星空と虹の橋

【第4話】夜の太陽はさかさまで輝く

 だが、その日の夜にまさかの反撃を受けた。
「一緒に、寝てもいい?」
 いつもは人半分ほどの隙間を作って布団を並べているのだが、朔は当然のようにこちらへとやってきた。枕もしっかり握られている。
「なに、その顔?」
 驚く以外に何ができよう。確かに一緒の布団で眠る妄想もしたことがある。あるが突然目の前に降って湧かれても、舞い上がるというより戸惑うらしい。
「いっ、いえ。ちょっと、妄想が形になったのにびっくりして」
 うっかり本音を漏らしてしまったが、朔は苦笑しただけで半ば強引に隣へ滑り込んできた。
「……真面目な人ほど実はむっつりって言うけど、本当なんだ」
 想い人のぬくもりが、すぐ近くにある。吐息までもが聞こえる距離は、想像以上の緊張を生み出すらしい。そういえば、好きな人とこんなことをするのは初めてだ。
「……さっき、ありがとう」
 身体の向きをどうするか真剣に悩んでいたところに、静かな声が薄闇に溶けた。
「普通なら信じられるかって思うのに、守田もりたくんのは不思議と信じられたんだ」
 気持ちが、伝わっていた。「信じてもらえた」だけでも心は踊り出す勢いで、単純と呆れつつも堪えられない。
「そうだ、谷川とも知り合いになってたんだね。さっき、久しぶりにスマホの電源入れて連絡したら、いろいろ教えてくれたよ」
 谷川とコンタクトを取っていたことを、敢えて朔には伝えていなかった。いずれは事情が伝わるだろうから――というのは単なる建前で、勝手に秘められた過去に触れようとしていた罪悪感から逃れたかっただけなのかもしれない。
「言ったんですか? その、自殺のこととか」
「元気だから心配すんなってだけ。アイツ、今時珍しいかもってくらい友達思いだから、素直に白状したら絶対すっ飛んできちゃうよ」
 声が微妙に上ずっていた。きっとすべてを白状するには、まだ時間が必要だろう。事情は知らなくとも、何となくわかる。
 谷川から来ていたメールを思い返して、内心で頭を下げる。
「……でももう、逃げてたら……」
 続けられたつぶやきに、思わず訊き返そうとした時だった。
「っ朔、さん」
 左腕に暖かな感触が回る。別の生き物のものみたいで、どう落ち着かせればいいのかわからなくなる。左と右で、汗のかき方が全然違う。
「……緊張しすぎじゃない?」
「だ、だって、そりゃあ当たり前っすよ」
「さっきキスマークつけたくせに?」
「もう、勘弁してください……!」
 これ以上煽られたら我慢が効かなくなる。暴走して、引かれたくないんだ。本気の恋なんだ。
「別に、俺は構わないよ?」
 さらに、左腕を引き寄せられた。
 妙に気だるいような、ねっとりとした空気が生まれて、身体にまとわりつく。
 緩慢な動きで、隣を向いた。
 まっすぐな視線が自分に絡みついて、離さない。
 薄く開いた唇が、軽く上下する。舌を忍ばせた蛇のように、さそう。
「っ、ん……」
 身体を起こして、ふわりと唇に触れて、軽く吸い上げた。そのまま下唇を食んで、離す。
「もっと、しないのか?」
 ちらりと覗いた舌と胸元をかすめる感触に、意識が吸い込まれそうになる。だめだ、まだ相手の気持ちをちゃんと聞いていない。
「朔さんがオレと同じ気持ちだったら、続き、します」
 振り切るように背中を向けた。うるさく脈打つ心臓を落ち着かせたくて、視界をシャットアウトする。
「……ほんと、守田くんって真面目」
 言葉とは裏腹に、声にはうっすらと歓喜がにじんでいた。堪えきれなかったというように、小さな笑いまで聞こえる。
「でも、そういう君だから、俺も意地張ったりしないでいられるんだろうな」
 背中に触れたあたたかさとお礼の五文字が、全身にじんわりと染み渡って目元から流れそうになる。
 やがて、規則正しい呼吸が聞こえ始めた。
 この人が心休まる時間を、初めて共有できた瞬間だった。

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