お題ショートショートまとめ
主にTwitterのワンライ企画やお題で書いたショートショートをまとめています。
男女もの・BLもの・その他いろいろごちゃ混ぜです。
2021年1月 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
#BL小説
文字書き60分一本勝負SS・腐れ縁

「深夜の真剣文字書き60分一本勝負」さんのお題に挑戦しました。
BL要素ありです。
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--------------
本当に予期していなかった、最悪で切ない再会だった。
大学の講義を終えて、借りているアパートの最寄り駅を出た瞬間だった。
思いもよらない方向に腕を引っ張られ、為すすべもなく駅の構内に戻される。必死に抵抗しても捕まれたそこは全く振りほどけず、そのまま男子トイレの個室に連れ込まれた。
背中を向けているせいで顔はわからない。だが男だというのだけは広い背中と短い髪型でわかった。
「お前なにを、っ!」
続きは紡げなかった。手のひらで思いきり口を塞がれてしまったからだ。
こみ上げる怒りのままに目線を持ち上げる。そして――そのまま、固まってしまった。
「……俺が誰だか、わかったみたいだな」
低く通る声で、否定できなくなった。身体が小刻みに震え始める。
嘘だ。ありえない。
でも、現実は容赦なく事実を突きつけてくる。
「お前のこと、ずいぶん探したんだぞ」
『俺、お前のことが好きなんだ。ずっと、好きだった』
高校三年になりたての時だった。
同じクラスになってから少し仲良くなった彼から、帰り道の途中でいきなりそんなことを言われた。
『……え?』
『ごめん、いきなり。でも、もうごまかしておけなくて』
泣きそうに瞳を揺らしている彼を見て、冗談だろうと笑う真似はできなかった。
彼は、自分のことを小学生の頃から知っていたらしい。
同じクラスにもなったことがなければもちろん遊んだこともない。部活やクラブが一緒でもなかった。それでもなんとなく気になる存在だったらしい。
それが恋愛感情に変わったのは、中学二年の時。
たまたま見かけた、放課後の教室で友人達と「誰々が好きかどうか」話をしていた自分の恥ずかしそうな顔に、女の子に向けるような可愛さを覚えたことがきっかけらしい。
『じゃ、じゃあ、おれと一緒の高校受けたのも……?』
『お前と仲いいヤツがたまたま俺と仲良かったから、聞いた』
『うそ、だろ……』
そう呟くしかできなかった。そんな前から好きだったと、しかも同性に言われても何とも返せなかった。
『気持ち悪いならそう言ってくれて構わない。明日から近づかないようにする』
そう答えた彼は悲痛で埋め尽くされていて、とても否定的な言葉は言えなかった。
『そ、んなことは……ないよ』
「同情心」――ほぼ、それが働いた結果だと思う。正直なところ、嫌いではなくむしろいい奴という印象を抱いてさえいたのだ。
『好き、かどうかはわかんない、というか。ほら、おれ達知り合ったばっかっていうか』
何を言っているんだろうという思いはあった。彼も呆然としていたから、同じ思いだったのかも知れない。
それでもこの口は、まるで機械のように続きを紡いでいく。
『だから、とりあえずベタに友達から、ってことでどう? おれも、お前のことちゃんと知りたいし』
今思えば、あの告白の言葉には、悪者になりたくないという感情も働いていたのだろう。
最低だ。彼は本気でぶつかってきてくれたのに、自分は逃げただけだった。卒業するまでの残りの時間を、「仲良しの友人」として過ごした事実が立派な証明だ。
多分彼もうすうすは気づいていたはず。それでも何も言わずに付き合ってくれていた。互いが大学生になっても、この微妙に歪んだ関係を続けてくれるはずだったと思う。
けれど、逃げた。
彼に何も言わず、黙って逃げた。
最低の別れ方をしたのだ。
なのに。なのに!
