ったということらしい。
最愛の恋人を、春を迎えたと同時に失った。
胸に深く暗い穴をつくったまま、俺はいつも恋人と訪れていた一本の桜の木に、縋るように毎日足を運んだ。
人目を避けるようにひっそりと、けれど確かな存在感で生えているこの木を、俺たちは毎年見守っていた。
その想いがきっかけだと、「彼」は言った。
桜の木の精だと名乗り、突然目の前に現れた「彼」。
『このようにお会いするつもりはありませんでした。ですが、心配で。あなたまで、そのお命を失ってしまいそうで、黙って見ていられなくなりました』
夢としか思えなかったが、このときはそれでもかまわないと、彼の存在をとりあえず受け入れた。
そうでもしないと――恋人がいないという現実に、耐えられなかったから。
今は、違う。
彼の包み込むような優しさと雰囲気に、空いたままの穴が少しずつ小さくなっていくのを、確かに感じていた。
だから、怖かった。
桜が散ってしまったら、彼の姿は消えてしまうのではないかと。
二度と、会えなくなってしまうのではないかと。
「先日も申しました通り、私たちは新緑の時季を迎えるとこのように若い姿となります」
「じゃあ、あの薄ピンクで長い髪の状態は二週間くらいしか続かないんだ?」
彼はひとつ頷く。耳のあたりまで短くなった、絹を思わせるような白髪がさらりと頬を滑る。
「そうか、って納得するしかできないけど」
俺と同じ人間ではないから、疑う余地も当然ない。面白いなと感じるほどには余裕はできた。
「姿は見えなくとも、毎年あなた方にお会いしていましたから消えることはありませんよ」
少し笑って彼は告げる。そうだとしてもやっぱり、この目で確認するまでは心配で仕方なかったのだ。
「……でも、完全に枯れたら、会えなくなるよね?」
木に触れながら、気になっていた疑問を口にする。
この桜の木は彼そのもの。
今はまだ、大丈夫だと信じられる。太陽の光を存分に浴びている葉はどれも生き生きとして、生命力に満ちているのが素人目でもわかる。
それでも、いつまで無事かはわからない。
――突然この世を去った、恋人のように。
「ご心配なく。あなたがこうして足を運んでくださる限り、私は生き続けておりますとも」
隣に立った彼は、優しく頭を撫でてくれた。まるで子どもにするような手つきなのに、反抗する気になれない。
「私に会えなくなると、そんなに寂しいですか?」
「そ、それは……まあ」
「そうですか。……ありがとうございます。私もあなたに会えなくなるのは、たまらなく苦しく、悲痛で、耐えられないでしょう」
ほとんど変わらない位置にある茶と緑のオッドアイが、長い睫毛の裏に隠れた。
どくりと、覚えのある高鳴りが身体を震わせる。
いや、これは彼があまりにも美しすぎるゆえだ。人ならざる者の優美さにまだ慣れていないせいだ。
「俺も、大丈夫だよ。簡単に死んだりしたら、あの世であいつに怒られそうだし。今はそう思うよ」
視線を持ち上げた彼は、心から嬉しそうに微笑んだ。
喉の奥が、変に苦しい。
ふと、足元に影ができた。疑問に思うと同時に、全身を優しい感触で包まれる。
「本当に大丈夫ですか? お辛そうですが」
どうやら彼に抱きしめられているらしい。誰かに見られたらという焦燥感は確かにあるのに、ほのかに伝わってくる熱が不思議と上書きしてしまう。
「ご、ごめん気を遣わせたね。本当に大丈夫だから」
落ち着いたら落ち着いたで、心音が思い出したように早鐘を刻み始める。彼に知られたくなくて、なるべくゆっくりと身体を離した。
「なら、よろしいのですが……。遠慮なさらず、私に寄りかかってくださいね。あなたの苦しみは、私の苦しみですから」
向けられた微笑みがどこか眩しいのは、若返った容姿のせいだろうか。
頬を撫でる風がやけに涼しく感じるのは、全身がほんのり熱いからだろうか。
「……あんまり献身的すぎるのも、困りものだな」
思った以上に小さい声だったようで、彼の耳には届いていなかった。
よかった。きっと、彼をただ困惑させてしまうだけだから。畳む
タグ「BL小説」[36件]
Powered by てがろぐ Ver 4.2.0.
template by do.
【300字SS】これは不敬な感情だから
#BL小説毎月300字小説企画 のお題に挑戦しました。お題は「酔う」です。
桜の木の精と恋人を亡くした社会人のお話。
『現実を忘れられるなら、今は』の話が元ネタです。
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「桜、結構散ってるけど、まだきれいだね」
桜を見上げる彼の瞳は、柔らかい光を放っている。まるで私自身が見つめられているようで、頬が熱い。
「今年も立派に咲きましたから。貴方のおかげです」
「褒めすぎ。俺はなにもしてないよ」
彼の頬もほのかに色づいていて、さらに温度が上がった気がした。
ふと、双眸が細められた。無意識か、空に手を伸ばして散る花びらを掴むような動きを繰り返す。
——そういえば、大切だったあの方とそんな遊びもしていましたね。
無駄な熱が一気に抜けた。人間風に表現するなら「酔いが覚めた」だろうか。
「ごめん、俺、なにやってんだろ」
我に返った彼は不器用な笑みを向ける。
私は、首を振るしかできなかった。畳む