Short Short Collections

主にTwitterのワンライ企画やお題で書いたショートショートをまとめています。
男女もの・BLもの・その他いろいろごちゃ混ぜです。

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ここから紡がれる

#BL小説

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一次創作お題ったー  のお題に挑戦しました。『スタートライン』です。120分で完成。
前作に続いてのリハビリ仕様です。

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 付き合ってから初めてのケンカをしてしまった。
 内容は、今考えると本当にくだらない。例えるなら犬の方が可愛い、いいや猫の方がいいと決着のつきそうにない言い合いをしていたようなものだ。
 スマホを手にしてから体感で五分ぐらい経っているのに。指は全く動きそうにない。代わりに思考回路が無駄な足掻きを続けている。
 原因は間違いなく自分側にあるとわかっている。彼もさぞ驚いたことだろう。普段おとなしく言うことを聞くような人間が感情をただぶつけてきたら当たり前だ。
 無意識に我慢していたのだと、今さら気づく。初めてできた恋人だし、本当に好きだから絶対に嫌われたくなかった。不満があっても飲み込んできた。きっと「いい子」を演じすぎていたのだ。
『もうちょっとわがまま言ってもいいんだぞー? 俺はもう少し言われたいなぁ』
 以前そう言われたことを思い出す。冗談だと流してしまったけれど、本音だった?
 両手でスマホを握りしめ、深く息を吐き出す。
 悲観的になる必要なんてない。ケンカしただけで「別れよう」と切り出すような人でないのはわかっている。原因は自分にあると自覚しているのだから、早く謝るべきなんだ。
「……よし」
 無駄に力の入った指で、通話ボタンを押す。コール音の無機質さがどこか怖い。いきなり空中に放り出されたようで気持ち悪い。
『もしもし』
 意外に普通の声で驚いた。不機嫌さを隠しているだけとも取れる。
「……あ、あの。良くん。あの、さ」
 反応はない。顔が見えないだけでこんなにも不安を煽られる。
「今日のことなんだけど。……本当に、ごめんなさい」
 言いたい言葉をどうにか吐き出せた。
『うん』
 そっけない返答だった。想像以上に傷つけてしまっていたとしか思えず、全身が震えそうになる。
「つい、カッとしちゃって。おれ、すごく楽しみにしてたのに行けなくなって、ついわがまま言っちゃった」
『うん』
「り、良くんの都合も考えないでごめん。仕事なら仕方ないのに、今までだってそういうことあったのに、おかしいよね」
『我慢してたからでしょ?』
 恋人の声に咎めるような音はなかった。それでも深く、胸に突き刺さった。とっくに見抜かれていたと知ってしまった。
『新太(あらた)は言いたいことあっても言わないで、俺に合わせてくれてたから』
 いつもの自分ならとっさに反論していた。良くんに合わせてるとかそんなんじゃない。おれの意思だ。本当にそう思っているんだよ。――それが今は、出ない。
「ご、めんなさい、ごめんなさい……おれ、ほんとに、良くんが好き、で」
 涙が浮かぶなんて卑怯以外の何物でもない。目元や口元に一生懸命力を込めるが、嗚咽が強くなるばかりで無意味だった。恋人ができてから、元々弱い涙腺に拍車がかかってしまった。
『俺だって新太が好きだよ。本当に好きだ』
 声が少し柔らかくなったように聞こえたのは自分の願望のせいだろうか。
『正直さ、嬉しかった。やっと新太がわがまま言ってくれたって』
 ――幻聴かと疑ってしまった。ケンカの原因を作った相手にかける言葉じゃない。
『何て言うんだろ……信用されてないのかな、って。俺の気持ち。俺にいつも従順なのは本心なのかなって』
 電話越しに、必死に首を振る。嫌われたくない一心が、彼を傷つけていた。疑心を向けさせてしまった。
『だからほっとした。……変かもしれないけど、やっと恋人同士になれたなって思ったんだ』
 想いを伝え合ってから二ヶ月は過ぎた。その間に改めて彼の人となりを知って、やっぱり好きになってよかったと思えて、けれどその嬉しさをうまく伝えられていなかった。
「……おれ、ほんとバカだ」
『な、なんだよ急に?』
「自分に置き換えて考えればよかった。良くんにわがまま言われたくらいで、嫌いになるわけないのに」
 小さく吹き出したような音が聞こえた。
『そうだよ。ていうか、今までわがまま聞いててくれたろ?』
「そんなの、わがままに入らないよ」
『へえ。じゃあ、例えばどういうの?』
 改めて問われると難しい。たっぷり唸り声をこぼしていると、「長すぎ」と突っ込まれてしまった。
『わがまま言い慣れてないなぁ』
「し、しょうがないでしょ。元々苦手なんだから」
『じゃあ、ひとつ例を出してやるか』
 そして告げられた「わがまま」に、すぐ電話を切って身支度を整え、家を飛び出す。
 たった電車二駅ぶんの距離が、倍以上に長くてもどかしかった。畳む