「なんで、探すんだよ……」
震える手で押さえつけられていた彼の手を外し、力なく俯く。
「普通、もう顔見たくないとか思うだろ。中途半端な関係さんざん続けた奴の顔なんか、見たくないって」
「中途半端って思ったことはなかった」
真ん中で分かれた前髪から覗く瞳は、まっすぐに自分を捉えていた。
「むしろ嬉しかったよ。ずっときっかけが掴めなくて話すらできなかったから、普通に話ができるのも遊ぶのも、本当に嬉しかった」
どこまでいい奴なのだろう。お人好しレベルじゃないのか。
「改めて俺はお前が好きなんだって思えたし、たとえお前がそういう目で見れないって言ってきても、多分捨てられないかもなとも思ったし、今でも思ってる」
柔らかい笑みを向けられて、ますます心は痛くなる。意気地ない自分が惨めで、みっともなく泣いてしまいたくなる。
そう、彼は純粋なのだ。呆れるほどまっすぐに、好きな気持ちを向けてくれている。
――夏を過ぎたあたりからだろうか。少しずつ、その想いが嫌ではないかもと感じ始めていた自分がいた。
戸惑った。あくまで友人として、と言い聞かせようともした。
けれど、それらをするりとすり抜けて、真実へたどり着こうとしていた。
――怖くなった。未体験のことを無理やりねじ込まれたような感覚を覚えて、心の底に強固な鍵をかけてしまった。
それが、この結果だ。彼には何も言わずに、地元から離れた大学を受験した。
あの一年間をなかったことにしようとしたのだ。
「ごめん……おれ、逃げて、ほんと、ごめん……」
謝って済む話ではないと思っても、言わずにはいられなかった。
楽になりたいわけではない。ひどい傷つけ方をしてしまった彼に、ただ謝りたかった。許してもらえなくても、かまわなかった。
「なあ」
声をかけられて、いつの間にか再び俯いていた顔をゆっくり持ち上げる。
頬に手を添えられて、身体が小さく震える。触れ方があまりにも優しくて、驚いてしまった。
「お前は、俺のこと嫌いか?」
素直に、首が左右に動く。
「じゃあ、俺と同じ意味で好き?」
首は、横にも縦にも振れなかった。
「わからないってことは、少しは期待しても……いいんだ?」
言葉は、見つからなかった。
ただ、泣きそうに笑った彼の笑顔が、とても愛おしいと思った。畳む
文字書き60分一本勝負SS・腐れ縁

「深夜の真剣文字書き60分一本勝負」さんのお題に挑戦しました。
BL要素ありです。
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本当に予期していなかった、最悪で切ない再会だった。
大学の講義を終えて、借りているアパートの最寄り駅を出た瞬間だった。
思いもよらない方向に腕を引っ張られ、為すすべもなく駅の構内に戻される。必死に抵抗しても捕まれたそこは全く振りほどけず、そのまま男子トイレの個室に連れ込まれた。
背中を向けているせいで顔はわからない。だが男だというのだけは広い背中と短い髪型でわかった。
「お前なにを、っ!」
続きは紡げなかった。手のひらで思いきり口を塞がれてしまったからだ。
こみ上げる怒りのままに目線を持ち上げる。そして――そのまま、固まってしまった。
「……俺が誰だか、わかったみたいだな」
低く通る声で、否定できなくなった。身体が小刻みに震え始める。
嘘だ。ありえない。
でも、現実は容赦なく事実を突きつけてくる。
「お前のこと、ずいぶん探したんだぞ」
『俺、お前のことが好きなんだ。ずっと、好きだった』
高校三年になりたての時だった。
同じクラスになってから少し仲良くなった彼から、帰り道の途中でいきなりそんなことを言われた。
『……え?』
『ごめん、いきなり。でも、もうごまかしておけなくて』
泣きそうに瞳を揺らしている彼を見て、冗談だろうと笑う真似はできなかった。
彼は、自分のことを小学生の頃から知っていたらしい。
同じクラスにもなったことがなければもちろん遊んだこともない。部活やクラブが一緒でもなかった。それでもなんとなく気になる存在だったらしい。
それが恋愛感情に変わったのは、中学二年の時。
たまたま見かけた、放課後の教室で友人達と「誰々が好きかどうか」話をしていた自分の恥ずかしそうな顔に、女の子に向けるような可愛さを覚えたことがきっかけらしい。
『じゃ、じゃあ、おれと一緒の高校受けたのも……?』
