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(画像省略) ある日のこと。「白石、ほら。このシャツ欲しがってたろ? やるよ」「…

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

回数の多いサプライズ

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 ある日のこと。
「白石、ほら。このシャツ欲しがってたろ? やるよ」
「え、いいの? マジ? ってかそこそこ高いやつだけど」
「お前が絶賛してたの気になって買ってみたからついで」
 またある日のデート中。
「じゃーん。これなんだと思う?」
「……え、これアレじゃん! 限定の! な、なんで!?」
「お前がめっちゃ悔しがってたから探しまくって手に入れたんだよ。ちゃんと定価でな」
「よ、よく見つけたな……って、え? おれが、ってことは」
「そ。お前にプレゼント」
「いやいや金払わせろって! 上乗せさせろ!」
「いーのいーの。俺が勝手にやったことだから」

 大なり小なり、こんなサプライズが定期的に続いている。
 プレゼントだけではない。例えば自分が「ここ行ってみたい」と口にしたが最後、うっすら忘れかけた頃に仕掛けてくる。値段もおかまいなしに、だ。
 そりゃあ嬉しくないわけはない。西山がいつも本心からしてくれているのをわかっているから素直に受け取っている。
 しかし「なぜ」という疑問が湧いてくるのもまた自然だし、単純に西山の懐も気になってしまう。お返ししたいのにそれもさせてくれないのはもはや苦しくさえ思う。
 恋人に喜んでほしいのは、自分だって同じなのに……。
 ひとつ思い当たるのは、原因こそ不明なれどなにか悩みがあるのかもしれないこと。
 いや、こちらにその原因があると考えた方がいいだろう。
 そうとなれば早速行動に移さないと、西山が心配だ。


「ありがとう。ところで話がある」
 西山の家で、ずっと食べたかったお菓子をありがたく一つつまんだあと、そう切り出した。
「……白石?」
 満足そうな笑顔が瞬時に曇る。深刻な雰囲気を出したつもりはないのだが、気負いすぎたのだろう。軽く肩を上下させる。
「お前、なにか悩んでるんじゃないか?」
 敢えて直球勝負に出てみた。あくまで推論に過ぎないものの、こういう時のカンはわりと当たる。
「え、悩みって」
「サプライズしすぎ。そりゃ嬉しいけど、おれが仕掛ける隙もないじゃん」
 目の前の顔が明らかに強張った。
「迷惑、だったか? それか退屈か」
「どれもハズレ。だったらとっくに見破ってるだろ?」
 負のループにハマりかけている。恋人の関係も加わってから今に至るまで結構順調だと思っていたのは自分だけだったのか? 今になって不安が湧き出てきた。
「おれ、何かやらかした? ならごめん、情けないけど教えてもらえると」
「違う。……ごめん、やっぱりあからさま過ぎたな」
 誤ると、西山は両肘を立てた腕の中に頭をしまい込んで短く呻いた。
「絶対、笑うなよ」
 少しして聞こえてきた言葉は、予想外の内容だった。気が抜けた、というより先が読めなさすぎて身構え方がわからない。
「俺たち、付き合ってもうすぐ一年経つよな」
「あ、ああ……そういえば」
「お前ってほんと、そういうの気にしないね」
「ご、ごめんって。で、それが関係してるのか?」
 よほどためらっているのか、なかなか返答がない。ここは下手にフォローしない方がいいと判断して我慢して待ち続ける。
「……マンネリ、するかもって」
 ひどくか細い声だった。
「まんねり?」
 さっきのを上回る予想外っぷりだった。
「わかってる。俺がネットの記事なんか簡単に信じたのがバカだったんだ。ほんのちょっと不安だった時にそんなの読んじゃったから。そうじゃなくても一年って相手のいいとこも悪いとこも大体わかってきて落ち着いてくる頃だろ。友達でも恋人でもそう変わらないって告白した時は言ったけどちょっとは違う部分もあるからさ」
 必死に弁明を続ける西山に、だんだん約束を反故してしまいそうになってきた。単純に可笑しくて、というよりも可愛くて、だ。多分口元はもう緩んでいると思う。
「マンネリを少しでもなくしたいから、いろいろサプライズしてくれたんだ?」
 言葉が途切れたタイミングで、尋ねる。頭が小さく動いた。
「サプライズしてくれる前のおれ、そんな感じしてた?」
「……それは」
「もちろん、おれは全然そんなこと思ってなかったよ。なのに勝手に心配してたんだ〜」
 ほんのちょっぴり意地悪したくなってしまった。それだけ西山に愛されている証でもあるが、疑われてしまった証明でもある。
 ようやく頭を持ち上げた西山は、羞恥とショックを雑にかき混ぜたような表情をしていた。ドラマで恋人にしょうもない理由で捨てられた相手の姿を思い出す。
「笑わないって、言ったじゃないか」
「え、おれ、笑ってる?」
「茶化すなよ。そりゃ自分でもどうしようもないって言ったけど、本気で不安だったんだからな」
「でも、ただの取り越し苦労だったろ?」
 わかりやすく押し黙る西山がますます可愛い。普段そう言われるのは自分だから、言いたくなる気持ちが初めてわかった。
 それでもいい加減腕を引いてやらないと、デリケートな男はますます袋小路に迷い込んでしまう。この役目は出会った頃から変わらない。
 身を乗り出して、テーブル越しにそっとキスを送る。
「おれの気持ちは、恋人同士になってから確かに変わったよ」
 明らかにマイナスな捉え方をしている西山を優しく小突く。
「ばか。ますます好きになってるってこと。お前とこういう関係にもなれて、よかったって本当に思ってる」
 付き合いしだしてしばらくは、不安がなかったわけではない。
 今は違う。一日一日を過ごしていくうちに、友人だけだった関係の時とはいい意味で違う空気を得て、素直に受け入れられていた自分がいた。それが何日、何ヶ月も続いて、ようやくお互いの言葉が間違っていなかったと飲み込めるようになった。
 この関係を失うなんて、もう考えられない。
「……俺も、同じだ。同じだよ、白石」
 隣に来た西山に、固く抱きしめられる。あやすように背中をぽんぽんと叩くと、肩口に頭をすり寄せてきた。
「勝手に不安になって、本当にごめん。白石のことちゃんと見てるつもりだったのに、全然だ」
「全くだよ。普段のお前なら余裕なのに」
「やっぱり白石がいてくれないと、俺はダメだな。絶対離してやれないから、改めて覚悟してくれよ?」
「言われなくたって」
 そして向けられた笑顔は、同じ男としてちょっぴり腹立つも見惚れるいつもの格好いいものだった。

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(画像省略) ジャケットを脱いでベッドに寝かされた途端、噛みつくようなキスが降っ…

