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カテゴリ「探偵事務所所長×部下シリーズ」に属する投稿(1話→最新話 の順番)6件]

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(画像省略)簡単にキャラ設定をまとめています。■三浦 昇(みうら のぼる) 24…

探偵事務所所長×部下シリーズ

探偵事務所所長×部下シリーズ

簡単なキャラ設定

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簡単にキャラ設定をまとめています。

三浦 昇(みうら のぼる) 24歳

小学生の時、「探偵のおじさん」に助けてもらったことがある。
それ以来、もらった名刺を宝物に「絶対にここで働く」という目標を持って生きてきた。
一途で基本真面目。所長や先輩にはよく振り回されている。


諸見 雪孝(もろみ ゆきたか) 32歳

三浦が勤める探偵事務所の現:所長。祖父から引き継いだ。
現実的で非科学的なものを認めない。
オンオフがわりと激しめ。好きなものには執着が強いタイプ。


田野上 梓(たのうえ あずさ) 28歳

三浦が来るまで、唯一の所員だった。
基本的にクール。二人のことは軽くあしらいがちだが、二人の仲は応援しており、温かい気持ちで見守っている。
お茶請け(お菓子)に目がない。


桐原 綾人(きりはら あやと) 33歳

記者だが、情報を集める手腕に長けているため、雪孝には情報屋扱いされている。
雪孝とは腐れ縁。
ちょっと迫力ある見た目で背も高いため、威圧感を与えがち。
口ではなんだかんだ言いながらも、雪孝のことは頼りにしている。

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(画像省略)「もう、所長! お願いですから片付け手伝ってくださいよ!」 たまらず…

