星空と虹の橋

あなたが与えてくれるから
——俺はエメラルドのご主人様じゃない!・番外編

 今話題のドラマの最新話が終わった途端、翠に抱き寄せられた。
「え、どうした? いきなり」
 改めて向き直ると、翠の眉尻が少し下がっていた。ドラマを楽しんでいた男とはまるで思えない感情の降下ぶりだ。
「もしかしてつまんなかったとか? 俺はわりと今週の展開はよかったけど」
「いえ、違うのです」
 また抱きしめられる。
「……今のドラマもですし、漫画や小説でもありますが。こうして恋人を抱きしめて、ぬくもりを感じる、という描写がありますでしょう?」
 若干気恥ずかしさを感じたあの場面か。隣を盗み見たらにこにこと笑っていた。
「今さらながら……羨ましいと、感じてしまいまして。私は、人間ではありませんから」
 パワーストーンの化身である翠は、見た目こそ人間と変わらない姿形をしているが、異なる部分がいくつもある。
 そのうちのひとつが、一切の熱を持たないこと。
 冷たいわけではない。ただ、なにも感じない。言い方はアレだが、壁に触れているような感覚に近い。
「もし私にぬくもりがあったら、文秋が寒いときに暖めてあげられたのに。お互い暖め合うという体験もできましたのに」
 少なくともそういう展開に憧れるのは若いときだけ……という突っ込みはとりあえず脇に置いておこう。
「俺は、お前の言うぬくもり、結構感じてるよ?」
 背中を労るように撫でる。聞こえてきた小さな笑い声はどこか寂しさを含んでいた。
「元気づけてくださっているのですね。ありがとうございます」
「いや、本当だよ。なんていうか、物理的にじゃなくてさ」
 うまい説明が浮かばず口ごもってしまう。これでは余計な気を遣わせてしまうだけだ。必死に頭をフル稼働させる。
「たとえば、さ。出会った頃、俺にエメラルドの力を注ぎ込んでくれてただろ?」
「半ば無理やりでしたけれど、文秋は受け入れてくれていましたね」
 化身だと信じられなかった俺に、エメラルドに備わっているという癒やしの力を毎日与えてくれた。あまりにも非日常すぎて不信感はなかなか消えなかったものの、その力に助けられ、ありがたく感じていたのは事実。
「それからも俺のこといつも気にかけてくれて、守ってくれてる。そういう気持ちが、俺にはすごくあったかいんだ」
 大切な人が相手だから。
 主人という肩書だけでないと充分にわかるから。
 ぬくもりを通じて安心感や幸福感を得られるのも、その理由があればこそだ。
「それに、恋人同士になってからよくこうやって抱きしめてくれるけど、いつもほっとするんだぞ?」
「……私の想いが、伝わっているからですか?」
「そうそう。翠の想いの強さは相当だし。あったかいどころか熱くなるくらいだよ」
 だんだん物語の登場人物のように思えてきた。伝え慣れない台詞のオンパレードだが、少しでも翠の助けになるなら構わない。
「ふふ、文秋。今いただいた言葉、物語でもよく聞くものですよ?」
「え、そ、そうなのか。でも、いつも思ってることだから。嘘じゃないよ」
「承知しております。だからこそ、正直驚いているのです」
 向き直った翠は、少し顔を赤らめていた。
「物語上の台詞を実際耳にすると、こんなにも嬉しいのだと」
 触れるだけのキスが一度、与えられる。ぬくもりはなくとも、とても優しくて、胸の中にほんのりとした熱が生まれる。
「今のも、あたたかいですか?」
「うん」
「それならよかった」
「ちなみに……俺は、どうなんだ?」
「もちろんあたたかいですよ。今は少し熱いくらいです」
「……うるさいよ」
 満面の笑顔が今はちょっぴり意地悪く見える。照れ屋なのはもう性分なのだから仕方ない。

「でも、私は諦めません。なんとしても、文秋に最高のぬくもり体験を提供したいのです」
「最高のぬくもり体験……変な方向に努力するの、もうやめろって」
「変ではございません。すべては主であり恋人でもある文秋のため!」
「……藍くん、出てきてくれないかな」

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