『お前と仲いいヤツがたまたま俺と仲良かったから、聞いた』
『うそ、だろ……』
そう呟くしかできなかった。そんな前から好きだったと、しかも同性に言われても何とも返せなかった。
『気持ち悪いならそう言ってくれて構わない。明日から近づかないようにする』
そう答えた彼は悲痛で埋め尽くされていて、とても否定的な言葉は言えなかった。
『そ、んなことは……ないよ』
「同情心」――ほぼ、それが働いた結果だと思う。正直なところ、嫌いではなくむしろいい奴という印象を抱いてさえいたのだ。
『好き、かどうかはわかんない、というか。ほら、おれ達知り合ったばっかっていうか』
何を言っているんだろうという思いはあった。彼も呆然としていたから、同じ思いだったのかも知れない。
それでもこの口は、まるで機械のように続きを紡いでいく。
『だから、とりあえずベタに友達から、ってことでどう? おれも、お前のことちゃんと知りたいし』
今思えば、あの告白の言葉には、悪者になりたくないという感情も働いていたのだろう。
最低だ。彼は本気でぶつかってきてくれたのに、自分は逃げただけだった。卒業するまでの残りの時間を、「仲良しの友人」として過ごした事実が立派な証明だ。
多分彼もうすうすは気づいていたはず。それでも何も言わずに付き合ってくれていた。互いが大学生になっても、この微妙に歪んだ関係を続けてくれるはずだったと思う。
けれど、逃げた。
彼に何も言わず、黙って逃げた。
最低の別れ方をしたのだ。
なのに。なのに!
「なんで、探すんだよ……」
震える手で押さえつけられていた彼の手を外し、力なく俯く。
「普通、もう顔見たくないとか思うだろ。中途半端な関係さんざん続けた奴の顔なんか、見たくないって」
「中途半端って思ったことはなかった」
真ん中で分かれた前髪から覗く瞳は、まっすぐに自分を捉えていた。
「むしろ嬉しかったよ。ずっときっかけが掴めなくて話すらできなかったから、普通に話ができるのも遊ぶのも、本当に嬉しかった」
どこまでいい奴なのだろう。お人好しレベルじゃないのか。
「改めて俺はお前が好きなんだって思えたし、たとえお前がそういう目で見れないって言ってきても、多分捨てられないかもなとも思ったし、今でも思ってる」
柔らかい笑みを向けられて、ますます心は痛くなる。意気地ない自分が惨めで、みっともなく泣いてしまいたくなる。
そう、彼は純粋なのだ。呆れるほどまっすぐに、好きな気持ちを向けてくれている。
――夏を過ぎたあたりからだろうか。少しずつ、その想いが嫌ではないかもと感じ始めていた自分がいた。
戸惑った。あくまで友人として、と言い聞かせようともした。
けれど、それらをするりとすり抜けて、真実へたどり着こうとしていた。
――怖くなった。未体験のことを無理やりねじ込まれたような感覚を覚えて、心の底に強固な鍵をかけてしまった。
それが、この結果だ。彼には何も言わずに、地元から離れた大学を受験した。
あの一年間をなかったことにしようとしたのだ。
「ごめん……おれ、逃げて、ほんと、ごめん……」
謝って済む話ではないと思っても、言わずにはいられなかった。
楽になりたいわけではない。ひどい傷つけ方をしてしまった彼に、ただ謝りたかった。許してもらえなくても、かまわなかった。
「なあ」
声をかけられて、いつの間にか再び俯いていた顔をゆっくり持ち上げる。
頬に手を添えられて、身体が小さく震える。触れ方があまりにも優しくて、驚いてしまった。
「お前は、俺のこと嫌いか?」
素直に、首が左右に動く。
「じゃあ、俺と同じ意味で好き?」
首は、横にも縦にも振れなかった。
「わからないってことは、少しは期待しても……いいんだ?」
言葉は、見つからなかった。
ただ、泣きそうに笑った彼の笑顔が、とても愛おしいと思った。畳む
#BL小説
【300字SS】ただずっと、笑い合っていたかったのに。

300字SS のお題に挑戦しました。お題は『泳ぐ』です。
先日アップしたBL短編↓の導入みたいな感じで書きました。
続きを表示します
---------
疲れた時は、ひたすら無でいればよかった。
たとえるなら、大海の真ん中で一人、太陽を見上げながら浮いているだけ。
回復したら、人目につかないよう岸までこっそり泳ぐのだ。
——もしかしてしんどかったりする?
