Short Short Collections

主にTwitterのワンライ企画やお題で書いたショートショートをまとめています。
男女もの・BLもの・その他いろいろごちゃ混ぜです。

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夏のソメイヨシノは春を運ぶのか?

#男女もの

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noteの企画で書いたものです。

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 僕たちは対等であるはずがなかった。

 一つ上の先輩に、密かに想いを抱く日々。意を決して突撃しそうものなら、僕はたちまち蜂の巣にでもされてしまう。
 片や才色兼備、片や平凡以下の後輩モブ。許されるのは妄想ぐらいだ。
 こういう場所をふたりで歩きたいと妄想しながら、僕はいろんな風景を写真で切り取っている。せっかくだからとSNS上に投稿していたら、たくさんの反応をもらえるようになっていた。
 SNSでは、僕はヒーローだった。
「こういうところでデートできたらいいなって、つい思っちゃいます」
 アイコンでもわかる、背中に流れる黒髪が美しい人は、心の中を覗いたような感想をいつもくれる。
 僕も、想い人の彼女に言われてみたい。少なくとも、モブから名前のあるキャラには昇格できる気がする。
 口の中に苦味を感じながら当たり障りのない返事を打つと、ちょうど電車が目的の駅で止まった。
 十五分ほど歩いて、足を止める。小遣いをこつこつ貯めて購入したデジカメをリュックから取り出した。まずは歩道側から海に向かって一枚。空と海にはっきりと水平線が引かれた快晴で、コントラストの差が眩しい。
 左を見ると、数人上陸できそうな平たい陸地を中心に、三日月状に岩が数個並んでいる。クラスの男子がイカダでも漕いで行ってみたいよな、なんてふざけ合っていたのを思い出す。
 まるで隔離されたみたいに、穏やかな波音だけが鼓膜を撫でている。こんな雰囲気の中を彼女と談笑しながら歩けたら、どんなに幸せだろう。
 寄せる波がぎりぎり届かない場所に立ち、海岸沿いに視線を送る。こみ上げる想いを、レンズに込めてシャッターを切った。
 そのまま、砂浜に腰掛けて反対側を向いて撮る。海を背に上半身だけを振り返る笑顔を想像して陸地を入れずに空と海だけを捉えて撮る。二人で砂山を作っているところを想像して、製作途中の山と自らの手を入れて撮る。
「……なにやってんだろ」
 妄想のままにシャッターを切った回数は、いつの間にか三桁に突入していた。想いをこじらせている証拠だ。いくら募らせたとて、未来は変わらないのに。
 レジャーシートの上で仰向けになって構えていたカメラを下ろし、横になりながらスマホを取り出す。SNSを見ると、黒髪アイコンの人から返信が来ていた。朝、海が今日の舞台ですと投稿した内容に、律儀に反応してくれていた。
 ゆっくり身体を起こす。暑さが限界だし、ネタも十分に集まった。
「……ピンク?」
 歩道側に向かって俯きがちに歩いていると、砂浜では目立つ色が落ちていた。
 内側が咲き始めのソメイヨシノを思わせる、瑞々しく可愛らしい色合いの貝殻だった。
 ピンクを親指でなぞると、彼女の唇がよぎった。リップクリームを塗っているのか、薄色でつやっとしていて、他の女子に羨ましがられていた。
 いよいよ変態じみてきた。そう呆れながらも、撮影の準備を止められない。
 再び、波際に歩み寄っていく。親指ほどの高さの山を作り、ピンク色の側を自分に向けて立てる。
 シートを再び広げてうつ伏せに肘をついて寝そべり、液晶モニターを覗き込む。貝殻にピントを合わせ、ぼやけた海を背景に入れる。
 波音を、機械音が一瞬横切った。
「……かわいいな」