探偵事務所所長×部下シリーズ

探偵事務所所長×部下シリーズ

息抜きの場所は恋人の隣だけ

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「もう、所長! お願いですから片付け手伝ってくださいよ!」
 たまらず一喝したおれの声で、仕事机で突っ伏していた所長がのそりと顔を上げた。お客さんと対峙する時だけちょっと精悍になる顔はだらしない姿へと変貌している。
「えー、それは部下の仕事でしょー?」
「ええそうですね。でもお客さんが来るまであと一時間しかないんですよ? それまでにこの小汚い部屋を綺麗にしないといけないんですよ? わかってます?」
 打ち合わせに使う机の上を整えるくらいならもちろん何も言わない。だが足元は調べ物や探し物のために無造作に投げ出されたバインダーやら本やらでぐちゃぐちゃのごたごた状態だし、どこか息苦しいから埃も舞っている気がする。足元と空気を整えないと、おもてなし用の飲み物お茶菓子の用意まではとてもできない。唯一の先輩である(あずさ)はそのおもてなし用の買い物に出てしまっている。
(のぼる)くん、そうは言ってもだね、僕は朝方まで資料をまとめていたんだよ。ものすっごく疲弊してるんだよね」
「じゃあ来てくれたお客さんをドン引きさせてこの事務所の悪評を垂れ流されて最悪潰れてもいいって言うんですね」
 疲れているのはわかっているけれど、敢えて厳しい口調で言わないとこの所長は動いてくれない。
 口も手も動かさないといけないなんて、はっきり言って効率が下がるだけだ。早く「わかりました手伝います」って白旗を揚げてくれないかな……。
「でもまだ一時間もあるよ? 馬鹿でかい事務所じゃないんだから、そんな急がなくても間に合うと思うけどなぁ」
「そうやって余裕かまして、お客さんの約束時間に遅れます連絡に救われたことが何度もありましたよね。それに早く片付け終わればその分休めるじゃないですか」
 仕事のスイッチが入ると何回も惚れ直してしまうほど完璧で無駄がない男に変身するのに、オフだとどうしてだらけやすくなってしまうんだろう。もちろんいつも完璧でいろ、だなんて思ってはいないが、時と場合を考えてほしい。少なくとも今は半分くらいスイッチを入れてほしい。
「いいから、ほら立って! バインダーと本を棚に戻すくらいはせめてやってください。それは所長の方が片付けしやすいでしょ? それだけでもおれは助かりますから」
 所長の机の後ろの窓を開けると、涼しい風が優しく吹き込んだ。一度だけ深く呼吸をしたら、焦燥感が少しだけ落ち着いた。
 よし、続きを頑張ろう。さっきは「潰れてもいい」なんて口走りはしたものの、本当にそうなってほしいわけじゃない。何だかんだでおれは自分のポジションが気に入っているし、所長のことも……誰よりも、好きなんだから。
「昇」
 踵を返したところで、一言名前を呼ばれた。
 反応する暇もなく、おれの身体は所長の膝の上に乗せられていた。
「ちょ、ちょっと! こんなことしてる暇ないでしょ!」
「ファイルの片付け以外も頑張って手伝うから、元気ちょうだい」
 力の抜けた笑みを向けたかと思うと、猫のように頭を胸元にすり寄せてきた。背中にがっつり両腕を回されているので身動きが全然取れず、なすがまま状態になっている。諦めて覚醒した所長に賭けるしかなかった。
 ……仕事モードの所長しか知らない女の人が見たら、どう思うんだろう。まあ、まず幻滅はされるだろうな。でもこうやって甘えてくるところは可愛いってなるかも。ギャップ萌えとかいうやつ。おれも時々感じることあるし……。
「呆れてるでしょ」
 すっかり全身の力が抜けてしまって、ぬいぐるみのような気持ちでいたら、いつの間にか所長に見つめられていた。
「……所長の言葉を信じてるだけですよ」
「僕はね、君につい甘えちゃうんだよ」
 頭を優しく撫でてくれる。つい目を閉じたくなる心地よさだった。
「結構しっかり者だし、いろいろお小言言うけど、僕への気持ちが全然変わってないっていうのもわかるから、ついね。すっごく頼りにしてるんだ」
 思わず息が詰まった。完全プライベートじゃない時にそんなことをはっきり言わないでほしい。
「そうやって素直なところも甘えたくなるんだよなぁ。二人きりになると未だにせわしなくしてるのも可愛いし」
 変な声が出そうになった口を、ぎりぎり手のひらで覆った。何もかも見破られている。急激に顔が熱くなってきた。
 目の前の所長が、なぜか困ったように笑っている。また、おれが自覚ないまま所長いわく「欲に繋がるスイッチ」的なものを押してしまったらしい。そのたびに一応気を引き締めるけれど、正解が未だにわからない。
 口元の覆いをそっと外して、所長の顔が近づいてくる。自然と瞼を下ろした。少しかさついた感触と、ほんのりとしたコーヒーの香りで包まれる。
 触れるだけのキスが何度も降ってくる。お互いに物足りないのはわかっていた。それでも多分、ほんの数センチ距離を詰めても所長はそっと押し戻すだろう。根は真面目でちゃんと大人なのだ。
「……あーあ。全く、惜しいなぁ。今の昇、本当に可愛くてすごく色っぽいのに」
「なんですか、それ……」
 軽いキスでも、何度もされたら身体が熱くなるんだな……。
 仕事があるのに、早くしゃんとしないと。
「ねえ、急遽休みになりました、ってしたらダメ?」
「ダメに決まってるでしょう」
「そこは普通、特別ですよっていうところじゃない?」
「寝ぼけたこと言わないでください!」
 ……大人、はやっぱり撤回しよう。
「そういう冗談を言えるってことは、もう元気になった証ですね。ほら、片付け再開しますよ! 梓さんももうすぐ帰ってくるだろうし」
 勢いをつけて立ち上がる。事務所の出入口近くに置いてある時計を見たら、タイムリミットまで四十分を切っていた。いよいよ焦らないとまずい。
「本当、憎たらしいほどしっかりしてるよね。部下に相応しくて助かりますよ」
 ふてくされている。片付けはしてくれるようだが、明らかにテンションが低い。これはしつこく引っ張るタイプの方だ。
 こうなったら、一肌脱いでやるしかない。
 のろのろとバインダーを拾い始めた所長の隣にしゃがみ込んで、強引に顎を持ち上げる。
「……さっきの続きも、仕事終わったら付き合いますから」
 最終的におれがこうして折れるから、所長の甘え癖も直らないんだろうなぁ。
 そう自覚していても弱いから、おれ自身もどうしようもない。