お題SS 編集

現実につながる夢

#BL小説

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一次創作お題ったー  のお題に挑戦しました。『こんな夢を見た。』です。120分+若干オーバーで完成。
久しぶりのお題SSです。思いっきりリハビリ仕様です。。

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 普段から交流のある人が夢に出てきて、しかも内容を大体覚えていると何だか気になってしまう。それから好意に変わる。改めて容姿やら性格やらを観察するようになって、意外な面を発見したりこういう仕草がツボだと知るからだろう。
 多分珍しいことではないと思う。……相手が異性だったら。

(多様性がどうの、っていう時代なのはわかってるよ?)
 心の中で自身に向かって言い訳をするのも今日だけで二桁はいっている。ちゃんと数えていないけれど体感的にはそれくらいいっている。
 目の前にある唐揚げをひとかじりしながら視線の端で捕らえようとしているのに気づいて、無理やりテーブルの上の小皿に戻す。これも何度繰り返しただろう。
 大学のサークルつながりで仲良くなった同年代たちと笑い合っている声が右耳をがんがんに打ってくる。近所迷惑になりそうな声量ではないし距離だって四人分くらい離れているのにそう聞こえるのは、己の精神状態のせいか。
 ふと視線を感じた気がしたが、反応はできなかった。もしあいつだったらどうすればいいのかわからない。すでに二回ぶつかっているから余計に混乱する。
 ああ、酒が飲めれば逃げられそうなのに。あと一年がもどかしい。
「どうしたの大ちゃん、元気ないじゃん?」
 賑やかし担当が多いメンツの中でも比較的おとなしい女子――安田が気遣うように話しかけてきた。そういえば「大ちゃん」という愛称もあいつ発祥ですっかり定着してしまった。
「そうかなー?」
 そんなに顔に出ていただろうか。まあ、わかりやすいねと言われるのが多いのは認める。
「だって、いつもなら章くんとバカやって楽しんでるじゃない。今日はなんか違うなーって」
 さすがに露骨だったらしい。
 こっちだって夢のことがなければとっくにそうしている。それとなく二人きりを避けたり遊びを泣く泣く断ったりもしない。今日は人数が多いからそれほど気にしなくていいと思ったから参加したのに、このざまだ。
 すべては約一ヶ月前に見た夢のせいなんだ。忘れたいのに忘れられないせいなんだ。
「んー、具合悪いのかもしんないわ。俺、先に帰ろうかな」
 待ちに待った夏休みが始まってから最初の集まりだったのに、本当に残念でもったいない。けれど、粘ってもこれ以上気分は変わってくれない。店に入ってからずっとこの調子だから断言できる。
「……本当に具合悪いだけ?」
 急に声をひそめてきた彼女を怪訝そうに見返すと、なぜか隣に移動してきた。嫌な予感がするのはなぜなのか。
「な、なんだよ。口説くつもりか?」
「違うから。……本当は章ちゃんとケンカでもしたんじゃないの?」
 どうしてそんな質問をされないといけない? 戸惑っているとさらに言葉を重ねられる。
「どうしたんだろうって言ってる人もいるんだよ」
「な、なんでそんなこと」
「当たり前でしょ。あんなに仲いいのに急によそよそしくなったら怪しむって」
