星空と虹の橋

【5話おまけ】夜の太陽はさかさまで輝く・番外編

 物心ついた時から、心動かされる相手はいつも同性だった。
 だから恋をしても基本叶わないものと割り切っていたし、実際その通りだった。
 想いを押し込める技だけは得意だった。少しでも気を緩めて吐露してしまえば、間違いなくつながっていた縁は切れる。
 それが何よりも、怖かった。

俊哉しゅんや、祝え。俺は今度、ついに結婚するぞ!」
「……改まって飲みに誘ってきたのは、それが理由か」
「いいじゃねーかよ。一番世話になってるお前に、最初に報告したかったんだからよ」
 仲野洋輔なかのようすけは子どものように唇を尖らせる。思わず苦笑しながらも、祝辞の代わりにビールの注がれたジョッキをコンと当てた。個室ありの居酒屋を選んだ理由もそれだろう。
 洋輔は新卒で入社してから持ち前の明るさと人懐こさで横のつながりを築いていたが、一番気を許してくれているのか、昼食や会社帰りの飲みによく誘われ、他愛ない話から深い話まで交わしてきた。
 もちろん、自分も同様だった。他に谷川という同僚とも仲はいいが、洋輔の隣が一番落ち着く。恋情を抱くのに、時間もかからなかった。
「それって、前から付き合ってたっていう彼女?」
「そうそう。結婚したーいって言いまくられて、折れたってのもあるんだけど」
 苦笑しながらも、もともと柔和な瞳はさらに柔らかくなる。
 二年ほど前に合コンで知り合い、意気投合して付き合うことになったと聞いたのが最初だった。洋輔に負けず劣らずの明るさをもっていて飽きないばかりか、ほしいと思った時にすかさず手を差し伸べてくれるような、まさに完璧な女性らしい。
「あ、何だよその苦い顔。あれか、リア充爆発しろってやつか」
「違うって」
 つい表に出してしまっていたらしい。自ら望んで「友人」の籠にこもっているのに、想う気持ちというのは時々、恐ろしい。
「結婚式は今んとこしない予定なんだけどさ、祝いの品くれ! 金くれ!」
「金目当てだろ結局!」

 結局、同じ展開を繰り返す。
 それでも、慣れていた。また時間をかけて、想いを昇華していけばいい。
 この想いに関係なく、洋輔が大事な人であることに違いはない。親友だって、そうそう手に入るポジションじゃない。互いに笑い合えるだけで幸せじゃないか。
 今までと変わらないレールをただ進んでいた。進んでいると、思っていた。

  * * * *

「……なあ」
 缶コーヒーを片手に喫煙所の前を通り過ぎようとした時、中から谷川に呼び止められた。
 足を止めると、周りの様子を伺いながら中に引き入れてくる。
「どうしたんだ?」
「あのさ。お前、仲野と仲いいだろ?」
 その名前に、手から力が抜けた。一瞬の鋭い痛みで我を取り戻し、慌てて屈む。
「おい、大丈夫かよ?」
「ご、ごめん。大丈夫。……その、洋輔がどうかしたのか?」
「いや、あいつ最近変じゃない? って思って」
 すぐに答えられなかった隙を谷川は見逃してくれなかった。煙を吐き出してから向けてきた視線は、探るように鋭い。
「こう……違和感があるというか。俺、今あいつとチーム組んでるからわかるんだよ。仕事も、前は絶対にしなかったようなミスをするようになってるし」
 どううまく切り抜けるか。そればかりが脳裏をぐるぐると回って、目眩を起こしそうになる。
「リーダーが本人に直接面談してみたらしいんだけど、何も答えてくれなかったんだって。まあ、あいつって意外と溜め込むタイプだからなぁ……」
「だから、俺が何か知ってるかって、思ったの」
「そう。知ってる?」
 確信と、逃避を許さない声音で問われる。せめて逸らさないようにと首に力を入れても、まっすぐな視線につい下を向いてしまう。
 明らかな劣勢を救ったのは、ポケットにあるスマートフォンだった。
「……ごめん、電話だ」
 逃げるように喫煙所を出る。非常口のある階段まで足早に進み、画面を見て喉を引きつらせる。
 ……無視は、できない。震える指で画面をスワイプした。
「出るまで時間、かかったな?」
 感情の抜け落ちた声だった。とっさに、人に呼び止められていたと微妙な嘘をつく。
「今から第二資料室。来れるよな?」
 頷きたくないのに、頷くしかできない。声を絞り出そうとした瞬間、決まり文句が続いた。
「来ないと、今すぐ自殺してやる」

  * * * *

 籍を入れたという報告を笑顔とともに告げられて、三ヶ月が経過しただろうか。
「洋輔……なんか、元気ない?」
「ん、そんなことないって。ほら、結婚するとどうしたって環境変わるって言うだろ?」
 結婚前から関わっていた長期のプロジェクトが終盤に近づき、多忙な洋輔を昼に誘った。自分も別の仕事を任されたばかりで、揃って昼休憩を取るのは久しぶりだった。
 結婚の二文字は口にしていないのにそう返してきた違和感を覚えつつ、当たり障りのない相槌をうつ。
「奥さんは元気?」
「まあ、ね。仕事やめて、家事頑張ってくれてるよ」
 今時、子供もいないのに専業主婦とは珍しい。あるいは、これから授かる予定なのだろうか。

 この時の違和感を、もっと膨らませておくべきだった。
 もっと気にかけていれば、洋輔の性格を改めて認識しておけば、あの夜は訪れなかったと信じたい。

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