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(画像省略)「所長。これ、頼まれてた資料です」「お、ありがとー。ちょうどいいから…

探偵事務所所長×部下シリーズ

探偵事務所所長×部下シリーズ

穏やかに、確実に、時は流れゆく

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「所長。これ、頼まれてた資料です」
「お、ありがとー。ちょうどいいからちょっと休憩しようか。ほら、(あずさ)くんも」
「……わかりました。じゃあ、せっかくなんでお茶請け買ってきますよ。もうすぐなくなりそうだったので。いいですよね?」
 彼女がそう言い出すときは「自分が食べたいものがある」という証拠なのだが、突っ込む者はいない。止めても無駄というより、だいたい素晴らしいチョイスをしているからという理由が大きい。
 かすかな鼻歌をこぼしながら扉をくぐって行った梓を見送ると、牛乳だけを混ぜたコーヒーを応接に使うテーブルに置く。待ってましたとばかりに所長が隣に腰掛けた。
「……うん、おいしい~。すっかり僕好みの味になったね」
「そりゃほぼ毎日淹れてますからね」
「仕事もすっかり手慣れて」
「入所して一年以上経ちましたからね。もちろん、まだまだ勉強不足ですけど」
「そっか、もうそんなに経ったんだ。あっという間すぎて実感がないなぁ」
 うんうんと、納得するように首を上下している所長に同意する。ここに来た当初は、まさか所長と恋人同士になる未来なんて想像すらしていなかった。濃ゆい日々すぎる。
「ここの所員としての貫禄はそれなりについてきたけど、変わらないところもあるよね」
「そう、ですか?」
「うん。結構容赦ないツッコミするところとか、ある意味生意気なところとか」
 失礼なことしか言われていない。まあ、仮にも一番偉い人にうっかりストレートを投げつけてしまうのが悪いのは自覚しているが、所長も所長で特に咎めたりしないのがいけないんだ。
 その張本人はなぜか嬉しそうに笑っている。
「でも僕、(のぼる)くんのそういうところ結構好きなんだよね。なんか、裏表なくて微笑ましい」
 今度は乱された。この人のぶっこみ方、いつもタイミングが読めない。
 どう返すべきかと必死に思考を回していると、肩を引き寄せられた。反射的に視線を向けた先には、やっぱり幸せそうな所長の顔が待ち構えていた。
「ちょ、ちょっと。仕事中ですし梓さん帰ったんじゃないですよ、買い出しですよ、そろそろ戻ってきますって」
「大丈夫だって。梓くんは僕たちの関係知ってるし」
 そうだとしても、実際見られたらたまったもんじゃない!
 ……訴えたところで言うことを聞いてくれないのも、悲しいかな一年の付き合いで学んだことだった。
「……だ、だったら。せめてこれ、やめてくれません?」
 頭を優しく撫で続けている手のひらを指差すも、可愛くないぶりっこ声で拒否された。
「君がここに来てからの日々を思い返してしみじみしてるんだもの、無理無理」
 声が甘くて柔らかくて、反論したいのにできない。なんだかんだで、こういう時に感情を誤魔化さないでくれるところが自分も好きだったりする。
 梓が戻らないことを祈りつつ、ぎこちない動きで身体を寄せていく。左側から伝わってくる、徐々に馴染みつつある熱が心地いい。
 始めの頃は反発ばかりして、人間としても新人としてもまるで駄目な人間だったのに、よくクビにされなかったどころか恋人関係にまでなるなんて、本当人生はどう転ぶかわからない。
 今でも単なる気まぐれなのでは、と不安になることもあるけれど……不思議と、このひとの隣にいるとネガティブな感情はたちまち消えてしまうのだ。
「あ、昇くんなんだか可愛い顔してる」
 頭を撫でていた手で顎を掬われた。訊き返す暇をもらえなかった原因は、唇を覆う柔らかい感触のせい。
「あー、そんな反応されると止まらなくなっちゃうなぁ。もっとしていい?」
「っだ、だめに決まってるでしょ! このエロ所長いいかげんに……!」