 予想以上に筒抜け状態だった。このぶんだと彼も同様に感じているかもしれない。もしかしてさっきの視線もそういうことなのでは……。
「き、気にしすぎだって。ほんと何でもないんだから。ケンカってガキじゃあるまいし」
「年齢関係ないから。それより、ケンカじゃないって言葉信じてもいいんだね?」
「だから違うって。つか、やたらつっかかってくんじゃん」
 誰かの差し金かと疑いたくなるしつこさだった。だが安田からは返答をもらえないどころかそそくさと立ち去っていってしまった。残されたのはどうしようもないモヤモヤとした気持ち悪さだけ。
(本当に具合悪くなってきた……)
 あいつも安田同様に怪しんでいると想像したら逃げたくなった。仮に問い詰められたら言い逃れできる自信がない。というか言いたくない。
「悪い、先に帰るわ」
 空気を敢えて無視して金をテーブルに置き、足早にその場を後にする。途中退場を咎めるような連中ではないが戸惑うような声はちらほらと聞こえた。
 夜風の生ぬるさに顔をしかめる。こんな時はいっそ凍えそうな温度でお願いしたい。
 どうしたら忘れられる? というより、どうしてここまで気にしないといけない? あの夢は一ヶ月も前の、幻みたいなものなのに。
 大学で初めて見つけた、気の合う友人だった。最初は素直で単純なだけかと思っていたが、実は真面目な部分も持ち合わせていたり、実は尻込みするところのある自分を引っ張ってくれる力強さもあったり、中学生かと突っ込みたくなるような無邪気な笑顔がどこか可愛いと思ったり……。
(だからどうして可愛いとか考えてんだ俺は!)
 水風呂にでも飛び込みたい。喝を入れてもらいたい。
「大ちゃん」
 いつの間にか止まっていた足を動かそうとした時だった。
 一番聞きたくない声が、背後から響いた。
 振り向きたくない。露骨でも、違和感だらけと思われても、どんな顔をすればいいのかわからない。
「大ちゃん。オレも一緒に帰るよ」
 許可を求めてこなかった。つまり、逃がさないという意思表示。
 反射的に駆け出していた。電車になんて乗れるわけがない。でも行き先はわからない。
「まて、ってば!」
 逃走は予想通り失敗に終わった。無我夢中だったからいつの間にか住宅地に迷い込んでいたらしく、目印は木製のベンチが二つ並べられた、屋根付きの休憩スペースぐらいしかなかった。
「……花岡。もう、逃げないから。だから腕、離してくれ」
 花岡はそろりと掴んでいた手の力を抜いた。支えを失ったように、ベンチに腰掛ける。隣からどこか荒々しい音が響いた。
 屋根があってよかった。電灯はあれど、互いの顔ははっきり見えない。
「……オレ、大介になんかした?」
 沈黙は長く続かなかった。絞り出すような声には苛立ちよりも困惑の方が大きいように聞こえた。
「してないよ」
 嘘じゃない。現実のお前は何も悪くない。すべては自分一人で不格好に踊っているだけに過ぎない。
「なら、逃げたのはなんで? 避けてるのもなんでだよ?」
 当たり前の疑問だった。逆の立場なら同じ行動を取る。そこまでわかっていながら、理由を告げるのが……馬鹿らしいけれど正直、怖い。
 親友に近い関係といえど、笑ってすませてくれないんじゃないか。本気で引かれたら今まで通りでいられなくなる。
 思わず頭を左右に振った。全く無駄な言い訳だ。
