
朝も夜も、アルバイト先で「最近変わったな」と口々に言われるようになった。異性の同期いわく、表情が柔和になったらしい。恋をしていると図星まで指されてしまった。
たったふたつ違うのは、バイトが休みの時は、買い物以外の用事でも誘ってくれるようになったこと。デートかと一度は浮かれたが、なけなしの明るさを寄せ集め、表面に乱雑に貼り付けただけのような笑顔を向けてくるたびに締め付けられる思いだった。
何かを吹っ切りたい。あるいは忘れたい。
それは明らかに、未だベールに包まれたままの過去だろう。
物言いたげな視線を投げてくることが増えたのも、吐き出したいという心の訴え「なのかもしれない」。
しょせんは想像に過ぎない。
自分の役目は、朔自ら強く望み、動いた瞬間に手を差し伸べてどんなものも受け止める体勢を取るだけ。
「過去はどうでもいいから隣りにいてほしい」という願いは、変わらないかたちで脳裏に刻まれている。
* * * *
「どうして、何も訊かないんだ?」
あの日のように、分担して夕飯の準備を進めていた時だった。
お玉をぐるぐると動かす自分を黙って見つめていたかと思えば、互いの間で漂っていた言葉をぶつけてきた。
「……何をっすか?」
敢えてとぼけてみせる。訊かれたくないから、ではもちろんない。
「俺の過去だよ」
コンロの火を消して、鍋に蓋をかぶせた。
「無理に聞きたくないって、思ってるだけです」
朔としては意外だったのだろうか。目を軽く見開いている。
「……気にならないって言ったら嘘になりますけど。でも、朔さんがいやなら無理に聞かない。朔さんが、ただここにいてくれれば、それでいい」
はっきりと、朔の顔に朱が走った。
この人は、口ではあれこれ言いつつも素直な反応をしてくれる。それが本当に可愛くて、手を伸ばさずにはいられなくなる。抱き寄せて、唇に触れて、そのまま布団になだれ込んで……。
……最近、誓いはちゃんと守れているのに詳細な妄想を浮かべることが増えてきてしまった。口では立派なことを言っていてもしょせんは男なのだと、少し落ち込む。
「そんなに、俺に入れ込んじゃって。さ」
視線を逸らした朔は、歪んだ笑顔を浮かべていた。苦いと感じているのか、それ以外の感情か。
「俺が、もし人を殺したことがあるって言ったらどうする?」
完全にこちらを振り向いた朔は、悪役を演じようとして失敗した顔をしていた。眉間に深い皺が刻まれていることに、きっと気づいていない。
「あなたは、そういうことができる人じゃないです」
だから、きっぱりと否定してやった。
「たった二ヶ月程度一緒にいただけで、そうやって言い切れるんだ?」
「人を殺してるなら、うなされて縋ってくる真似なんてしない」
信じられない。朔の目はそう告げていた。
少し迷ったあとに、包み込むように抱き寄せる。耳に刺さる抗議を無視して、露わになっている首筋に唇を当てた。
「な、にして……!」
「何があっても、あなたを信じるという証です」
首筋を押さえて全く迫力のない目で睨みつけてくる朔に、平静を装いながら返す。
「何を言われても、あなたを嫌いにはならない。あなたを、信じます」
あなたが好きだから。
中身はきっと繊細なあなたを、これからも守っていきたい。
今にもこぼれ落ちてしまいそうなほどに、朔の目が見開かれた。
「……メシの準備、再開しましょうか」
わかりやすい狼狽を続ける姿にまた可愛さを覚えて、苦笑で隠しながら台所に向き直った。