 コンコン。
 ごほんごほんっ。

 犯人、いや、救世主は誰か、言わずもがな。
 慌てて隣を突き飛ばし、平謝りしながら救世主を招き入れたのだった。

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(画像省略) 平日の午後。 忙しくも暇でもなく、どこかのんびりとした空気が漂って…

探偵事務所所長×部下シリーズ

探偵事務所所長×部下シリーズ

お役御免はまだまだ先?

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 平日の午後。
 忙しくも暇でもなく、どこかのんびりとした空気が漂っている、いつもの探偵事務所のはずだった。
「ごめん、ちょっと出てくるね」
 そう言い残して足早に出て行った所長を、後輩がぽかんと見送った。さすがに違和感を覚えたらしい。まあ、確かに「あの状態」の所長を見るのは初めてだから仕方ない。というか久しぶりじゃないだろうか。
 少なくとも、彼がこの探偵事務所にやってきてから一度も起こっていなかった。……いや、一度あったかな? そのときは(所長的に)運よく、三浦が体調不良で休みだった。
「あ、あの(あずさ)さん。所長、なんか変な物でも食べてましたっけ」
「……どうして?」
「いや、外出るの相当珍しいじゃないですか。でもそれだけじゃないっていうか」
 両手が空いていたら右に左に動いていそうな素振りを見せながら出入口のドアを振り返る。追いかけたいけれどどこに行くべきかわからない。心情としてはそんな感じだろう。
 ただ、私ならわかる。
 短くため息をついて、びっくりしたように名前を呼んできた背中越しの彼に答える。
「私、探してくるから。悪いけど、事務所をお願い」