 一ヶ月も経っていながら「単なる夢」だと切り捨てられなかった時点で通用しない。うすうす、気づいていた。
「大介……?」
「……夢を、見たんだよ。お前が出てくる夢」
 肩にある感触が少し震えた。次の瞬間にはきっと離れていく、そう想像するだけで喉の奥が詰まりそうになる。
 けれど、もう年貢の納め時だ。
「どんな夢だと思う? 俺とお前、恋人同士だったんだぜ」
 意味が飲み込めない。そんな問い返しだった。
「抱きしめて、キスだってしてた。それ以上の、ことだって、してた」
 ベッドの上に組み敷いた夢の中の花岡は、恍惚とした笑みを浮かべてあらゆる行為を受け入れていた。そんな彼がたまらなく愛おしくて、また火がつく。まさに「溺れる」状態。
 ――オレ、お前がたまらなく好きだよ。好きすぎて、苦しい。
 熱に浮かれた花岡に応えた瞬間、薄い光が視界を埋めた。
 ただ呆然とするしかなかった。驚きこそすれ、さほど嫌悪感を抱いていない自分にも呆然とするしかなかった。
 さらに一ヶ月かけて、夢と現実の想いがイコールになるなんて思わなかった。
「な? 普通に引くだろ? 俺もなんかまともにお前の顔見れなくて変に避けちまってたんだよ」
 これで仕方なしでも納得してくれれば御の字、呆れたように笑ってくれたら上出来だ。
「こんな理由で、しかも気持ち悪くて、ほんと悪い。俺もさ、何でそんな夢見たのかわかんないんだよ」
 沈黙が怖い。何を考えているのだろう。本心を悟られていたらどうしよう。一番大事にしたい関係なのに壊れたらどうしよう。
「大介」
 短く名を呼ばれて、肩をぐいと押された。否応なしに、顔ごと花岡に向き直る形になる。年齢より上に見られることがある端正な顔がうっすらと浮かび上がっていた。
 瞬きを一度する間に、口元に熱が生まれた。
 正解の反応がわからない。ただ馬鹿みたいに再び目の前に現れた無表情の花岡を見つめるしかできない。
「全く、どんな告白だよ。斜め上すぎるわ」
 叱責に聞こえない叱責に、感情のこもらない謝罪がこぼれる。それどころじゃない。今起こった出来事をどう処理すべきかわからない。
「そんな夢見たって言われて、一ヶ月もオレの顔まともに見れないとか言われたらさ、期待するしかないじゃん」
 期待、という二文字が大きく響いた。期待するしかない、漫画やドラマなどでよく聞くワード。
「好き、なのか?」
 まるで他人事のような心地だった。小さな苦笑が返ってくる。
「じゃなかったらキスなんてしないし、お前が見たような夢も見たりしないよ」
 軽く引き寄せられて、耳元にその夢の内容を吹き込まれる。次第にじっとしているのが苦しくなってきて、思わず身を捩ってしまった。素直に解放してくれた花岡は、今度は楽しそうな笑い声をこぼす。
 頭の回転速度が全然足りない。ここ一ヶ月の出来事をいきなり全否定されたような気さえしてくる。
「……お前、実は嘘つくのうまいだろ」
 こんな物言いはどうなんだと思いながらも、大なり小なり反撃したくてたまらなかった。
「俺はみっともない態度取っちまったのに、お前いつも通りすぎただろ」
「そりゃそうだよ。だって大好きなお前に絶対嫌われたくなかったんだから」
 密かな努力を褒めてほしい。そう言い切った花岡に再び抱きしめられた。
 ――夢の中と違って、自分はどうやら翻弄される側らしい。畳む