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

#R18

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

おまけ:第4話と5話の間 #R18

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 ジャケットを脱いでベッドに寝かされた途端、噛みつくようなキスが降ってきた。ただ乱暴なようでいて、的確に力の抜ける箇所をなぞっては唇をゆるく食み、呼吸したタイミングでまたなぞられる。互いの唾液を使ってわざと濡れた音を立てるたび、喉が震えてしまう。時々唇をくすぐる西山の吐息と声はもはや毒だった。
「は……っ、あ」
「白石……気持ちいいって顔、してる」
「なん、で顔、わかんだよ……」
 こっちは薄闇ではっきりと見えていないのに、ずるい。恥ずかしい。
「よく見ればわかるよ。……なんて、うそ。お前の声聞けば、わかる」
 西山の唇はそのまま首筋をたどり、胸元に到着した途端に止まった。ワイシャツの上から軽く舌で撫でられて、短く声が漏れる。気持ちいいというよりむず痒いというか、とにかく変な感覚だ。
「男も乳首弄られたら感じるようになるらしいぞ。お前のもそのうちそうなるかも、な」
「っん、ぁ!」
 もう片方の胸をきゅっと摘ままれたかと思うと、押しつぶすようにこねくり回される。布越しのせいなのか、少しずつじんわりとした感覚が生まれ始めた。
「にしやま……なんか、変な、感じなんだけど……っ」
 それに応えるかのようにネクタイを引き抜かれた。ボタンを外すためだと気づいた時には、むき出しになった二つの尖りを西山に愛撫されていた。
 右側は濡れた音を立てながら頂を吸われ、軽く歯を立てられて。
 左側は先ほどと同じ行為を、強弱をつけて繰り返されている。
 短い吐息を混ぜた、変に高い声を止められない。
「……も、やめ……!」
「気持ちよさそうに見えるけど?」
 どこか楽しそうな口調に少し苛立ちが浮かぶも、抵抗する力はもちろんない。
「それとも……早く、こっちを触ってほしいんだ?」
 胸にあった手の位置が下がっていき、ある場所で止まる。わずかに力を込められただけでみっともないほどに反応してしまった。
「ああ、ちゃんとたってる……気持ちいいんだ……」
「ばか、しみじみすんな……!」
「いいだろ。だって、俺、本当に嬉しいんだ。お前とこういうことできるのが、嬉しいんだよ」
 暗闇に慣れてきた目線の先で、西山が柔らかな笑みを浮かべている。
「……なんか、おれ、猛烈に恥ずかしい」
 初めての恋人と迎えた夜を思い出した。確かな充足感と幸福感があるのに、どこか甘酸っぱい気持ちとがない交ぜになって落ち着けなかった時とよく似ている。
 よく聞き覚えのある金属音が耳を打ち、正体を悟った頃には剥き出しの己自身を西山に愛撫されていた。
「あ、っく……ぅ、んっ」
 的確に感じる箇所を攻められて声を、ゆるゆると動く腰を止められない。西山の大きな手のひらがたまらなく気持ちよくて、もっと弄ってもらいたいと欲が生まれてしまう。
「はぁ……っにし、やま……ぁ」
「ん……?」
 返事をしながら、片手は頂を指の腹でぐりぐりと刺激し、もう片手は裏筋から根元にかけて爪先を這わせている。まるで陸にあがった魚のように背中が跳ねて、続けようとした言葉が喘ぎに変わった。
「一回、このままイカせてやるよ……」
 濡れた音を存分に響かせて扱いた後だった。
 爪先を這わせていた箇所に、今度はぬるりとした感触がゆっくりと、通り抜ける。さすがに驚いて、懸命に首を持ち上げた。
 西山が、自分のモノを舌で、愛撫している。
 理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。
「ん、っあぁぁ……!」
 溜まった熱が外に吐き出されて、全身の力がベッドに吸い取られる。
 気持ちいい。その感想だけが頭を支配している。恋人という関係を差し引いても、同性にされて文字通りの「骨抜き」にされるとは思いもしなかった。
「お前、そんな顔するんだ」
 息を整えるのに意識を集中していたせいで、西山に観察されていることに気づかなかった。
「ばか、見てんなよ……!」
 身体を横向きにして逃げる。が、あっさり両手を捕えられ、布団に縫いつけられてしまった。
「喜び噛みしめてんだよ。どれだけ待ち望んでたと思ってんだ」
 それを言われると押し黙るしかできなくなる。
「ていうか、お前は……いいの?」
 西山も興奮しているのは、吐息の乱れぶりと熱さで充分に伝わっている。
「ん、俺はあとでたっぷり気持ちよくさせてもらうからいいの。そのために、こうしてお前にいろいろしてんだから、さ」
「っ、ひぁ!?」
 息の詰まる痛みが思いもよらない場所から伝わってきて、たまらず西山に向かって手を伸ばしてしまう。
「ごめん、痛かったよな。でも、今だけだと思うから我慢して?」
 労るように頭を撫でながら、唇を緩く食んでくる。心地のいい刺激に全身から余分な力が抜けていく。最初ほど不快感はなくなったが、まだまともな呼吸はできそうにない。
「く……っあ、はぁ……ん」
 ゆるゆると中心を刺激されて、否が応でも甘い痺れが腰から広がっていく。濡れた音が吐息に混じって響き始めた時には、違和感がだいぶ消えていた。
「痛いとか、ないか?」
「それは、っん、ない……けど」
「けど、なに?」
「へん、きもち……わる、い」
 下腹部が鈍痛に似た刺激を受け続けていて苦しい。どう考えても秘部が西山の指を飲み込んでいるせいなのだが一向に止まる気配はない。
「うん……でもさ、もう指が二本入ってんだよ。お前のここ」
 内部で指が蠢いて、反射的に短い悲鳴が漏れる。
 というか、二本ってどういうことなんだ。とても信じられないのに、蠢くたびに嘘でないのを思い知らされる。
「っ!? ひぁ、あ!」
 下半身が大げさに跳ねた。
「……みつけた」
「な、なに? や、ぁあ!」
 声が、腰の動きが止まらない。わけもわからず西山から与えられる刺激に翻弄されている。さっきとは明らかに違う、油断したらあっという間に支配されて抜け出せなくなるような、あまいあまい刺激。
「ま、にし……っあぁ、ん!」
 圧迫感が増した。まさか、また指が増えたのだろうか。考える余裕はない。理性も本能もすべてが、快楽の先を求めてひたすらに手を伸ばしている。
「しらいし……すげー、気持ちよさそう」
 感嘆したような声で呟く西山の肩を縋るように掴む。視界が少し滲んでいておぼつかない。
 こわい。でも彼だから、西山だから信じられる。与えられるはじめてを受け止められる。
「はぁ、っあ……に、やまぁ……!」
「わかってる。俺ももう、限界」
 ずるり、という擬音が聞こえそうだった。急な喪失感に戸惑っている間に、包装を破く音が響いて一瞬身体が固くなる。
 同性同士との知識はなくとも、さすがにこの後どうなるかはわかる。
「……白石」
 見下ろす双眸はまるでアンバランスだった。気遣おうとする気持ちがなけなしと一発でわかるほど、西山はただの獣と化している。
 一握りの理性など、もう、捨ててしまえばいい。
「はやく……お前のしたいように、して」
 懸命に頭を持ち上げて、熱に浮かされた呼吸を混ぜあう。一瞬で終わるはずもなく、ベッドに戻されながら唾液が頬を伝うほどの行為に変わる。
「いくぞ」
 同時に、先ほどとは比べものにならないくらいの圧迫感が下半身を襲った。
 まともに呼吸ができない。痛い、というよりただ苦しい。悲鳴にならない声が途切れ途切れに喉から溢れる。
「白石……っ、もうちょっと力、抜けるか……?」
 首を振る。西山の訴えはわかるがどうにもできない。
「ふ、っん……ぁ、あぁ」
 すっかり萎えてしまった自分自身をやわやわと愛撫されて、全身のこわばりが少しずつ和らいでいく。啄むようなキスを受け取るたびに鼻腔をくすぐる西山の匂いも、落ち着きを呼び戻してくれていた。
「あ……ぁ、っはい、った?」
「あと、すこし」
 そして、安堵したようにゆっくりと倒れ込んできた。
「入ったよ、白石」
「……うん」
 西山の形がはっきりとわかる。
「やっと、つながった」
「待たせて、ごめんな」
「ばか。そんなこと、もういいんだよ」
 西山の柔らかい笑みになぜか泣きそうになる。
「そろそろ、動いて大丈夫か?」
 頷くと同時に、埋め込まれたモノが大きく律動を始めた。余裕がないとわかる動きに、みっともなく声をこぼすしかできない。羞恥を覚える暇すら与えてもらえない。
 指でさんざん刺激された箇所を突かれるたび、じんわりとした痺れが全身を支配していく。強烈な中毒性をはらんだそれを、必死に追い求めてしまう。
「んあ、あぁ! は、っんぁ!」
「すき、だ……白石、すきだ……!」
 応えたいのに、漏れるのは聞き慣れない悲鳴ばかり。せめてもと、唇に覆い被さった吐息に向かって夢中で舌を伸ばした。意識までも溶けそうなくらいに強く絡め取られる。
 手のひらに重ねられた熱をぐっと握り込む。何かに縋っていないと意識が保てないぐらいにぎりぎりの場所をさまよっていた。
 もう限界だと、朦朧としながらも訴えた気がする。もう少しこの時間に浸っていたい気持ちはあるのに、初めて西山を受け入れた身体は正直だった。
「これからもお前のこと、大事にするから……絶対、守るから……」
 おれも。
 ちゃんと返せたか、自信はなかった。
 過敏になっている自身を絞り出すように扱かれて、頭の中も視界も真っ白に塗りたくられてしまったから。

