
年の瀬も迫り、寒さも堪える中、地元の街中はどこか浮き足だっている。電灯の装飾が増え、特別セールや限定品の看板やポスターが目立つ。
(もうすぐクリスマスだな……)
広場に飾られた、背丈より二倍以上はある煌びやかなツリーをぼんやり見上げる。
心から愛し合える人と迎える、初めてのクリスマス。
少しくらい浮かれてもいいはずのその場所は、重力をかけられたように沈んでいた。
* * * *
本当に彼は優しい。
あの人を「恋人」という括りに入れるなら、比べるまでもないくらいにいつも寄り添ってくれる。やさしく包み込んでくれる。
だから、少しでも助けになりたい。与えてくれたものを返したい。
その第一歩は働くこと。
彼の勧めで病院通いを始めて、担当医にもフルタイムでなければ、と許可ももらった。
『本当にいいんですか? オレは大丈夫ですよ?』
やっぱり心配してきた声も、勤務場所が彼の勤める弁当屋の近くであること、何かあればすぐに連絡すると伝えてどうにか納得させた。
以前伝えた言葉――彼に自由な時間をあげたい思いは今も変わらない形で胸の中にあるし、二人一緒に暮らしているという現実を、改めて実感できることが嬉しかった。
なのに、今は不安がつきまとう。
考え過ぎだと思いたい。それを彼は容赦なく振り払ってしまうのだ。
「その」瞬間を迎えるまで、何度スマホを確認したかわからない。
玄関の鍵が開く音を聞いた瞬間に立ち上がった。壁の時計を確認すると夜の十時半を過ぎている。
ドアが開かれ、恋人が現れる。ようやく、まともに呼吸ができた気分だった。
「
全身に気だるさを纏った高史は、どこか不思議そうにこちらを見つめている。
「……あれ、オレ、連絡してなかったですっけ」
首を振ると、高史は慌ててポケットからスマホを取り出した。親指を何度か上下してから、小さな悲鳴を上げる。
「すんません、連絡し忘れてました……!」
出勤中、バイト先から「一人欠勤になってしまったから遅番に変更できないか」と打診が来たらしい。この時期は夜の方が多忙のようだから、一人抜けられるのは相当厳しいのだろう。
「何回か連絡入れたんだけどね。ほんと忙しかったんだな?」
「そ、そうなんです。休憩時間も短かったですし」
ほんの少しだけ視線が逸れていた。普段ならおそらく気に留めない変化だが、今は違う。
改めてこちらに向き直った高史はきれいに頭を下げた。
「心配かけてしまって、本当にごめんなさい」
「忙しかったんだし仕方ないよ。ほらほら、リュック置いてきなって。メシと風呂、どっちにする?」
「……はい。先に風呂入ってきますね。すぐ出てきます」
脱衣所に続くドアが閉められると、思わず震えた息がこぼれた。居間にあるテーブルの前にぼんやりと座る。
高史がこういった大事な連絡を忘れるのはとても珍しいことだった。多忙、というのは彼の中では「よほどの事情」には入らない。基本真面目な性格だからなおさら。
だからこそ、忘れた理由を変に勘ぐってしまう。そう、例えば――。
脱衣所から響く音で、思考が強制的に断ち切られた。慌ててテーブルに並べた夕飯を温め直す。考えまいとしたくても、気を抜けばすぐに囚われてしまう。
高史の支度が整ったところで、自分にとっては二度目の夕飯が始まった。高史用に用意した缶ビールの残りと軽いつまみを嗜みつつ、こっそり隣の恋人を観察する。
小さな違和感以外は、やっぱりいつもと変わらない。
「
高史と目が合ったことに驚いてしまった。いつの間にやら堂々と眺めていたのか。とっさに思いついた話題をすかさず投げる。
「いや、あそこの弁当屋ってほんと人気あるんだなーって思ってた。わからないでもないけどね」
「結構来てくれてますもんね。味、お気に入りですか?」
そういう質問を恋人にしてしまうのが、高史の天然で可愛いところだとつくづく感じる。堪えきれずに小さく吹き出すと怪訝そうに見つめられた。
「まあ、ね。家庭の味って感じがちょうどいいのもあるよ。でも……」
手を伸ばして、まだ濡れている高史の髪にそっと触れる。微量ながらも、アルコールのおかげで少し気分が上向いてきた。
「お前にも会えるからね。結構元気もらえるんだよ?」
細めの目が見開かれ、見る間に頬が赤く染まった。視線があちこちさまよい始める。
「なに、どうかした?」
「俊哉さん、わかってて訊いてるでしょ」
「ええ? わからないなぁ」
「……メシ、続き食べます」
微妙にむすっとしながら黙々と箸を進める姿はまるで子どもだった。敢えて頭を撫でてやると、眉間に少しずつ皺が増えていく。それでも振り払わないところに彼の優しさが表れているようだった。
いつもと変わらない時間だった。
紛れもない自身が違和感の原因だと責められてもおかしくないほどに、変わらなかった。