 たっぷり二十分はかけて、周りの雰囲気より時間が昔に巻き戻ったような佇まいの喫茶店に辿り着く。
 入口をくぐると、すっかり顔なじみになった店長がわずかに苦笑しながら頭を下げた。毎回お世話をかけますという思いと共に目線を下げ返すと、一番奥まった場所にある二人席に腰掛けた。
「久しぶりに出ましたね、この発作」
 眉根を寄せた所長がにらめっこしているターゲット――一冊の本を指差しながら、出された水を半分まで飲む。今の季節、夕方でもまだまだ暑い。
「三浦くん、びっくりしてましたよ。ほとんど外出ない所長がいきなり飛び出したから」
「……(のぼる)くん、なんか言ってた?」
「気になるなら早く戻ってあげたらどうですか?」
 大事な人の動向を探っておきながら視線も身体も石のように動かない。無駄とわかっていて敢えて告げたのは、これが唯一の対処法だから。
 しかし、三浦と深い仲になってから相当我慢でもしていたのか、眉間の皺がいつも以上に深い。長引きそうな予感に早くも投げ出したくなる。
「……ったく、相変わらずこういう本は己の目線で好き勝手書かれてて反吐が出る。盛大な自分語りすぎて金の無駄だね」
「所長にはそうってだけですし、別に絶対手に取ってって命令されているわけじゃないでしょう。いつも突っ込んでますけど」
「大体数千円払って簡単に解決できるなら誰も苦労なんかしないんだよ。あ、ここに書かれてる手法、僕ならもっとコスパよくこなせるけどね」
「それいわゆるブーメラン発言なんじゃないですかね」
 未だに不思議で仕方ないのだが、頭の中が暴発しそうなくらいに煮詰まってどうしようもなくなったとき、事務所を飛び出すと道中で購入した自己啓発系の本を片手にこの喫茶店に入り、ひたすら毒づくのがお決まりになっている。曰く、「自分ならこうだ、という論を思い浮かべまくっていくうちにすっきりしていく」らしい。敢えて掃除をしたり散歩に出かけたりするとリフレッシュするというのと同等か、いや、一緒に括るのは憚られる。
 とにかく、所長なりの落ち着きの取り戻し方なのだ。
 自分が相手役を務めているのは、偶然にも毒抜き中の所長を見かけてからだった。
『梓くんの冷静なツッコミがすっごく助かるってことがわかったから、できれば付き合ってもらえると嬉しいな』
 普段の所長に早く戻れるなら仕事も滞らずに済む。そのためだけに役目を続けているけれど、面倒なのに変わりはない。
「私、次から三浦くんにバトンタッチしようかな」
 喫茶店自慢のショートケーキをつまみながら呟くと、視線がぐいんとこちらを捕らえた。本を閉じ終えていないのに珍しすぎる。
「や、やだよ!」
「どうせいずれは二人で住んだりするつもりなんでしょう? 私のいないところでこうなってもおかしくないですし、予行演習だと思って」
「む、無理無理! こんな姿を昇くんに見られるなんて無理!」
 ……まったく、本当に無駄にプライドが高い。
 少なくとも三浦は、絶対嫌いにはならない。むしろ、しっかり支えられるようになりたいと決意するタイプだ。
(気づいたらたくましく成長してそうね……)
 その未来はちょっと楽しみかもしれない。例えば、完全に所長を尻に敷いていたりとか……
 ――パタン。
「こ、ここにいたんですね二人とも……!」
 二つの音は、ほぼ同時に聞こえた。
 所長のすっきり顔が見事に固まっている。さすがの自分も驚きを隠せないまま背後を振り向いた。
「三浦くん、どうしてここが」
「いや、やっぱり気になっておれも出てきちゃったんです。来客の予定ないしって思って……」
「私のあとを、追いかけて?」
「途中で偶然見かけたんですけどすぐ見失っちゃったんです。で、手当たり次第探してたらここに」
 一応、三浦が後をつけていることを想定して敢えて遠回りしてみたりしたのだが、偶然なら仕方がない。
「これはもう、神様のお告げなんですよきっと」
 ケーキと紅茶まできっちり平らげて、未だフリーズ中の所長に適当な理由を告げながら席を立つ。本を閉じたなら毒抜きは終わったという証だ。つまり、役目は終わった。
「あ、あの梓さんここで一体なにを? まさかサボりですか?」
「サボりじゃない」
「す、すみません……」
 口にした物はあくまで必要経費だ。何も注文せず留まるだけなんて失礼にもほどがあるじゃないか。
「それに、三浦くんが気になってることは所長が丁寧に説明してくれるから大丈夫」
 助けを求めるような視線を感じた気がするが、あくまで気のせいだろう。というか誤魔化すなんて無理。
「所長。サボりじゃないって、ちゃんと証明してくださいね」
 敢えて身体ごと向き直り、満面の笑顔を向けて、今度こそ喫茶店を後にする。
 所長の情けない悲鳴が聞こえた気もするが、これもまた、気のせいに違いない。

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(画像省略)「僕だって必死に頑張ってるんだよー! ひどいよあやと!」 事務所の備…

