星空と虹の橋

【第2話】夜の太陽はさかさまで輝く

 初めての同居生活は、男同士でもどこかくすぐったく感じるらしい。
 朝は見送ってくれる。帰ってくると、洗濯は済んでいて夕飯もできている。「気をつけて」「おかえり」という声が絶対にある。
 最近は、昼は外食ばかりだというのを気にして、弁当まで用意してくれるようになった。
 互いへの緊張感はだいぶ薄れてきたように思うが、さくの表情には未だ悲痛の影が纏わりついている。時折見せてくれるようになった笑顔も心からのものではない。

『っ、う……』
『朔さん、朔さん』
『やめ……も、いや、だ……』

 時々、夜中にうなされている姿を知ってから、ますます秘められたままの「自殺したい理由」を知りたくなる。
 けれど、無理に聞き出すだけの度胸はなかった。
 少しでも口にすれば、この生活が終わってしまいそうな予感がしたのだ。
 ――何となくの形で続いている朔との日々を、今はなくしたくないと思っている。

  * * * *

「そうだ、朔さん。オレ、今日夕方のバイトないんです。どっか食いにいきません?」
 弁当箱におかずを詰めていた朔は、不思議そうにこちらを見返してきた。
「……なに、敬語?」
「だって、朔さんオレより年上だから」
 昨日の夜に昔好きだった漫画の話になり、世代のズレを感じて年齢を発表しあったら、互いに驚く結果が待っていた。
 朔は同い年くらいだと認識していて、自分は年下だと思っていた。
 そういえば、彫りの深い顔とよく評されているせいか、昔から年上に見られがちだった。
 対する朔はすっきりとした顔立ちをしているが、丸い瞳と、耳まで覆う髪型で若く見える。
「今さらだし、俺は別に気にしないよ」
「……いや。オレが気になっちゃうんで。すいません」
守田もりたくんって結構真面目だよね」
 口元をわずかに緩め、瞳が柔らかな弓形を描く。一際大きく跳ねた心臓の音がどうか伝わらないようにと、つい祈ってしまう。
 最近、ふいに見せてくれる自然な表情や仕草のひとつひとつに、余分な反応をしてしまうことが増えた。心臓はおろか顔も熱くなったりすると戸惑いさえ生まれる。
 そういった「症状」に心当たりが全くないと言い切れないから、余計に。
「食べに行くのはほんとにいいよ。この間、さんざん出前食いまくったし」
「でも、いつも家事してもらって申し訳ないし」
「守田くんの家に居させてもらってる立場なのに?」
 そもそも、無理やりここに引き留めているのは自分だ。だからこそ何か返したい。
 その気持ちがにじみ出ていたのか、朔はやれやれというように苦笑した。
「じゃあ、夕飯作り手伝ってくれるか? 買い物とか、意外と大変なんだ」
「わかりました」
 共同作業は初めてだ。思ったより浮かれている自分がいた。

  + + + +

 梅雨真っ只中でさっぱりしたものが食べたいと、冷やし中華をメインに二、三品作ることにした。
 彼の作る料理はシンプルだが味付けはちょうどよく、まさに「家庭の料理」というお手本にふさわしいものばかりで、つい食べすぎてしまう。
 それはしっかり把握されていたらしく、二人分にしては買い込む食材が多かった。彼が大変だとこぼしていた理由を改めて理解して、嬉しくも申し訳なく思う。
「包丁使い慣れてたな。もしかして料理得意?」
 酢をベースにしたタレは初めてだったが、さっぱりしていてとてもおいしい。
「大学ん時から一人暮らしなんで、慣れてるってだけです。朔さんには敵わないです」
「あれだけ使えれば全然大丈夫だよ。俺は料理好きな方ってだけだから」
 料理が好き。また、彼のことをひとつ知れた。
「……なら、これからもずっと朔さんに作ってもらおうかな」
 本当に自然に、唇からこぼれ落ちていた。
 出会って間もない男に対して言う言葉じゃない。きっと変に思われる。うまく受け流すなりしないと、空気が変わってしまう。
「馬鹿だな、そういうのは彼女にでも言ってやれ」
 向かいの朔は冗談だと受け取ったようだった。当然の対応にほっとした……ではなく、残念に感じている事実にまた、動揺する。
 ――おかしい。これじゃまるで、俺が朔さんを…… 「彼女、いないっすよ」
「へえ。守田くん優しくて頼りがいあるし、モテそうなのに」
「見た目が近寄り難いってよく言われるから、そのせいかなと。そう言われてもどうにもできないんで、もういいかなって」
 もともとそこまでの欲はなかったが、今は顕著だ。
 それは朔がいるから? 朔の存在に、満たされているから?
「朔さんこそ、彼女いそうだけど」
「……俺は、いないよ。ずっとね」
 合っているけれど合っていない。そんな続きが、聞こえた気がした。
「大体、いたらここで世話になってないだろー?」
 不自然にテンションを上げたとわかる、微妙にうわずった声だった。気づかないふりをして相槌だけをうつ。
「男のために飯作ったり洗濯したりしないで、彼女のもとに行ってますね」
 敢えてふざけてみせると、朔は弱々しく笑い返した。

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