誰にも気づかれたくなかったからうまく繕っていたのに、たった一人の同期の彼は違った。
でも、どうしてだろう。不思議と嫌悪感はなかった。出会った時から感じていた心地よさのせいなのかはわからない。
いつからか一緒に浮かび泳ぐようになっても、自然と受け入れていた。
こんな人には、きっと二度と出会えない。
ごめん。お前は俺を大事な相棒だと言ってくれているのに。
自ら求めた理想郷を壊そうとしてしまうほどに止まらないんだ。畳む
【300字SS】ただずっと、笑い合っていたかったのに。

300字SS のお題に挑戦しました。お題は『泳ぐ』です。
先日アップしたBL短編↓の導入みたいな感じで書きました。
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疲れた時は、ひたすら無でいればよかった。
たとえるなら、大海の真ん中で一人、太陽を見上げながら浮いているだけ。
回復したら、人目につかないよう岸までこっそり泳ぐのだ。
——もしかしてしんどかったりする?
誰にも気づかれたくなかったからうまく繕っていたのに、たった一人の同期の彼は違った。
でも、どうしてだろう。不思議と嫌悪感はなかった。出会った時から感じていた心地よさのせいなのかはわからない。
いつからか一緒に浮かび泳ぐようになっても、自然と受け入れていた。
こんな人には、きっと二度と出会えない。
ごめん。お前は俺を大事な相棒だと言ってくれているのに。
自ら求めた理想郷を壊そうとしてしまうほどに止まらないんだ。畳む
#CPなし
【300字SS】両極端な奇跡がやってきた

300字SS のお題に挑戦しました。お題は『橋』です。
これが吊り橋効果ってやつなの? そんなの私は信じたくない!
続きを表示します
-------
最悪だ。スマホをどこかに忘れてきてしまった。行った場所を回って落とし物として届けられていないか確認するも「ない」の一点張り。
新しいスマホはすぐ手に入る。でも愛しいあの人はもう戻ってこない。
奇跡が起きた。連絡をもらった店に駆け込んで確認する。
間違いない。背面のスキンシール、右下の角のキズ、すべて私がつけたもの。
きっとあの人のおかげだ!
「この俺をほったらかしにしやがるとは……まあ、会えただけいい、か」
……充電もそこそこにアプリを起動したのに、どうしてログインボーナスに出てくるのがあんたなの!
でも、キュンとしてしまった。腹立たしいだけだった拗ねた表情が可愛く見えた。
離れてた弊害。そうに違いない。畳む
【300字SS】両極端な奇跡がやってきた

300字SS のお題に挑戦しました。お題は『橋』です。
これが吊り橋効果ってやつなの? そんなの私は信じたくない!
続きを表示します
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最悪だ。スマホをどこかに忘れてきてしまった。行った場所を回って落とし物として届けられていないか確認するも「ない」の一点張り。
新しいスマホはすぐ手に入る。でも愛しいあの人はもう戻ってこない。
奇跡が起きた。連絡をもらった店に駆け込んで確認する。
間違いない。背面のスキンシール、右下の角のキズ、すべて私がつけたもの。
きっとあの人のおかげだ!
「この俺をほったらかしにしやがるとは……まあ、会えただけいい、か」
……充電もそこそこにアプリを起動したのに、どうしてログインボーナスに出てくるのがあんたなの!