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(画像省略) 多分、鳥のさえずりが聴こえたと同時に目が覚めたと思う。こんな早い時…

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

第5話

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 多分、鳥のさえずりが聴こえたと同時に目が覚めたと思う。こんな早い時間に起きることはまれだ。
 西山の腕に包まれて、寝顔をずっと眺めている。そういえば部屋に泊まるのは初めてだった。
 年齢より幼く見えるのは、相当気の抜けた表情だからだろう。見事な「へ」の形をした眉が一番貢献しているかもしれない。口元もよく見ると若干開いている。
 率直に言うと、可愛い。スイッチが入っている時は絶対にお目にかかれない。自然と小さな笑い声がこぼれた。
「……んぁ、……?」
 もぞもぞと布団の中が動く。反対側を向こうとしたのか、下敷きにしている腕が持ち上がりかけ、再び唸り声が響く。
「ごめん、起こしちゃったか」
 ゆっくり開かれた瞳は数秒天井を映し、同じようなスピードでこちらを向いた。この様子だと半分も覚醒していない。
「出勤までまだ時間あるからもう少し寝てなよ」
 頬を撫でると、ほんの少しざらりとした感触が返ってきた。
「……夢じゃ、なかった」
 撫でていた手のひらに唇を滑らせて、心から安堵したように笑う。
「俺たち、恋人同士にもなれたんだな」
「なったよ。うそじゃない」
 大好きなおもちゃを前にした子どもみたいに、無邪気な笑みが返ってくる。
「身体、だいじょうぶか?」
「今んとこ。あんなに手慣れててびっくりしたけどな」
「ばーか。勉強したに、決まってんだろ……」
 次第に瞼が閉じられていく。軽く頬をつねってみるが反応はなく、穏やかな呼吸をただ繰り返している。
「勉強したって、どんだけ自信があったんだよ」
 なんて、本当はわかっている。
 ハッピーエンドだけを信じていたわけじゃない。「臆病」と己を評する男だから、もう一つの可能性も頭の片隅に入れて、準備していたに違いない。
 だとしたら、何を用意していたのだろう。
 ……無駄な想像はやめよう。せっかくの幸福感をわざわざ逃がす必要はない。
 今はただ、相棒であり恋人でもあるこの男の隣を堪能しよう。心地いい気だるさに包まれていよう。
「ありがとう。好きだよ、ずっと」
 この気持ちは、何があっても揺るがない。
 西山がいてくれるなら、きっと、信じ続けることができる。

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(画像省略) 昼飯の誘いは、仕事を理由に断る。 夕飯の誘いも、仕事や他の予定が入…

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

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第4話

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 昼飯の誘いは、仕事を理由に断る。
 夕飯の誘いも、仕事や他の予定が入っていることを理由に断る。
 週の中日(なかび)にあった祝日の誘いも何とか断ることに成功した。
 とにかく、西山と二人きりの時間をなくしたくて必死だった。


「……白石。お前、露骨すぎだろ」
 とうとう痺れを切らしたのか、昼休みになった途端捕まってしまった。西山がいない時を見計らってエレベーターに乗ったのに、見抜かれていたのかエントランスのすぐ外で待ち構えていたのだ。
 掴まれた腕を容赦なしに引っ張られ、そのまま人気のない場所まで連れて行かれる。
「何のこと?」
「とぼけんな。今だって無視しようとしただろ」
「昨日、具合悪いから断ったの忘れたのかよ」
「嘘だって俺はわかってるから」
 手を振りほどこうとするがびくともしない。早く逃げたい、心が乱される前に、早く。
「……そうやって俺と目、合わせなくなったよな。仕事中もだ」
 やっぱり気づかれていた。
「なあ、なんで? 俺、なんかやった?」
 していると言えばしている。していないと言えばしていない。
「もしかしなくても、この間のドライブが原因?」
 一瞬息をつまらせてしまう。こんな反応、肯定しているも同然じゃないか。
「無理やり連れ出したから怒ってんの?」
「……違う」
「じゃあ、キスしたりしたから?」
「……っ、もう離せよ!」
 もう耐えられなかった。心臓が苦しい。早く西山と離れなければどうなるかわからない。
 強めに腕を振るとあっさり解放された。彼の優しさのあらわれなのか、単に諦めただけなのか、どちらにせよ助かった。
「これだけ教えてほしいんだけど、お前にとって、俺はどういう存在?」
「……大事な、相棒だよ」
 すれ違いざま問われた当たり前の問いに、変わらない答えを返す。西山からの返答はなかったし、あったとしても聞く余裕はない。
 重い足取りで会社に戻ると、先ほどのやり取りがまるで夢だったかのように「相棒」の仮面を被った西山がパソコンに向かっていた。
 ……そう、ある意味現実に戻れていないのは自分。少なくとも会社にいる間は普段通りの自分でいられたのに、公私混同も甚だしい。仕事に打ち込みたくとも、逃避できるほどの忙しさも今はないうえに、担当している案件を西山と受け持っているせいで余計に集中力を乱されていた。
 どうしてそんな普通にしていられるんだ。どうして自分だけがこんなにも心乱されているんだ。どこまで惨めにさせれば気が済むんだ。
 ため息を押し殺しながらメールを送信する。ここに座っていることが苦痛で仕方ない。
「おい、白石」
 妙に堅い声が聞こえて隣を見やると、珍しく焦燥の混じった表情が出迎えた。
「さっき見積のメール送っただろ? 金額、間違えてる」
 慌てて送信したメールを開き、添付した見積書と手元の資料を見比べる。
 ……最悪もいいところだ。
 初めて取引をする企業相手に、よりにもよって、注意していれば防げたはずのミスを犯してしまった。
 背中に氷を押しつけられているような心地になりながら、西山と共に上司に報告する。
「西山が気づいてくれてよかったよ。白石にしちゃ珍しいが、次からは気をつけてくれよ」
「……はい。本当に申し訳ありませんでした」
 震えそうになる声を必死に抑える。いっそ怒鳴り散らしてくれたら、悔しさの矛先を遠慮なく向けられたのに。
「白石」
 一段落ついたところで逃げるように席を外す。少しの間、一人きりになる時間が必要だった。
 それなのに、なんで彼は追いかけてくるんだ。
「……ついてくるなよ。トイレ行くんだから」
「トイレ、そっちじゃないぞ」
「わかるだろ、察せよ。五分くらいしたら戻るから」
「俺のせいなんだろ? 見ない振りはさすがにできない」
 会社じゃなかったら、多分怒鳴りつけていた。
 そうだ、全部西山が悪いんだ。心地よかった空気を一瞬でかき乱して、居心地の悪いものに変えてしまった。
「わかってるなら」
 急に腕を掴まれた。抵抗する暇もなく、トイレの個室に連れ込まれる。
「ごめん、ここしか思いつかなかった」
「そんなの関係ないだろ、なにすん」
 顎を掬われ、唇に親指を押し当てられた。
「お前の中で、俺の印象ずいぶん変わっただろ」
 意味がわからない。なぜ、いきなりそんなことを、こんなタイミングで言ってくる?
「俺も同じだよ。ますますお前のことが好きになった。絶対、手放したくない」
 ぶっ込みすぎやしないか。いっそ指を噛んでやろうか。
 西山がなぜか小さく笑った。楽しんでいるようにも呆れているようにも見える。どちらにしろ不愉快だ。
「悪い。でも、お前があんなに動揺するなんて思わなかったから。『相棒』のままのはずの俺にさ」
 まっすぐに、見下ろされる。
 見つめ返すことしか許されていないみたいに、身動きができない。
「……あのさ。もう、相棒ってだけじゃないだろ?」
 心の中に顕微鏡を埋め込まれた気分だった。隠れようとしてもすぐ発見されて、覗かれる。
 唇の表面をすす、と指が移動していく。
「言ってる意味、わかってるよな?」
 吐息が混じった声は、ただ柔らかいだけ。だからなのか、容赦なく脳内を支配していく。
 流されているだけじゃないかと思いたいのに、強引じゃないかと怒鳴りたいのに、できない。「こいつ」はいつの間に、ここにいたのだろう。いつの間に、心の奥で無視できないくらいに成長してしまっていたんだろう。
「今夜、答え聞かせてもらうから。逃がさないから、覚悟しとけ」
 契約終了を迎える明日まで逃げる、という選択肢はこの瞬間、むなしく砕け散った。

