星空と虹の橋

【第6話】夜の太陽はさかさまで輝く

 駅前にあるビジネスホテルは、ダブルベッドの部屋だけが空いていた。
 本当に、なんて奇跡だろう。
 バスローブ姿でベッドの縁に腰掛けたまま、視線だけを四方八方に散らす。自分よりも長くシャワーを浴びているのは、これからに向けての準備を進めているためだろう。
 ――俊哉を抱くんだ。間違いなく、この手で。
 緊張と不安と歓喜と申し訳なさと……浮かぶ感情にいちいち名前をつけるのも忙しい。きっと笑われる。
「めちゃくちゃ緊張してるじゃん」
 いつの間にか、俊哉がシャワーを済ませてこちらに歩み寄っていた。
 雰囲気のせいか、バスローブのせいか、いつもより色っぽく見える。濡れた髪の毛が首筋に張り付き、そのまま目線を追うと見えるか見えないか絶妙な位置で白い布に覆われた胸元にたどり着いて……それきり、移動できない。
「お前、今、どんな顔してるかわかる?」
 隣に腰掛けてきた俊哉は、猫のように身体をすり寄せた。
「すごく、俺を抱きたくてたまらないって、顔」
 間近で微笑み、吐息を乗せて唇をひとつ、舐める。
 ――頭の中で、何かがぶちりと千切れた。
 その場に押し倒して、噛みつくように口づける。おねだりとわかる伸ばされた舌を絡め取り、自らのそれと擦り合わせながら股の間をぐいぐいと膝で押した。
「んぁ……あ、や、だ……」
 とろんとした瞳で見上げる俊哉から、視線が外せない。
「……自業、自得です」