探偵事務所所長×部下シリーズ

探偵事務所所長×部下シリーズ

やる気スイッチの簡単な押し方

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「僕だって必死に頑張ってるんだよー! ひどいよあやと!」
 事務所の備品(主に飲み物とお茶請け)を補充して戻ると、いきなり所長に抱きつかれた。
「ちょ、ちょっとどうしたんですか!? あ、(あずさ)さーん!」
「大丈夫、たいしたことないから」
 いつも通りのクールな返答だが、彼女の意識がお茶請けだけに向いていることは知っている。
「おいおい、新人に泣きつくたぁいつからそこまで貧弱に成り下がったんだよ」
 聞き慣れない声、しかも結構ドスが効いている。
 最悪の想像をしながらおそるおそる出所を探すと、資料が並べられた棚に見知らぬ男が立っていた。
「あ、あの、取り立てですか?」
「あぁ?」
「す、すみません! つい!」
「お前わざとやってんな?」
「あっ、ち、違うんです!」
 無意識とはいえ、失礼な問いをしてしまった。男は呆れたようにため息をつく。
「まぁいいわ。おい、そいつのやる気をあげろ。お前が適任らしいからな」
 未だ抱きついたままの所長はか細く「梓くんの裏切りものぉ~」と呟いた。その当人はうきうきでお茶請けをひとつひとつチェックしている。
「あの、あなた様はいったいどちら様で」
桐原綾人(きりはらあやと)だ。こいつの尻拭いばっかしてる記者だ。情報屋扱いされてるけどな」
 前髪を軽くオールバックにまとめた目尻の細い彼は、所長を鋭く睨みつけた。が、所長も負けじと桐原を睨み返す。迫力は全然ない。
 しかしその名前、どこかで聞いたことがある。
「……あっ! 所長とよくやり取りしてる!」
 電話のときはかなり砕けた口調だったので、気になって質問してみたことがある。
『腐れ縁の記者よ。情報集めがうまいから、悔しいけどついつい頼っちゃうんだよね』
 まさか所長となにもかも正反対のように見える相手だったとは思いもしなかったが。
「直談判しないとスルーされそうだったんでな。やっぱ来て正解だったわ」
 素晴らしい読みっぷりに拍手したくなってしまった。
「好き勝手言ってくれちゃって……ていうか尻拭いなんて人聞きの悪い! ちゃんとお金払ってるし手伝いだってしてるじゃん」
「毎回すんなり終わらせてくれんなら文句言わねえよ。そもそも終わった試しねえし」
「君の仕事は大変なんだよ!」
「そりゃお互いさまだ!」
 大型犬と小型犬が吠え合っているようにしか見えない。勝手に巻き込まれているおれは誰が助けてくれるのだろう。梓はチェックを終えたものの、食べる物を真剣に吟味しているためか話しかけづらいオーラを発している。
「もー今日はことさらめんど……難しい依頼持ってきてくれちゃってさぁ。知ってる? 僕ここんとこ連日寝不足なのよ。みんなも残業しながら頑張ってくれて、やっと朝に終わったのよ。これでちょっとゆっくりできると思ったら君がやってきたんだよ。ひどくない?」
「気の毒だが知らん。お前にしかできない仕事だから諦めろ。依頼料上乗せするって言ったろ」
 なに?
 聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「上乗せされたってもう頭が働かないよ~。せめて締め切りを二日くらい延ばしてくれたら」
「駄目だ。ケツは今夜十時まで。これでもだいぶ譲歩してんだ」
「ね、(のぼる)くんひどいでしょ? 恋人としてなんとか言ってやってよ」