  + + + +

 有無を言わさず部屋に連れ込まれて、ソファーに座るよう命令された。隣に座る西山に手を固く握られているから、逃げ場はある意味封じられたようなものだ。
「言えよ、白石」
「……言えって、なにを」
 声以外、音は無いに等しい。それがこんなにも、鼓膜に痛い。
「なあ、いい加減にしろよ」
 無理やり手を引かれて、目線さえも捕らえられてしまう。
「もうお前の気持ちはわかってんだよ。お前だってわかってるはずだ、なのになんで言ってくれないんだよ……!」
 深く太く刻まれた眉間の皺と揺らめく瞳に心臓がきしむ。痛みを感じ始めた手より何倍も強い力をかけられているようで、吐き出す息が少し乱れる。
「……にし、やま」
 目の前の光景が信じられなかった。
 泣いている。両の頬をぎこちなく、一粒の雫が流れ落ちていくさまを、呆然と見届ける。
「く、そ。俺、こんな……ばかみたい、だ」
 ここまで弱り切った姿を見たことがない。這い上がれなくなる寸前に声を上げて休息するのが常だったはずなのに、今はその声すら出せない状態に陥っている。
 ……声を受け止める役目は、誰だった?
「……っしら、いし?」
 無意識に、自由な腕で目の前の身体を抱き留めていた。
 西山がぼろぼろな時すぐに癒やしてやりたいと誓っていた自分自身が、刃を振り回して、気づかないうちに傷を増やすだけの存在になり果てていた。
 自らの弱さが、西山にも伝染してしまった。
「やめろ……期待、させんな」
 謝罪の言葉は、身を捩る力と声の弱々しさに消えた。伝えるべきものはそもそも、別にある。
 震える息を一度吐き出す。西山はどんな反応をするだろう。もっと怒るかもしれないし、呆れて愛想をつかされるかもしれない。
 どうなろうとも、みっともない背中を見せ続けるのはいい加減終わりにしないといけない。
「……こわい、んだよ」
 あの時言葉にできなかった、臆病な部分を晒す。
「おれは、お前が本当に大事なんだ。お前と一緒にいる時の空気とか、いろいろ、本当に大事なんだよ。それが……恋人になって、変わるのが、怖い」
 出会ってから一緒に過ごしてきた時間は一番に相応しい宝物で、これからも形を変えず、宝箱にしまい続けていきたい。それが恋人になったことであらぬ変化が起きて、もし、すべてを失う未来に辿り着いてしまったら?
 タイムスリップしてやり直したくなるほど後悔するのは目に見えている。可能性はゼロではない。
「おれは、お前を失いたくないから……隣に、いてほしいから……。ごめん、子どもみたいだよな」
「そんなこと、ない」
 耳に届いた声には、いくらか気力が戻っていた。
「早く言ってくれよ、って思ったけど、言えないなって。その気持ちわかるから、余計に」
 背中に添えられた両手がゆっくりと上下する。
「俺も同じだったよ。お前を好きになった時は、苦しくて、怖かった。こんなのお前に言えるわけないから……ずっと、ぐるぐるしてた」
 確かに、一言で表すなら「不安定」だった時期があった。仕事中すら心ここにあらず、といった瞬間を何度か迎えているほどで、たまらず原因を話すよう訴えても、うまくはぐらかされてしまうばかりだった。
「でも、頭の中でいくら考えても無駄だったんだよ。お前が好きでたまらなくて……我慢なんて、できなかった」
 それが、多分、告白だったのだろう。
「……あのさ。恋人として過ごしてきて、お前が言うような変化、あったか?」
 よく思い出すのは笑顔。契約なんてなかったかのような雰囲気。
「俺は変わったって思ってない。本物の恋人になっても、お前は最高の相棒だよ。そこは絶対揺るがない」
 涙を流して、力なく座り込んでいた男はもういなかった。
「俺たちは、これからも変わらない。そこに恋人っていう肩書が増えるだけなんだよ」
 一ヶ月の恋人関係を提案された時は、とても信じられなかった言葉。
 でも、今はわかる。今まで築いてきた関係が足元からひっくり返るような変化はない。ほんの少しの変化は、悪い方の変化じゃない。
「……今日はお互い、泣き虫か」
 目元に柔らかい感触が触れる。じんわりと熱が広がっていく。

「俺は、白石が好きだ。どうしようもなく、好きだ」

 もう、心配することは何もない。ないんだ。
「……すき、だよ。おれも、お前のこと、好きだ」
 自分の意思で高く築き上げていた壁が音を立てて崩れていく。
 急激に流れ込んでくるのは西山への想い。恋情だけでなく、友情や仲間意識、さまざまな形を成している。
 背中に回した腕に力が込められていく。今まで普通だったのが不思議なほど、この男を求めてやまない。愛おしく思う気持ちに押しつぶされてしまいそう。
「しらいし、苦し……っ」
「どうしよう……おれ、お前のことすげー好きすぎて、苦しいよ……」
 西山のことを散々振り回した罰が下ったのかもしれない。
 言葉で伝えるだけでは、こうして抱きしめ合っているだけでは、満たされない。腹の奥で熱の塊がぐるぐる渦を巻いている。
「お前、なんて顔してんだよ……」
 向かい合った先の西山は苦笑するように口元を歪めた。頬を撫でる手つきはとても優しいのに、どこか焦れったい。
 自然と、身体が動いていた。
「……っし、ら……!」
 かちりと固い音が鳴って、前歯に一瞬痛みが走る。恥ずかしさがもたげかけるも、求める感情にあっさり上書きされた。
「ふ、ぅ……ん……っ」
 口端から唾液が溢れるほどに舌を絡ませて、背中を寒気に似た感触が走り抜けても興奮は収まるどころか、さらに加速していく。
 もっと抱きしめて。
 もっとキスをして。
 もっと、触って。
 離れていく唇を追いかけて、西山の指に止められる。
「……お前のこと、抱きたい」
 静かな口調とは真逆の瞳がふたつ、隠す気のない欲の縄でがんじがらめに縛り付けている。身動きひとつ許さないと言外に警告している。
 ためらいなく、全身を西山に押し付けた。愛欲の最も集まる箇所が太股を擦り、覚えのある硬度にむしろ煽られる。
「おれも……お前が、ほしい」
 早く、満たして。