お題SS 編集

二人をつなぐミモザ

#BL小説

「一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負」 さんのお題に挑戦しました。
使用お題は『イラスト課題(下記ポストURLをクリック)』です。
高校生のときに好きになった彼・高梨を忘れられず、同窓会で絶対に告白すると決めて臨んだ主人公・高崎のお話。

https://twitter.com/sousakubl_ippon/stat...


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『写真、撮ってもいい?』
『いいよ。……でも、撮るならこの場所でいいかな?』
 今でも考える。
 どうして高梨は、わざわざミモザを背景に選んだのだろう。

「久しぶり。元気だったか?」
「うん。そっちも相変わらず元気そうだね。安心した」
「相変わらずって、なーんかバカにされてる気分」
「そんなんじゃないってば」
 頬をそっとなぞるような控えめな声と少し眉毛が垂れる特徴的な笑顔に、あの頃の雰囲気があっという間に戻る。
 高校を卒業してから初めての同窓会に呼ばれて、まず確認したのは高梨の出欠だった。
 どうしても逢いたかった。逢って、だめでもいい。最悪縁が切れてしまってもいい。捨てられなかった想いを伝えたかった。
「どうしたの? おれの顔、なにかついてる?」
「いや、ごめんごめん。本当に久しぶりだなーって感慨にふけってただけ」
 気づいたら、ぼうっと高梨を見つめていたようだ。とっさの嘘はうまくいったらしい。
「お前ー、ますますキレーな顔しやがってずるいぞ! どうせ大学でもモテモテなんだろ、ん?」
 自分の左隣にいた、今も付き合いが続いている友人の冗談が飛んでくる。思いがけず訊きたかった質問をしてくれて、内心で思いきり親指を立てる。
「えっ、そんなことないよ。ほら、おれって大人しすぎるから目立たないし」
 彼は謙遜しているが、知っている。おとなしくても分け隔てなく優しいし、そばにいると落ち着くから、実は相当女子からの人気は高かった。今も隙あらば自分のポジションを奪い、少しでも点数を稼ぎたいと狙っている複数の目をびしばし感じている。
 だからこそ彼を壁際に座らせ、たったひとつの隣を奪わせてもらったのだが。空気なんて読んでやらない。
「二人はどうなの? 二人こそできててもおかしくないじゃない」
「ま、俺は……な。もしかしたらできるかもしれん」
 その話に食いついたのは周りの面々だった。あっという間に餌食にされた友人に今度はハンカチを振ってやる。
「高崎は? ……いるの?」
 なぜか怯えたような表情になる高梨に慌てて首を振る。
「いるわけないだろ? 毎日忙しくて、そんな余裕もないっていうか」
 忙しいのだけは、嘘じゃない。
 高梨を忘れた日はなかった。クラスが一緒になって、後ろの席に座っていた彼をひと目見た瞬間に「好き」の感情を抱いてから、決して暴かれてはならない秘密の片想いを続けてきた。
 でもそれも、今日で終わる。
「でも、好きな人はいるんじゃないの?」
 こちらに目線はくれず、高梨は呟くように問いかけてくる。
 一瞬、内心を覗かれたのかと思った。そういえば、恋愛の話をするのは初めてかもしれない。
 なぜか、嘘をついてはいけない気がした。かといって突っ込まれてもうまく誤魔化せる自信はない。
「おれはね……いるよ」
 耳から、周りの喧騒が消える。視線の先にいるのは表情の読めない、いや押し殺しているように見える高梨のまっすぐな双眸だけ。
 中性的で大人しそうに見えて、自我を曲げない意志の強さが一番に表れるこの瞳が好きだ。
 彼は今、なにを胸に抱いているのだろう。なにを、伝えたいのだろう。
「高崎が撮ってくれたおれの写真、まだ持ってる?」
 酒も手伝ってか、ふわふわとした頭で反応が少し遅れた。ポケットに入れていたスマートフォンからアルバムを起動して、お気に入りにしていた写真を拡大する。高梨だけの目に触れさせたくて、不自然にならないよう手首に角度をつける。
「……懐かしいね」
 覗き込んだ高梨は微笑む。ただ嬉しいだけじゃない、どこか既視感を覚える、若かりし頃の失敗を振り返るような雰囲気と似ていた。
 離れ離れになる前に、写真という形だけでも高梨を手元に残しておきたかった。下手な言い訳でも彼は快く許可をくれて、学校の花壇にあったミモザの花の前で微笑みをくれた。
 端末を握る手に一瞬、力がこもる。既視感はそれだ。その時の笑みと、そっくりなんだ。
「おれ、ずっと後悔してたんだ。ちゃんと、言えばよかったって。怖いからって、回りくどいことしなきゃよかったって」
 心音が強くなり、間隔も狭まる。今の自分と似ているのも偶然、なのか?
「あの、」
 続きは、幹事の終了を知らせる主催者の声にかき消された。仕方なく帰り支度を始めるが、きっと高梨はわかってくれている。確証はないけれど、そんな気がした。