 初めて指を差し込んだその箇所は、想像を遥かに越えた軟らかさだった。
「っは、もっと、そこ、上……こす、って」
 そこだけではない。胸元も腹部も背中も、俊哉の身体は細身とは思えない柔らかさだった。そして、敏感だった。
 尻を突き出した格好でねだる姿が扇情的で、また喉を鳴らしてしまう。
 とっくに理性はやられていた。「決して嫌がることはしない」という誓いだけは何とか頭に刻み込めているが、経験者の俊哉にうまくコントロールされている気がしないでもない。
「きもち、いいですか」
「いっ、い……たかしの、太くて……っあ、あ!」
 指示された箇所を強めに押し上げると、内側が生き物のようにうねる。透明な蜜をとめどなく垂らしている俊哉の中心にも手を添えて、同じくらいの力で扱き上げた。
「ばっ……や、一緒に、するな……!」
「一回、イった方がいいんじゃないですか」
 経験者の余裕を、崩してやりたかったのかもしれない。止めようと伸ばされた手をかわして、同時に刺激を与えていく。
「すごい……俊哉さん、腰、すごく揺れてる。気持ちよすぎるんだ?」
「おかし、なる……ぅ、あ、んぁ……!」
 正直、こっちもおかしくなりそうだ。多分ものすごく必死な顔をして、暴走しそうな自分を抑えている。吐き出す息は獣のように荒いし、中心に無視できない熱が集中して、苦しい。
 俊哉の呼吸が一段と荒くなってきた。二本の指の抜き挿しをさらに速め、先端の割れ目に爪先を当てた瞬間、そこが弾けた。
「……めちゃくちゃ、出た」
 濃い白濁まみれの手を呆然と見つめる。
「当たり、前だろ……っ」
 肩で呼吸を繰り返しながら、俊哉はこちらを軽く睨みつける。
「こういうの、久しぶりなんだぞ……少しは、手加減、しろよ……!」
 ようやく、彼が自ら指示を出していた理由がわかった。少しずつ、自分を受け入れる身体に慣らすためだったのだ。
 いくら初体験とはいえ、あまりな行動に思わず正座して俯いていると、シャンプー混じりの柔らかな香りが鼻腔をくすぐった。俊哉の頭の撫で方は、恋人というよりは子ども相手に近い。
「可愛いな、ほんと」
「可愛いのは、俊哉さんです」
「図体のでかいやつがそうやってしょんぼりしてるとこの、どこが可愛くないって?」
 触れるだけのキスが降ってくる。
「……もう、大丈夫だから」
 どういう意味だろう?
「ここからは、お前の好きにしてくれていいから」
 俊哉は満ち足りた笑みを浮かべる。
「お前に、上書きしてほしい。今までの俺を忘れるくらい、抱いてほしいんだ」
 なんて、殺し文句。
 みっともなく泣きそうだった。固く抱きしめて、俊哉の想いを噛みしめる。
「その前に……俺も、高史を気持ちよくさせてあげるよ」
 バスローブの前を解かれ、手のひらで素肌をなぞりながら押し倒してくる。
 理解する前に、張り詰めていた中心にふわりとした感触が生まれた。
「しゅ、俊哉さん!」
「高史の、すごく大きいな……」
 軽く上下に扱いてから、自らの口元をその場所へと持っていく。やろうとしている行為を把握したと同時に、俊哉の舌が周りを撫で始めた。
「う、あ……っ」
 わざと濡れた音を立てて、ぬるりとした感触が全体に這い回り、擦られる。根元までを咥え込まれた時は頭の中が一瞬真っ白になった。
「ん……どんどん、あふれてきてる……」
 道具を使った自慰とは比べ物にならない。
 腰の揺れも、さらに甘い刺激を求める欲も止められない。他人にしてもらうのが、こんなにも気持ちのいいものだったなんて。
「俊哉さ……っ、オレ、もう……」
「いいよ、咥えててあげるから、イって……」
 頭を上下に動かしながら一層強く吸い上げられて、呆気なく熱を吐き出した。
 力の入らない身体をベッドに沈めるも、確かな咀嚼音を聞いて思わず首を持ち上げる。
「飲んだん、ですか」
 俊哉はただ、微笑んでみせた。口の端から、自らの中にあったものがたらりと筋を作り、喉を伝って胸元までたどり着く。その感触のせいだろうか、小さくも甘い声をこぼす。
 再び、熱が収束していく。頭の中が、俊哉のことだけで埋め尽くされていく。
「早く、きて」
 ベッドに横たわり、両腕を広げてねだられれば――乗らないわけには、いかない。
 勢いのままに繋がろうとして、すんでで装着していないことを思い出す。
「いいから」
 腕を掴まれた。
「そのままで、やって。中に出してかまわないよ」
「いくらなんでも、それは!」
「出してほしいんだ」
 澄んだ、まっすぐな双眸だった。
「出してもらうまでが、上書きだから。……お願い」
 余裕も理性も、とっくにすり切れていた。
 ベッドから浮いていた腰に手を添えると、てらてらと光る蕾に一度触れさせてから少しずつ押し進めていく。
 溶ける。気を抜くと飲み込まれる。それでいて気を任せたくなってしまう。四方八方から誘惑されているような心地になる。
 自身を愛しい人とつなぎ合わせた感想は、ぐちゃぐちゃだった。
 たったひとつの確固たる言葉は、ますます増した「いとおしい」だけ。
「オレ、下手じゃ……っ、ないですか?」
「へたじゃ、な……あ、っああ!」
「いいとこ、あたりましたか……」
「っま、って……ひさし、ぶりだからぁ……あぁ、ん!」
 枕を握りしめて頭を左右に振るたび、黒い髪で彩られた首筋が視界を煽る。見えるところにつけたら俊哉が困るだろうと思いつつも、止められない。
 ――この人は全部、オレのものだ。
「な、に……?」
 薄い痕が生まれた箇所を人差し指でなぞって、律動を再開する。枕にあった両手をそれぞれで絡めると縋るように握り返される。目尻と口端から流れ落ちる雫が、自分のためにあふれていると思うだけで目元が熱くなる。
「……泣いてるの?」
 微笑みながら問われて、初めて気づいた。
 泣くなんていつ以来だろう。自覚したらいたたまれなくなってきた。
「自分でも、よくわかんないです。俊哉さんとこうしていられて、幸せすぎなのかも」
「俺だって、一緒だよ。……本当に好きな人とするのって、こんなに満たされるんだって」

 だから、もっと好きにして。
 もっと、高史で満たして。

 飽きるほど互いの身体を貪って――夢見心地を覚ます音でまぶたを持ち上げて映った、胸元でくるまる俊哉の穏やかな表情に、また涙がこみ上げそうになった。

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