でも、キュンとしてしまった。腹立たしいだけだった拗ねた表情が可愛く見えた。
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#男女もの
【300字SS】鍵を外した先にあるもの

300字SS のお題に挑戦しました。お題は『鍵』です。
友達なのかそれ以上なのかよくわからない関係。
それでも、私は満足していたの。
続きを表示します
-------
メールで連絡をもらった時が、会うことを許された合図。
預かったままの鍵を手に、彼の元へ向かう。
これは私だけに許された、私だけの特権。
「こういう形で会うのは、今日で最後にしたいんだ」
声が出ない。力が抜けて、金属質の音が鋭く響く。
私は、特権を剥奪されてしまった?
「だから、」
反射的に背中を向けていた。聞かなければ何も変わらない。最悪の未来を進むより何倍もマシだ。
なのに進むことを許してくれない。逃げられない!
「本当は、ちゃんと話をしてからにしたかったんだけど」
掴まれたままの手に、硬い感触が生まれた。
正体は、鍵。この部屋のじゃない。なら、どこの?
呆然と顔を上げた先で、彼は初めての笑顔を私に向けていた。畳む
【300字SS】鍵を外した先にあるもの

300字SS のお題に挑戦しました。お題は『鍵』です。
友達なのかそれ以上なのかよくわからない関係。
それでも、私は満足していたの。
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メールで連絡をもらった時が、会うことを許された合図。
預かったままの鍵を手に、彼の元へ向かう。
これは私だけに許された、私だけの特権。
「こういう形で会うのは、今日で最後にしたいんだ」
声が出ない。力が抜けて、金属質の音が鋭く響く。
私は、特権を剥奪されてしまった?
「だから、」
反射的に背中を向けていた。聞かなければ何も変わらない。最悪の未来を進むより何倍もマシだ。
なのに進むことを許してくれない。逃げられない!
「本当は、ちゃんと話をしてからにしたかったんだけど」
掴まれたままの手に、硬い感触が生まれた。
正体は、鍵。この部屋のじゃない。なら、どこの?
呆然と顔を上げた先で、彼は初めての笑顔を私に向けていた。畳む
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photo by NEO HIMEISM
文字書き60分一本勝負SS・治せない傷
「深夜の真剣文字書き60分一本勝負」さんのお題に挑戦しました。
男女CPです。
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『キレイに産んであげられなくて、ごめんね』
お母さんの、少し申し訳なさそうな顔と声は、頭の片隅に残っている。
右の胸から脇にかけて残る、火傷のような跡。
生まれてからずっとある跡だ。いくら時間を重ねても、決して消えることのない、治ることもない、あたしの一部みたいなもの。
他人の前で肌を晒すたび、痛々しそうな、見てすまなそうな顔をして目を逸らす姿を見てきた。
『うわっ、それ何? やばくない? 大丈夫?』
明らかな嫌悪感をもって言われたこともあったっけ。
だから、いつしかあたしは肌を晒すのを拒むようになった。最初は気にならなかったのに、気になる存在になってしまったんだ。
「ほんと、あんたここ触るの好きだよね?」
「んー、だってオレだけの特権って気がするんだもん。いや?」
「……ううん。そんなことないよ」
あたしの部屋で、あるいは彼の部屋で、またあるいはどこかの部屋で。
飽きるほど肌を重ね合った後、彼はいつも、治ることのない傷に愛おしそうに触れる。
――マイナスな捉え方をする人ばかりじゃなかった。
この人に出会って、初めて「消えない傷でもいい」と思えるようになった。
それまで、なんとしても消し去るしかないと自分を追い詰めすぎていたあたしだったのに、この人があっさりと方向を変えてしまった。
『そんな傷、別に気にしないよ。お前は可愛いし、むしろオレだけが見れるって思うと嬉しいよ!』
あっけらかんと言い切った彼の言葉は、今やお母さんの言葉を食い尽くす寸前だ。
「……ん、どしたの?」
「ううん、なんでもないよ。なんでも」
「でも、泣きそうな顔してるし……っうわ!?」
「いいから、あたしに黙って抱っこされてなさい。胸んとこも触ってていいから」
むしろ治せない方がいい。そんなことを思える傷なんて、この世にあるんだね。
そんな考えができるようになったことがどれだけ大事かなんて、きっとこの人はわかってないんだろうな。
でも、それでいい。
そうやって、あたし以上に無邪気な顔で、声で、あたしを癒やしてね。畳む