
就職活動以来袖を通していなかったリクルートスーツは、少しきつくなっているように感じた。
「明日って、バイト休みだったりする?」
梅雨もそろそろ明けるか明けないかといった時期にさしかかった頃だった。
夕食中に、改まった表情で朔が切り出した。
大事な用事が控えているに違いない。なら、答えは決まっている。
「午後にバイトありますけど、休みます」
「……いいのか?」
迷いなく頷くと、朔は苦笑をこぼした。一体何を言うつもりなんだろう。
「それなら……明日、一緒に来てもらいたいところがあるんだ」
訊き返すと、苦笑は苦痛にゆがんだ。箸を握る手が細かく震えている。
「知り合いの、墓参りに付き合ってほしいんだ」
* * * *
電車をいくつか乗り継いで、郊外の駅からタクシーで町外れまで移動する。墓は小高い丘の上にひっそりと存在しているようだった。
霊園の半ばまで進んだ朔の足がある墓石の前で止まり、スローモーションがかかったように振り向く。しばらく見つめたあとに、手にしていた花束を花立に飾り出した。
墓石には「仲野家」と名前が彫られている。
「ご友人とか、ですか?」
家を出てから、初めて朔に話しかけた。
ずっと悲痛な面持ちを貼りつけている彼は、とても会話できるような状態ではなかった。
「……谷川に、この場所調べてもらったんだ。もう少し落ち着いたら、あいつにもちゃんと事情話さないと」
線香の煙が、鉛色まで昇りつめたところで消える。手を合わせる朔に少し迷って、倣うことにした。
脳裏に、新聞の切り抜き記事が蘇る。やっぱり、目の前の墓石に眠っているのは……。
「勤めてた会社で、知り合った男だった」
やがて、何の感情も読み取れない声が吐き出された。
「自殺したんだ。住んでたマンションで、首を吊ったって」
ひゅっと、短く息を吸う音が聞こえる。朔の眉間に深い皺が刻まれていた。自らを抱きしめ崩れ落ちかける身体を慌てて受け止める。
「大丈夫ですか? ゆっくり、息を吐いて」
朔の身体の震えが少しでも落ち着くようにと、優しく背中をさする。
腕に触れた手は、驚くほど弱々しかった。
「ごめん、ありがとう。冷静にって思ってたんだけど……ほんと、弱いなぁ」
「……あの、別にオレ、いいですよ。あの時言ったこと、嘘じゃないです」
「聞いてほしいんだ。君に」
一瞬で、肌に食い込むほどの力が込められた。
再び向けられた双眸の奥に、小さいながらも意志の強い光が見える。
拒む権利は、最初から存在していなかったのだ。