 同窓会が高校から比較的近い場所で開催されたおかげで、よく道草をした公園に行くことができた。
 さほど広くないから遊具も少なく、子供の遊ぶ姿はあまり見かけなかったが、それがかえって寄り道しやすかった。
「……高崎、手、いつまで掴んでるの」
「ごっ、ごめん」
 ようやく頭が少し冷えて、強引に繋いでしまった手を解放した。恥ずかしさで逃げ出したい気持ちを懸命に抑え込む。
 二次会の誘いを断っただけでなく、勢いのままに高梨を連れ出してしまった。きっと彼を狙っていた女子からは非難轟々の嵐で、明日あたり誰かから文句混じりのレポートでも届くだろう。
「でも、ありがと。おれ、二人で話したかったらちょうどよかった」
 照れの混じった笑みが素直に可愛いと思えて、だいぶ理性が緩んでいることを悟る。こういうとき、中性的な容貌はある意味目に毒だ。
「さっきの、続きだよね」
 一度ためらうように視線を泳がせて、改めて高梨はこちらを見上げる。
「その前に、さ。ちゃんと教えてほしいんだ。高崎、好きな人……いるの?」
 彼の誠実さに、今度は逃げず正面から向き合わなければならない。
「いるよ。高校のときから、ずっといる」
 ひとつ頷くと、再度撮った写真の表示をお願いしてきた。
「ミモザの花言葉って、知ってる?」
 写真を差す指はよく見ると震えていた。戸惑いつつ首を振ると、調べるよう促される。
 微妙な緊張感が二人の間に流れている。早く結果を表示してくれと、祈るような心地で画面が切り替わるのを待った。
「出た! えっと、花言葉は……」
 反射的に言葉を読み上げて……ある内容で、止まる。
 ――秘密の、愛。
 改めて視線を向けた先の高梨は、薄闇でもわかるほどに瞳を潤ませていた。思わず頬に手を伸ばすと、微熱でもあるのかと錯覚しそうな熱さが返ってくる。
「黄色いから、秘密の恋って言葉も、あるんだよ」
 夢の中にいるような心地だった。端末をポケットに突っ込んで、もう片方の手も頬に触れる。
 高梨の両手が自分の頬に触れる。少しひんやりとした感触が、夢見心地を覚ましてくれる。もうごまかさなくていいのだと、素直になっていいのだと伝えてくる。
「……先に、言ってくれてたんだな」
 高梨の前では格好つけたいのに、高校のときからどうにもうまくいかない。
「俺、ちゃんと言うつもりだったんだ。ずっと好きで、忘れられなくて、でも勇気が出なくて……絶対今日、言おうって決めてきたんだ」
 泣きそうになる。その顔だけは見られたくなくて強引に腕の中へおさめるも、背中に回された感触が、容赦なしに涙腺を刺激してきた。
「おれも同じだよ。言ったでしょ? 回りくどいことしなきゃよかったって」

 背中を向けていたのは、互いに一緒だった。
 でも、この写真が二人を繋ぎとめて、ひとつにしてくれたんだ。畳む

ワンライ 編集

星を散りばめて

#BL小説

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「一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負」 さんのお題に挑戦しました。
使用お題は『光』です。
年上×年下(どちらも大人)な組み合わせです。頑張って甘くしたつもりですw

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 俺の恋人は海が大好きだ。
 ただ、観光地と化しているほど人の多い海ではなく、プライベートビーチのような物静かな海が好きらしい。俺も人混みは得意ではないから、今回の宿、もといコテージはあっさりと決まった。

「いやー、ほんと綺麗な海だなー!」
 さっきから彼は似たような感想を繰り返している。検索していたらたまたま見つけたコテージだったが、車通りも人影もほとんどない、おまけにメインの海はエメラルドの宝石をそのまま溶かしたような、まさに彼が喜ぶ類のものだったから、まさに完璧な選択だったわけだ。

「ねえ、俺ばっかりはしゃいでるけど、そこに座ったまんまでつまんなくないの?」
 彼は砂浜に座ってただ海を眺めたり、趣味である写真を撮ったりとなかなかに忙しない。俺はといえば、最初こそ彼に付き合っていたものの、楽しそうな背中をひたすら眺めてはコテージに引っ込んで、溜まっていた本をのんびり消化していた。
「別につまらなくなんかないよ。……でも、そうだな」

 まるで同棲しているように、気張らず、恋人らしいことをしないと、と気負いもせず、ただのんびり休暇を過ごす。旅行前に決めたルールだった。
 久しぶりに重なった休みというのもあって、特に彼の生き生きとした姿を素直に堪能したいという気持ちもあった。