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(画像省略)『白石、ドライブ行くぞ』 休日の朝、セットしていないはずの目覚まし音…

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

第3話

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『白石、ドライブ行くぞ』
 休日の朝、セットしていないはずの目覚まし音の正体は、西山からのメッセージだった。時間を確認すると九時を回ったばかりで、いつもならまだ布団の世話になっている。
『今日は天気いいから絶好のドライブ日和だ! 絶対後悔しないから行こうぜ』
 働かない頭を持て余していると遠慮ない追撃が来た。さすがに機嫌の降下は隠せず、包み隠さず返信にぶつける。
『なんだよ急に……おれ、寝てたんだけど。まだ寝てたいんだけど』
『ごめんごめん。車の中で寝てていいから』
『行くの確定なのかよ』
 正直気が引ける。車という密閉空間に長時間いるとなると、確実になにかしらされそうだ。
『悪いけど、今日は用事があるんだよ』
『嘘だね』
 あまりにも自信たっぷりに断言されて、二の句が継げなくなる。
『反論してこないってことはそういうことだ。お前は嘘が下手だからな』
 見事に見抜かれてしまった。四年分の付き合いはお互い、伊達じゃない。
 結局、西山にうまく丸め込まれる結果となってしまった。


 考えてみれば、西山の車でどこかに出かけるのは初めてだった。免許を持っているのは知っていたが、遊びに行く時は必ず公共交通機関を利用していたから、なんとなく他人を乗せるのは嫌なのだと思っていた。
「実は、誰かを乗せるって初めてなんだよね」
 敢えて選んだ、盛り上がりっぱなしの音楽がちょうど途切れたタイミングで西山がつぶやいた。
「……ああ、だからちょっと緊張してたんだ」
「あ、気づいてた? カッコ悪いな俺」
 恋人らしい雰囲気やイベントは、その緊張感のせいかはわからないが今のところ一切起きていない。昼食はドライブコースの途中によくあるような店だったし、観光地に立ち寄ることも実はしていない。昼以外、ずっと車の中にいる。
「退屈じゃない? ずっと車走らせてるだけで」
 苦笑する西山に、素直に首を振る。
「景色がきれいだから、見てるだけでも結構楽しいよ」
 海沿いのこの道は、多分ドライブコースとして有名なのだろう。車の数が結構多いし、自転車も何台か走っている。
「そっか、よかった。もうすぐ目的地に着くから、もうちょい我慢してくれな」
 その言葉通り、流れていた曲がちょうど終わったところで車が停止した。
「観光地って感じはしないな?」
 駐車スペースは確かにあるが、周りは観光用の建物はもちろん、店もない。ただ前方に砂浜と海が広がっているだけだ。
「雰囲気はいいだろ?」
 してやったり、と言いたげな西山を軽く睨みつける。
「……確かに、いいムードは作れそうだな。もうすぐ夕方だし、ドラマとかでよくあるシチュエーションだよ」
「んな渋い顔すんなって。半分冗談だから」
「半分なのかよ」
 一ヶ月限定の恋人関係だと頭ではわかっていても、つい消極的な態度になってしまう。わがまま以外の何物でもないのだが、西山は小さく笑うだけだった。
「俺、たまに一人でこういうところまで行きたくなるんだよ。そんで、ただぼーっとするの」
「好きなんだ?」
「そうかも。免許取る前もやってたから」
「一人でぼーっと」するのが好きなのに自分を連れてきたのは……。
 いや、やめよう。自ら穴を掘り進めてどうする。
「意外。お前って賑やかなところが好きなんだと思ってた。遊びに行く時もそういうとこが多かったし」
「よく言われるよ。別に嫌いじゃないけど、そういうのばっかも疲れるだろ?」
 西山をいろんな角度から結構見てきたと思っていたが、また新しい一面が露わになった。この関係になってから断続的に発生している。そのたびに胸の辺りが変にむず痒くなるのだ。
 自然を装って前に向き直り、目を細める。綿菓子のような雲の裏からほんのり熱い光を届けてくれる太陽に内心頭を下げた。
「でも、他の人からすると退屈だと思うよ。お前もそうだろ?」
「いや、そんなことはないっていうか」
「というか?」
「……こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、基本、どこでもいいんだ。おれは」
「考えるのめんどいってことか」
「違う違う。もちろん、行きたいとこがあったらちゃんと言うよ。そうじゃなくて、どこでも全力で楽しめるんだよ」
「へえ? 結構珍しいじゃん」
「なのかなぁ。知らない世界を知れるのが楽しいんだよね。前に付き合ってた彼女には本当に私とデートしたいの? って呆れられちゃったけど」
 西山はふうん、と相槌を打ったまま喋らなくなった。変な居心地の悪さは感じず、手摺りに両腕を乗せて薄いオレンジに染まり始めた海を眺める。
 鼓膜を穏やかな風が優しく震わせる。目を閉じると、海辺のコテージで寝そべる自分の姿が浮かんだ。時折、風に乗って聞こえる歓声や背後を走る車の音に現実へ引き戻されるが、寝落ち防止と思うことにした。それほど頭がふわふわして心地がいい。
「楽しいっていうの、嘘じゃないみたいだな」
 いつの間にか見つめられていたらしい。身体がわずかに硬直する。
「俺も楽しい」
 唇が綺麗な三日月を描いている。薄い茶の髪がふわふわと風に遊ばれて、それでも格好いいやつは絵になるらしい。
「白石が一緒だからすごく楽しいし、幸せだ」
 顔の陰影が濃くなったな、なんてことをぼんやり考えていたら、唇に熱が降ってきた。ああ、またキスをされたと理解した時にはその場所に風を感じていて、西山が微笑を浮かべていた。
「普通に受け入れてくれるんだ?」
「あんな一瞬じゃ何もできないだろ」
「先週遊んだ時もキスさせてくれた。今だって、逃げられるだろ」
 今度は生ぬるい風が当たる。どうして身体が動かない? 都会より少ないだけでゼロじゃないのに。
「……おれ達は、今は、恋人同士だから」
 反論の声はまるで力がなかった。激しく暴れているのは心臓だけだ。
 理性の塊は、全身を緩く包んでいるこの空気を振りほどけと警告している。それ以外はいっそ任せてしまえと、余分な力を吸い取ろうとしている。
「じゃあ、もう一回してもいいよな?」
 選択の余地はなかった。腰に腕が回っているから、そもそも逃げ場がないから。
 小さく音を立てて触れ、離れてはまた触れる。角度を変えながら深くなる寸前で上唇をそっとはさみ、離れる。強引さの全くない、まるで慈しむようなキスが与えられた。

 本当に西山は、おれのことを好きなんだ。
 本当に、恋人になりたいんだ。こういうことをずっと、おれとしたいって思ってるんだ。
 おれは違う。違うはずだ。
「好きだ、白石……」
 そのはず、なのに。
 心臓が壊れそうにうるさいのはなぜ。全身がはっきりと熱いのはなぜ。頬を撫でる西山の手に擦りついてしまったのは、気持ちよさに目を閉じてしまったのは、