「ちょっ、なにあっさりバラしてんですか!」
「気にすんな。前に浮かれまくりのこいつから一方的に教えてもらった」
「名前だけだよ。顔を見せるなんてもったいないからね」
「どうでもいいですよ所長のバカ!」
 もう何発か殴りたい気持ちでいっぱいだったが、使い物にならなくなったら困る。
 そう、報酬だ。ただでさえ収入が不安定な我が探偵事務所、もらえるときはちゃんともらって蓄えておかないといけない。梓もあんな状態でなければ同じことを言っていたに違いない。
 桐原の「お前がやる気をあげろ」の言葉をようやく飲み込んで、所長の手を引いて事務所のドアを開ける。
「少し、おれに時間をください」
 来客予定は入れていなかったから、廊下には誰も来ない。ビルの二階には事務所しかない。隠れてこそこそやるには絶好の空間だった。
「所長、疲れているのはわかりますが、なんとかこなせませんか? おれ達も手伝いますから」
「昇くんは依頼内容聞いてないからそう言えるんだよ」
 改めてその内容を聞いて、正直眉根を寄せてしまった。これは確かに、修羅場明けの身にはつらい。所長の訴えもよくわかる。
 内心申し訳ない気持ちを抱きつつ、所長を見上げる。
「でも、報酬を余分にいただけるんでしょう? こんなチャンスめったにありませんよ」
「むー……」
 反論を止めた所長は、じっとこちらを見つめてきた。下がりっぱなしの眉尻が溜まった疲労を表していて、恋人としては今すぐベッドに寝かせてやりたくなる。が、これも多めにもらえる依頼料のためだ。
「じゃあ、今から僕がするお願い、聞いてくれる?」
「おれでできることなら何でもやりますよ」
「ありがとう。とびきり濃厚なキスをしてほしいな」
 さらっと言われて、全身が硬直した。キス? 濃厚?
「ほら、僕たち最近全然触れ合いっこしてないじゃない? 本当は今夜君をめいっぱい抱く予定だったのにそれもなくなりそうだし」
 刺激の強い予定をさらさらと紡がれて突っ込みが思いつかない。確かに恋人らしいアレコレはお預けだったし、欲なんてないと変に恥じらうつもりもない。
「……でも、桐原さんは夜十時までとは言ってますけど、それより早く終わらせれば、時間作れますよ」
 必死に視線をキープして提案する。酷な内容なのはもちろん百も承知だし、所長はたぶん意図に気づいている。
 曇っていた瞳に少し輝きが戻った。
「ということは、昇くんも望んでくれてるんだ?」
「誰だって、恋人といちゃいちゃしたいもんでしょう」
 半ばやけくそのまま、所長の唇を塞ぐ。舌を差し込むと待ちわびていたと言わんばかりに絡め取られた。
 よほど飢えていたのか、舌への、口腔への愛撫が半端ない。久しぶりの刺激に耐えられず、所長の服を必死に掴む。
「っん、ふぁ……あ、」
 壁を挟んでいても二人に聞こえるかもしれないのに、声が抑えられない。背中を撫でる動きさえ甘い高ぶりに変わって、無意識に追いかけてしまう。身体をすり寄せたい衝動と必死に戦っていると、唇が解放された。
「ゆきたか、さん……」
 恋人が満足そうに笑っている。柔和なイメージが完全に消えた、色欲にまみれかけた男がそこにいる。丸眼鏡の奥で、鋭い二つの光がおれに絡みついている。
「続き、絶対するからそのつもりでね。昇」
 そして颯爽と事務所に戻っていった。
「調子に、乗らせすぎちゃったかな……」
 うまく事が進んだこと。恋人としての夜が確約したこと。
 嬉しい気持ちは本物だったが、言いしれない恐怖があるのも本物だった。