「ん、やっぱり一緒になにかする?」
 目の前に立った俺を水面で輝く太陽のような瞳で見上げる彼に、まずは触れるだけのキスを落とす。
「そろそろ、俺にも構ってほしいかな」

 唇の表面を軽く喰んで、薄く開いた隙間に舌を差し込む。陽の下に晒され続けたせいか、いつもより熱い口内を丹念になぞっていく。
 耳をくすぐるのは、穏やかな波音に不釣り合いな、舌、唾液を絡ませ合う淫らにあふれた音、互いの乱れた呼吸だけ。

 人気のないという事実が、普段以上に大胆な気持ちを生み出す。それは彼も同様のようで、白いTシャツの裾から手のひらを滑り込ませても、甘さに震える声をこぼすだけで拒否はしてこない。
「……いいんだ? まだ日中で、こんなオープンな場所なのに」
 意地悪をされていると自覚しているらしく、わずかに頬を膨らませて欲情に濡れた瞳を釣り上げる。

「あんた、ほんとこういうときは性格悪いよね。オヤジだ」
「心外だな。五歳しか変わらないのに」
「五歳は結構ちが、っん!」
 小さく笑いながら、すでに尖っている箇所を爪先でなぞる。あっという間に目元を緩ませた彼が可愛くて片方も強めに弄ってやると、もはや堪らえようともしない悲鳴が鼓膜を震わせた。

「コテージまで、戻る?」
 耳元で囁くように問いかける。吐息がくすぐったいのか、首をすくませながらゆるゆると振る。
「我慢できないんだ」
「いいから! ……もう、意地悪しないで」
 肩口に歯を立てられた瞬間、年上の余裕はいとも簡単に消え去った。

  + + + +

「あーあ、結局こういうパターンか」
「いいじゃないか。俺、実は結構我慢してたんだし」
「えっ、それなら早く言ってよ!」

 ベッドから身を起こした彼は、こちらの変わらない笑顔を見て冗談だと悟ったらしく、溜め息をついてもそもそと元の位置に戻っていった。
「まったくの嘘ってわけでもないよ。ああしてのんびり過ごして、楽しそうな君を見ていたかったのも本当だから」
「それなら、いいけど……」

 あれからコテージに戻っても熱は冷めず、シャワーを簡単に浴びてからずっと、ベッドの上で過ごしてしまった。外はとっくに薄闇で塗り替えられ、小さな輝きと半分に欠けた夜の太陽が、外灯の代わりにコテージを照らしている。
「明日は岬のある方に行ってみよう。ちょっと距離があるけど、高い場所から見る海もなかなかいいからね」
 すぐに笑顔を取り戻した彼は素直に頷く。

 明後日はなにをしよう? 幸せなことに明々後日も、その次の日もある。まだ、彼をたくさん独占できる。
 けれど……ずっと、ではない。
「どうしたんだ?」

 本当に、感情の変化に敏い恋人だ。それとも、それだけ俺がわかりやすいのか。嘘をつくのは苦手ではないのに、思ったほど余裕がないのかもしれない。
 黙って肩を抱き寄せて、恐る恐る口を開く。
 本来なら、旅行の最終日に打ち明ける予定だった。

「ずっと、考えていたことがあるんだ」
 彼は何も言わない。かえって、俺のタイミングで続きを紡げばいいと言われているようで、少しだけ気が楽になる。
「俺と、一緒に住まないか?」

 俺にとっての同棲は、「これから先もずっと一緒にいたい」という、いわば結婚と同等の意味を秘めていた。
 彼も、それを知っている。

 ずっと迷っていた。隣で笑ってくれている彼は、未来でもそれを見せ続けてくれるのかと。俺はとうに覚悟を決めていたけれど、彼は違うかもしれないと少しでも考えると、なかなか口に出せないでいた。
 ようやく、なけなしの勇気を振り絞れたのだ。
 あとは彼を信じるしかない。俺に向けてくれる笑顔の輝きに、すべてを委ねるしかできない。