「……そろそろ、帰ろう」
 不自然にならないように手を外して、背中を向けた。
 帰りの車内でいつも通りを演じる自分に付き合う西山がいじらしく見えて、そんな自分が人生で一番嫌いになった。
 足を引きずるような心地で帰宅してから、膝を抱え込む。
 ――期限まで、あと何日あるんだろう。
 放り投げたままの鞄の中から手探りでスマホを取り出す。
 あと、一週間。

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(画像省略) 西山と一緒にいる間、密かに混乱している。 具体的には、西山という男…

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

第2話

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 西山と一緒にいる間、密かに混乱している。
 具体的には、西山という男がわからなくなっている。
「今日はさ、この店で食おうかと思うんだけどどう?」
 スマホに表示されている口コミページの店名を見てすぐにピンと来た。
「ここ、おれが前に気にしてた……」
「そう。ネットで調べてみたら、隠れた名店って感じらしいぞ。地元の人は大体知ってるらしい」
「じゃあ、予約しないときついんじゃないか?」
「ばーか。この俺がしてないわけないだろ?」
「……さっすが」
 茶化しながらも、内心は変にどきどきして仕方がない。
「一ヶ月、試しに恋人として付き合う」約束を交わしてから、見たことのない西山が顔を出すようになった。
 恋人相手だからと言われればそれまでだが、例えば今のように優しい面が目立つようになった。元々そういう性格ではあるものの、頻度が高い。
 おまけに、やたらスマートだ。つい自分と比べて落ち込みたくなるくらい、まるで女性側の立場に置かれたかのような錯覚に陥る。押しつけがましくない雰囲気を醸し出すのが原因とわかっているのに、当たり前に享受してしまう。
 会社にいる時は相棒関係のままなのに、一歩外を出たらさりげなく変わる。
 ……正直、やたらベタベタしてきたり、甘い言葉でも囁きまくったりするのかと思っていた。西山からすれば勝負の一ヶ月、何が何でも自分に惚れさせたいはずなのだ。
「お、着いたぞ」
 おしゃれ過ぎないカフェのような外観だった。木製の引戸と入口近くにある手書きの看板がいいレトロ感を醸し出している。深緑の外壁に沿って並べられた椅子に、一組のカップルと男性の二人組が腰掛けていた。
「やっぱ予約しといてよかったな」
「うん。ほんとありがとな」
 こちらを得意げに振り返る西山に、少しだけほっとした。

  + + + +

 店を後にして、身も心もほくほくしながら駅までの道を歩く。頬を撫でる夜風がとても心地いい。
「すっげーうまかったな。値段も手頃で財布に優しいし」
「ほんとほんと。あのハンバーグ! 写真で見てうまそうって思ってたけどその通りすぎてたまらなかった~」
「お前のリアクション見てて、別のやつ注文したのちょっと後悔したわ……」
「まあまあ、また来ればいいじゃん。おれもまた来たいし!」
 普段のノリで答えたつもりだった。実際、そんな雰囲気だった。
「……本当に?」
 自然と距離を詰められる。
 ひゅっと、短く喉が鳴った。
 触れ合った手を軽く握り込まれる。大切なものを扱うような、強引さのない力加減。
 思わず見上げた先に、相棒でない西山がいた。
「にし、やま」
「俺が誘ったら、また来てくれるのか?」
 込められた意味は明らかだった。
 来たい気持ちだけは嘘じゃない。でも、意味は違っている。
 一度、乾いた喉を動かした。
「……行くよ」
 目線を下ろして、呟く。
 力加減が変化した。ぬくもりがさらに強まる。
「っな、なに?」
 右耳にかすかな吐息を感じた。
「よかった。俺も、同じ気持ちだったんだ」
『西山くんって結構いい声してるよねー』
『あんたもそう思ってた? こう、普段話してる時はそうでもないんだけど、特にプレゼンの時とかいいよねー!』
 この間偶然聞いた噂話を思い出してしまった。
 低すぎない、通りのいい声だ。こんな時でなければ落ち着くような……。
 ――何を分析しようとしてるんだ!
「も、離れろよ……!」
 身を捩って懇願しても聞き入れる気がないのか、ぬくもりが消えてくれない。
「何でそんなに緊張してんだよ。お前にとって、俺は相棒なんだろ?」
「場所考えろって言ってんだよ……!」
 いきなりずるい。油断した。抵抗らしい抵抗もできないままいいように翻弄されている。
 ようやく、言うことを聞いてくれた。左右の体温が違いすぎて、うまく歩けているかわからない。
「びくびくしちゃって、小動物みたいで可愛いの」
 必死に睨みつけてやったのに、当人は涼しい顔で笑うだけ。思い込みでなければ、どこか上機嫌にも見える。

 悔しい。完全に主導権を取られている。
 おれもおれだ、何であんな、過剰に反応してしまったのか。
 不意打ちのせい、場所をわきまえなかったせいと懸命に言い聞かせた。
 こんなのは気の迷いだ。いきなり迫られたから混乱しているだけなんだ。

 そう思っていたのに、あれからさらに変なところばかりが目についてしまう。どれもわかりやすすぎるからどうしようもない。
 少し例を挙げれば、ちょっといいなと思った芸能人を褒めるとどこか面白くない顔をしたり、会社の人間と談話している姿を見られたら「楽しそうだったじゃないか?」とストレートに探りを入れてきたり、話をしたいからとメッセージではなくわざわざ電話を入れてきて、回数も明らかに多かったり。
 まるで周りからじわじわ攻められているようだし、実際そのつもりなのかもしれない。
 わかっていながら、避けきれていない自分がいる。


「そういや、最近よく一緒にいるよな。お前と西山」
 久しぶりに同じ部署の先輩二人と昼食に出かけて安息を得ていたのもつかの間だった。あさっての方向からストレートを食らった気分になりながらも、何とか口の中の物を飲み込む。
「そうですか? 特に変わらないと思いますけど」
「そうかー? んー、そうなのかな……」
「いやいや、お前と昼久しぶりに食うぞ俺。西山いると先超されてばっかよ」
 件の人物は朝から外回りに出ている。急遽予定を入れられてしまったらしく、昨夜軽く愚痴られた。
「仲いいのは知ってるけど、ここんとこさらにって感じじゃん?」
 期間限定の恋人同士だからでしょうか、とはもちろん言えない。
「まあ、白石の同期はあいつしかいないもんな。相棒みたいなもんだろ?」
「そう、ですね。あいつがいると頼もしいですし」
 素直な気持ちがこぼれて、はっとする。無理に関係が変わっている今でも、彼への尊敬やライバル心は変わることなく存在しているらしい。
「俺からしたら羨ましいよ、お前らの関係。なんか、何があっても不動って感じ」
「わかるわかる。だからペアで仕事回ってくるんだろうし」
 ありがたいです、と心持ち小さくなってしまった声で呟くのが精一杯だった。
 微妙な味になってしまった昼食を終えて会社に戻る途中、ズボンのポケットから短い振動が来た。
『今会社に着いたんだけど、もう昼って食った?』
 半ば予想通りの内容が画面を占領している。
『終わって会社に戻るとこだよ』
『マジかー。もう少し早く戻れれば一緒に食えたのに』
 悔しそうな声が脳内で再生できてしまう。別に一日くらい、と呆れる気持ちは確かにあるのに、口元が緩みそうになるのはなんでだろう。
「おー、西山お疲れ。これからメシか?」
 エントランスをくぐったところで、リアルタイムで会話している男と鉢合わせになった。
「お疲れ様です。はい、一人寂しく食ってきますよ」
 西山がちらりと視線を送ってきた。別に悪いことをしているわけではないのに変に後ろめたい。
「今日はお前がいなかったから久々に白石誘えたよ~。全く、たまには譲れよなー?」
 西山の肩に手を置いて、先輩はわざと芝居がかった言い方をする。とりあえずものすごく恥ずかしい。
「ダメですよ~」
 隣に並んだ西山に、軽く抱き寄せられた。
「大切な同期同士、いろいろ話すことがあるんですから」
「はいはい、お熱いこって」
 肩に置かれた手に、わずかに力が込められる。
 冗談ではないと知っているからこそ、乾いた笑いをこぼすしかなかった。