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(画像省略)「雪孝(ゆきたか)さんって流れ星に三回願い事唱えたら、ってやつ信じて…

探偵事務所所長×部下シリーズ

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叶えてほしい現実的な願いは

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雪孝(ゆきたか)さんって流れ星に三回願い事唱えたら、ってやつ信じてなさそうですよね」
 まとまった休みを、僕の家で一緒に過ごしているときだった。
 前日まで友人と一泊二日の小旅行に出かけていた(のぼる)くんの土産話を聞いている途中、突然なにかを思い出したかと思えば、そんなことを言われた。
「突然だね。まあ、その通りだけども」
「やっぱり」
 隣に座る昇くんは小さく笑った。年齢より幼く見えるその顔に、いつも密かに「萌え」ていたりする。
 子どもの頃、助けてもらった祖父が憧れの人だったと目を輝かせて孫の僕が引き継いだ探偵事務所の門をくぐってやってきてから、一年ほどが経った。
 最初は毛を逆立てた犬のようだった彼も今はすっかりすっかり馴染んだし、先輩の梓くんにもいい感じに可愛がられている。
 なにより、僕の大事な大事な恋人にもなった。
「泊まったホテルの屋上で星空鑑賞会やってたんですよ。予約制だったんで参加できなかったんですけど、流星群が見やすい日だったらしくて」
 それはもったいないことをした。見やすいとはいえど結局は運だから、流れないときは本当に流れないし、腰を据えて観賞できる機会も意外とないものだ。
「見やすくても、流れるときはほんと一瞬じゃないですか? だから三回唱えるなんて絶対無理だよなぁって」
「当たり前だよ。ていうか来るのがわかってたとしても、単なる迷信だから無駄無駄」
 ちょっと言い過ぎたかな? でも理屈が通らない事柄ってどうにも気持ち悪くて納得できないんだよね。昇くんはこんな僕の性格は充分わかってくれているとは思うけれど。
 その当人は、呆れたように苦笑していた。
「ほんとバッサリですね。でも、絶対叶うってわかってたらしてみたいでしょ?」
「うーん、まあ」
「叶う理由は置いといてですよ」
「そりゃあね」
 実用的なところなら最小限の労働で稼げるようにしてほしいとか、夢物語ならなにもしなくてもお金が湧いて出てきますようにとか、まあ、いろいろあるけれど、一番は……
「……なに、ニヤついてるんですか」
 どうやら顔に出ていたらしい。
「そりゃあ、一番叶えてほしい願い事考えてたからね」
 聞くべきかやめるべきか。昇くんの顔にははっきりそう描かれている。でも言った方がたぶん面白く、可愛い方向に転がるだろう。
「絶対叶うなら、愛愛愛! って叫ぶかな」
「あい……?」
 眉根を寄せている昇くんの頬に触れて、続ける。
「昇くんともっとラブラブになりたい、ってこと」
 単なる悲鳴か反論だったのかはわからない。
 唇を食むように何度か角度を変えたキスをし終わると、怒ればいいのか恥ずかしがればいいのかわからない昇くんの表情があった。
「雪孝さんって変なときに論理的じゃなくなりますよね」
「え、そう?」
「そうですよ! いきなりら、ラブラブとか言い出して!」
 結構本気で願っているんだけどな。今でも充分幸せだけど、たとえば「僕なしじゃ生きられないです!」とか言われてみたい。本当にそうなったら、昇くんらしさが消えてしまうから本気で願っているわけでもないけど、一日くらいなら……。
「だ、大体今も結構そうじゃないですか。おれ、ほんとに雪孝さんのこと……好きですもん」
 視線は逸らしつつ、こちらの服の裾を遠慮がちに掴んで、なんとも可愛らしいことを言ってくれる。なのに僕ったら、ちょっとだけ意地悪したくなってしまった。
「本当に?」
「だったらキスとかしません」
「じゃあそのキス、たまには昇くんからしてほしいな」
 反射的に僕を見た昇くんの瞳がいっぱいに開かれている。昇くんは照れ屋さんだし、僕からするのは全然嫌いじゃないけど、たまにはされる側の立場に立ったっていいでしょ?
「願い事三回唱えれば叶うかな? あーい」
 ずるい、と恋人の表情が訴えている。別に激しくなくても……いや、それはそれで嬉しいし、燃える。
「あーい」
 一瞬視線を伏せた昇くんが、勢いよく距離を詰めてきた。背中にソファーの柔らかな感触が走る。
「あー……」
 三回目の言葉は、押し倒した勢いとは裏腹に優しく、けれど深いキスに飲み込まれた。

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