「まったくさ、遅いんだよ」

 虚空に響いたのは、呆れと愉悦の混じった声。
 次いで俺を見下ろす瞳は、逆光でもわかるほどに星を散りばめたような輝きで満ちていた。畳む

ワンライ 編集

お前だけに甘えた結果の現在(いま)なのか

#BL小説

「一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負」 さんのお題に挑戦しました。
使用お題は『アイスクリーム』『背比べ』です。
一応リーマンものです。暗くなってしまいました……。

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 定期的に冷凍庫を開けるクセがついてしまった。
 あいつは、俺から見たら異常なほどの果汁入りアイスクリームを愛する男で、規定の数がストックされていないと不機嫌になるのだ。
「やべ、残り三つじゃん」
 ひどいときは一日に十個も消費する。だから互いに確認を怠らず、五つ以下になっていたら補充しようというルールを設けていた。

「なに買うかな……オレンジ味と、グレープ味……」
 スマートフォンのメモアプリを立ち上げて、購入リストを作っていく。四つまで埋めたところで、指の動きを止めた。
「……俺の好きな味ばっか」
 気づけば俺も果汁アイスを好むようになっていた。柑橘類のあの爽やかな酸っぱさは、一度ハマると季節関係なく定期的に食べたくなる。
 ただ、あいつは果汁なら大体なんでも好きなクチだから、偏っていると不機嫌の原因となってしまう。

「一番食うんだし好みもうるさいんだから、いい加減自分だけで買うようにすればいいのに」
 メモを破棄して、ソファに身をだらしなく預ける。スマートフォンのカレンダーをぼんやり眺めながら、同棲を始めた五年前を思い出す。
 あの冷凍庫は、わざわざ単体で購入したものだった。まだ互いに大学生だったから、サイズと金額のバランスをこれでもかというくらい相談しあい考え抜いた末の、いわば思い出の品だった。ある意味受験や就職活動のときより真剣だったかもしれない。

『こんなん、ちゃんと付き合ってくれんのお前ぐらいだわ』
 スポーツ好きにふさわしい短く整えられた髪型のせいか、妙に爽やかな笑顔であいつがそう言っていたのを思い出す。
「そんなの、俺だって言いたかったさ。俺みたいなやつに付き合ってくれんの、お前だけだって」

 物心ついたときには同性しか好きになれない体質だった。大学に入って初めてあいつと出会って、友人として長く過ごすうちにそれ以上の感情を向けてしまっていた。
 自覚したら気持ちを押し殺しておけない困ったこの性格は、あいつに対しても例外なく発揮された。

『……え、お前が、オレ、を?』
『悪い。……気持ち悪いだろ、ほんとごめん。困らせるつもりはなかったんだけど』
『お、おい。待てよ』
『これで何回も失敗してんのにマジ学習能力ねえな俺。……今までありがとう。じゃあ』
『だから待てって!』

 そのとき腕を掴まれた力は、今でも昨日のことのように思い出せる。あんなふうに引き止められたことは一度もなかった。
 さらに、「今すぐ返事できないから少し時間がほしい」と返され、社交辞令かと思っていたら本当に返事をくれて、それが断りでなかったことにもっと驚いた。

『ちゃんと考えたんだよ。お前と離れたくないって思ってるのは友人だからなのか、そうじゃなかったら恋人とするようなことをしたいほどなのかって。
 それで……したいって、思った。多分気づいてなかっただけで、オレもお前が好きだったんだ』
 根は真面目な、あいつらしい返事だった。それが思わず泣いてしまうくらいに嬉しくて嬉しくて、夢なんじゃないかと疑ったくらいだった。
 抱きしめてぎこちないキスをくれたのに、次の日に同じ講義で再会するまでは夢と現実の区別が本当につかなかった。
 ――だから、無意識に甘えてしまっていたのかもしれない。

 この関係はずっと変わらない。
 なにがあっても、隣を見ればあいつの顔がいつもある。
 俺とあいつは同じ想いを抱き合っているんだ。

「……アイス、買いに行くか」
 テーブルの上に置きっぱなしになっていた長財布をポケットにねじ込んで、ゆらりと立ち上がる。あいつが特にうまいと繰り返していた商品を中心に揃えておこう。

 あいつが突然いなくなって、二度目の夏がやって来ようとしていた。畳む

ワンライ 編集

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