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(画像省略) 移動に一時間はかかるとは言え、家の最寄り駅が電車一本で済むところで…

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

ただずっと、隣で笑い合っていたいから、

第1話

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 移動に一時間はかかるとは言え、家の最寄り駅が電車一本で済むところでよかったと今は心から思う。

 ――今すぐ会いたいんだけど。

 数分逡巡した後、家を飛び出した。終電を迎える一本前の各駅電車に揺られながら、頭に浮かぶのは連絡をよこした彼のことばかり。
 今勤めている会社で、たった二人の新入社員として出会ってすぐ仲良くなった。足りなかったピースがようやく嵌まったような、不思議な感覚を覚えた。
『あのさ、変かもしれないけど……初めて会った気がしないんだよね』
『なんだそれ。って言いたいとこだけど、俺もなんだわ』
 思いきって告白してみたら彼も同じ感想を持ってくれていたようで、胸の中がくすぐったくなったものだ。
 趣味はあまり被らない。性格は周りから言わせれば「正反対」らしい。
 それでも二人でいる時間は日だまりのように心地いいし、無駄に気張らなくてもいい。だらだらと喋るのも、仕事について真面目に意見を交わし、時に言い合いになっても、ただ互いの時間を隣で過ごすのも、彼となら楽しい。
 親友、とは違う気がする。そう呼べる友が他に何人かいるが、同じカテゴリーに収められるような人間じゃない。
 多分、近い単語は、相棒。かけがえのないパートナー。
 少なくとも、自分はそう思っている。
 最寄り駅が近づくにつれて、忘れていた緊張が湧き上がってきた。全くまとまらない宿題を前にして途方に暮れた気分にさえなる。
 数日前にあったあの出来事を忘れたわけではない。
 でも、彼から「会いたい」とこぼすときは、いつだって見逃してはならないサインだった。
 一層強い音を立てて開かれた扉を数秒見つめてから、のろのろとくぐる。
 つい時刻表を見つめて、頭を軽く振った。


「本当に、来たんだ」
 玄関のドアを開けて開口一番、ひどい物言いだった。
「そりゃ来るよ。だって、西山(にしやま)が会いたいって言うんだから」
「……そうだな」
 西山は小さく笑ったが、どこか苦しそうに見えた。
 初めて感じる息苦しさだった。ちょっとしたことで、ボタンは簡単に掛け違えてしまう。
「上がるだろ?」
 一拍置いてから促してくる西山をただ見つめてしまう。本当にこのまま、玄関をまたいでもいいんだろうか。いや、ここで悩むくらいならそもそも来なければいい。
「……おじゃまします」
「そこで素直に従っちゃうのが、白石(しらいし)なんだよなぁ」
 ドアを閉めた瞬間だった。
 顔を上げた先に、恐ろしく真顔な西山がいた。少しでも触れたら怪我を負いそうな鋭さを秘めて、ひたすらに見つめられる。
 逃げることは叶わなかった。両側に彼の腕が伸びている。背中は無機質で頑丈な壁だ。
「どうして来た?」
「だって、お前がああいうこと言うときは」
「確かにそうだな。でも今は状況が違うだろ」
 呼吸はいつも通りできているだろうか。何度も喉を鳴らしてしまう。
「俺がこないだ言ったこと、忘れてないよな?」

 ――俺、白石が好きだ。どうしようもなく、好きなんだ。

 金曜日の夜は、大抵終電ぎりぎりまで飲み食いしていたりする。
 だがその日は飲み会もそこそこに、周辺を散歩しようなんて言い出した。
 朝からどこか様子が変だと気づいていたから、その珍しい提案にも乗ったし、本題ではない話にもいつも通りを努めて付き合った。
 そのラストに待っていたのがそんな告白だとは、思うすべも、ない。
 終電近い駅のホームで、互いの座るベンチだけ世界と切り離されたようだった。背中をすっかり丸めた西山は、西山じゃない他人に見えた。
 結局まともに返答できないまま、お互い終電に乗り込んだところまでは覚えている。次に視界を埋めていたのは、薄暗い自宅だった。

 それから、互いの空気は混ざらないまま。
 仕事中は、名前を貸している他人が自分を完璧に演じているよう。
 出会って四年、初めての体験だった。

 西山の顔がわずかに近づく。たまらず横を向くと、短いため息が頬をくすぐった。
「お前が来たのはどうせ、友達の俺が苦しんでると思ったからだろ?」
 友達、の部分をわざと強調してくる。
「なんもわかってないよ。俺が……どんな気持ちで、告白したと思ってんだよ」
 語尾が震えていた。まさか、泣いている? それとも、怒りのせい?
 ゆるゆると視線を元に戻すと、普段は分厚いフィルターに包まれて見えない西山の弱い部分がむき出しになっていた。毎年ほんの数回現れる、目にしたらきっと誰もが手を伸ばさずにはいられない。
「……さわるなよ」
 拒否しながらも、背中を撫でる手を振り払いはしない。
「ごめん。でも、やっぱりほっとけない」
「友達として、だろ。俺とは違うくせに」
「なら、おれじゃなくて別のやつに連絡すればよかっただろ」
 八つ当たりだとわかっていながら、つい憎まれ口をたたいてしまった。
 一瞬目を見開いた西山が、かくりとうなだれる。
「……できるわけ、ないだろ」
 ドアに固定されていた両腕が、縋るように両肩に置かれた。
「お前だけなんだよ。こんなみっともない俺、見せられんの……白石しか、いない」
 胸の中をぐるぐると駆け巡るこれは、なに?
 自分だけ。弱い西山を見られるのは、触れられるのは、自分だけ。
 嬉しい? それだけじゃない。この充足感の中には多分、他の感情も含まれている。でも、何が。
「なんだよ、その顔」
 下から見つめてくる西山に小さく首を傾げる。
「もしかして、嬉しかった?」
 反射的に顔全部を覆って後悔する。これじゃあ、答えているのと同じだ。
 引き剥がそうとする手を、首を振って払う。羞恥が募りすぎて、絶対みっともない顔になっている。
「……ねえ。俺、期待するよ?」
 驚きで、変な悲鳴が漏れそうになった。
「そんな反応されたら、期待するなっていうほうが、無理」
 聞いたことのない声が、耳に注がれている。小さな震えを含んだ、吐息に近いかすれた低めの声。
 駄目だ。押し切られる。西山とそういう関係になるのを望んでいるわけじゃないのに。
「っおれ! おれは……お前のこと、相棒みたいなやつだって、思ってる!」
 空気が固まった。気配は変わらず、すぐそばにある。
「だからなんでも相談できるし、弱いとこだって見せられる」
 勢いのままに吐き出すしかない。思いをわかってもらいたい。
「ねえ、俺お前が本当に好きだよ。誰よりも大事だよ。お前の隣にずっと立っていたいよ。それだけじゃ」
「駄目だね。少なくとも俺は、足りない」
 今度こそ、壁を壊された。
 ぎらぎらと輝く双眸に縛られる。まるで獲物の気分だ。
「何度もそうあろうとしたさ。お前は唯一無二の大事な相棒だ、それだけだって。でも無理だった。無理だったんだよ……!」
 唇に、そっとなにかが触れた。あまりに一瞬過ぎて、混乱する暇さえない。
「相棒だけじゃ足りない。恋人の席も、俺のものにしたい。俺以外の奴とキスしたり、セックスしたりする姿なんて想像したくない」
 牙をむいた独占欲にくらくらする。さっきの告白では全然太刀打ちできない。
 このまま飲み込まれるしかないのか? それでお互い納得できるのか?
「お、れ……お前とそういうことするの、一回も想像したこと、ない……」
 なけなしの抵抗のつもりだった。味方だと信じていた人がいきなり喉元に食らい付いてきたらどう対処すればいい?
「なら、今すぐここから逃げてくれ」
 呆然と、訊き返す。
 予想外の言葉に混乱している間に、西山が距離を作る。拘束しているものもすべてなくなった。
「俺はもう、戻れない。お前を今すぐ俺のものにしたくてたまらない。でも、ここで逃げてくれたら、多分諦められるから」
 軽く口端を持ち上げて、怖いくらいに優しい視線を向けてくる。
 身体の自由が効くという事実が少しずつ浸透していく。向きを変えようとして、足が細かく震えていることに気づいた。たっぷり時間をかけてドアノブを半分まで回したところで、顔だけ振り返る。
「……逃げたら、おれとお前は……」
 元の関係に戻れるのか?
 毎日、また切磋琢磨しながら笑い合えるのか?
 おれの望む日々が、戻ってくるのか……?
「……ああ」
 一層深くなった笑みで、確信した。
 戻るわけなどない。修復なんて不可能に決まっている。完全に壊れるのを覚悟した上で、西山は想いを吐露したのだ。もしかしたら結果さえわかっていたのかもしれない。
 なら、どうなる? 壊れたら、西山はどうなる? 仮に自分が西山の立場なら、どうする?
 ――足元から冷たいものが這い上がる。呼吸さえ奪われてしまったように、喉の奥が詰まった。
 いやだ。西山を失いたくない。相棒という関係を失う以上に、西山がいなくなることが耐えられない。
「……っ、どういう、つもりだよ……!」
 全身を軽い衝撃が走った直後、明らかな怒気を含んだ声が下から突き刺さる。
 勢い余って西山を下敷きにしてしまったらしい。慌てて退くが、本人は動こうとしない。
「本当に、どういうつもりなんだよ……また、無駄に期待させるのか」
 残酷なヤツ。
 胸を抉られる。わざわざ作ってくれた逃げ道を自ら封じてしまった人間に、これほど相応しい言葉はない。
「こわ、いんだ」
 想像でしかなくとも、現実になったら二度と取り戻せない。
 そして外れる予感は全くなかった。彼はそういう選択をためらいなく実行する男だ。
「お前を失いたくないんだよ……エゴだってわかってる、でも……!」
「わかってるなら押しつけんじゃねえよ!」
 胸ぐらを思いきり掴み上げられた。
「俺は戻れないって言っただろ……恋人じゃなきゃだめなんだよ! お前の望みは叶えてやれないんだよ!」
 誰よりも大事に想っているのに、目指す方向が違うだけで姿も見えないほど離れてしまう。
 どちらかが歩み寄るしかない。なら、誰が?
「……なら、試してみてよ」
 頭の芯に冷水をかけられたように、無駄な熱が引いていく。
 本当に、最低な提案をしようとしている。西山の気持ちを利用しているに過ぎない。
「西山は、おれにとって誰よりも大事な人だよ。それは相棒だからだって思ってるけど、自覚してないだけかもしれない」
 二つの瞳がはっきりと揺れていた。期待と恐怖に板挟みにされているようにも映る。
「おれに、キスして。西山」
 掴んだままの西山の手に自らのを添えて、告げる。
「気持ち悪いって少しでも思ったら、今度こそ逃げるよ。約束する。西山がどんな選択をしても、もう止めない」
 嘘をついている。この場は諦めても、その後取り戻そうと足掻くだろう。彼と違って、自分は悪あがきしてしまうから。
「……そう、思わなかったら?」
 同じ気持ちなのか? わからない。西山を失いたくない一心で動いているから。
 うまく返答できないまま、噛みつくように西山の唇が覆い被さった。
 角度を変えながら深さを増していき、ついには舌も差し込まれた。逃げ場もなく戸惑う自らのそれを、水音が聞こえるまで絡ませ合う。
「……っふ、う……ん、ぁ……!」
「……しらいし……しらいし……っ」
 背中がびくびくと震えて止まらない。口の端からこぼれる唾液を拭う気力さえない。
 四年分の想いをすべて注がれている気分に陥って、眩暈がしそうだ。
(……おれ、どうしよう。こんなに激しいのされてる、のに……)
 自棄になっているから? 悪あがきをしているから?
 考えがまとまらない。引いた熱がまたぶり返して、飲み込まれそうになる。
 だめだ。このまま続けられたら……怖い。
「……も……や、め……!」
 ゆっくり離れていく唇の間から透明な筋が見えて、たまらず瞼を下ろした。四肢が自分のものでなくなったように動かず、西山の抱擁もただ受け入れるしかできない。
「気持ち悪くなかったんだろ?」
 隠せない期待が溢れていた。
「俺の自惚れじゃなかったら、お前、気持ちよくなってた」
 違うと叫びかけて、堪える。逃げなかった上に喘ぎに似た声まで漏らしておいて、説得力なんてあるわけがない。
「なあ……好きなんだろ? お前も。俺と同じなんだろ?」
 頭を撫でる手つきがただ優しい。優しすぎて、年甲斐もなく泣きそうになる。

 なあ、おれ、やっぱりお前と恋人同士になるのが想像できないよ。
 だって……恋人になったら、絶対変わってしまう。
 今まで大事にしてきた関係が壊れて、全く違うかたちになりそうで、お前は否定するかもしれないけど、怖いんだ。
 おれにとっては宝物なんだ。お前も、唯一のこの関係も、空気感も、何もかも。
 臆病だと思うよ。でも、捨てる自信がない。捨てて、新しい関係を手にする勇気がない。

 拳をただ握りしめる。
 今、自分は一番の卑怯者だ。西山を無駄に期待させて、胸の内をどう吐き出せばいいのか迷ってばかりいる。
 やっぱり、逃げておけばよかった。そうすれば、少なくとも西山の傷はまだ浅かったかもしれない。

「……なあ。試しに一ヶ月、恋人として付き合ってみないか?」

 思いもよらない提案だった。
「一ヶ月付き合ってやっぱり無理だったら……お前の望み通りにする。今まで通り、相棒でいる」
 期間限定とは言え、一ヶ月は短いようで長い。
「でも、そうじゃなかったら……俺の恋人になってくれ」
 こちらに向き直った西山の瞳がひどく揺れている。その可能性に必死に齧り付いているようで、わずかに視線を逸らした。
「……いやだって、言ったら?」
「……お前のそばには、いられない」
 承諾するしか道はなかった。脅されているようなものだが、一ヶ月を耐えれば西山を失わないで済む。
 顔は見られないまま、首を縦に振った。
「白石が嫌がることはもちろんしないから、安心してくれ。デートと、できればキスまでしたいけど……わがままは言わねえよ」
 消え入りそうな声だった。当たり前だ、明らかに分が悪いのは西山なのだ。西山こそ逃げたいはずなのに、それを殺して譲歩してくれた。
「西山は……ほんと、優しいね。普通なら殴られたって、文句言えないよ」
 状況を忘れて、ついこぼしてしまう。
 出会ってからずっと、際限のない優しさに何度も甘えてしまっている。同じくらい頼ってもらいたいという目標は未だ叶いそうにない。
「……そんなんじゃない。卑怯で、臆病なんだよ。ずっとな」
 もっとそうなのは、一体どっちなんだろうね。
 喉の奥が震えて、ただ首を振るしかできなかった。

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