『あの写真の場所、私、知ってます。家の近くなのでびっくりしました』
『貝殻、すごく可愛いです! 私も今度探してみようと思います』
 僕は一週間後、再びあの海に出向いていた。SNSの受信ボックスに届いていた感想に、舞い上がっていたのだと思う。
 今日は、素直に景色を収めようかな。
 あの日と違い、空には薄い膜が張り巡らされていて、彼方を見つめるほど地上との境界線がぼやけている。また違った雰囲気が楽しめそうだ。
 構図を探そうと波打ち際から少し離れて、海に沿って歩き出した足は――ふいに止まる。
 最初に目に入ったのは、黒い頭だった。両頬のあたりから髪が一房ずつ垂れて、ゆらゆらと踊っている。水色のジーンズに覆われた足を少しずつ前進させながら、頭を軽く左右に振っている。
 カメラを握る手に、力が込められていく。第六感がガンガンと主張している。このシルエットに覚えがあるはずと、繰り返し訴えている。
 もう五センチも縮まって腕を伸ばせば触れられそう。そんな距離で、相手は足を止めた。
 ――呼吸の仕方が、わからなくなった。

「あ、ご、ごめんなさい。捜し物をしてたから、気づかなくて」

 上品な響きの声が、聡明な瞳が、僕に向けられている。
 現実を疑う僕に追い打ちをかけるように再び、第六感が主張を始める。そんな偶然があるわけないと冷静な部分が訴えているのに、高まる高揚を止められない。

「それって、ピンクの貝殻ですか?」

 僕は、少しでも対等に近づけただろうか?畳む

お題SS 編集

目の前に、夢と妄想

#男女もの

note の企画で書いたものです。

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 わたし、恋をするとこんなにも腑抜けになっちゃうんだ。

 委員会の仕事をようやく片づけてカバンを取りに教室へ戻ると、すっかり人気はなくなっていた。部活のある生徒くらいしか残っていない時間帯だから当たり前だ。
 仕事で溜まった疲れを逃がすように、短くため息をついて窓際の自席に向かう。
(……加賀谷くん)
 想い人の席を通り過ぎた瞬間、思わず足が止まった。

 カリスマ性があり、その気質に負けていない容姿を持つ新島は、このクラスどころか全学年の女子から絶大な人気を誇っている。加賀谷はそんな彼の親友だった。
 傍から見ると、加賀谷は完全に新島の影に隠れていると思われるかもしれない。それだけ新島の存在感が強すぎるのだが、自分は決して劣っているようには見えない。実際、加賀谷に惹かれている女子も少なからず存在している。

「あんなにかっこいいのに、誰に対してもスマートって、ずるいよ」
 誰もいないのをいいことに、思いきって席に座ってしまった。少しでも加賀谷のぬくもりを感じられた……なんて考えてしまう時点で、頭は相当お花畑状態らしい。

 新島は年相応の明るさを持ち、その場をいきなり華やかにしてしまうオーラを持っている。懐も広いから、男女問わず友人も多い。
 対して加賀谷はおとなしめで、親友のフォローをしている姿が目立つ。そのせいか誰に対しても物腰が柔らかく、周りをよく見ていて、彼がいるだけでぐっと安心感が高まる。
 実に勝手な持論だが、「イケメンは性格が悪い」を見事に覆してくれた二人だった。
 それでも加賀谷に惚れたのは……委員会の仕事で手いっぱいになっていたとき、メンバーでないのにたくさん助けてもらったから。

『困ったときはお互いさまだから気にしないで。深見はしっかりしてるから、仕事いっぱい任せられてるんだよな』
『そ、そんなことないよ……昔から要領悪くて、こうやってすぐいっぱいいっぱいになっちゃうんだよ』
『そうだとしても、おれがもし頼む側の立場だったら深見に頼みたくなるよ?』

「すっごい殺し文句……だよね」
 しかも爽やかな笑顔つき。一体どれだけの女子が、毒気を抜かれて虜になってしまっただろうか。
「しかもちょいちょい手伝ってくれてるし」
 メンバーじゃないのだからと断ってもうまくかわされてしまうし、まるで新しく委員会に加わったんじゃないかと錯覚してしまいそうにもなるのだ。
 嬉しくないわけはない。一緒にいられる時間が単純に増えるし、彼との会話も楽しい。
 この間は、昔から大好きだった本が同じという事実も判明した。長いシリーズもので、ドラマ化するかもしれないという噂も立っている。それについて否定的だという意見も一致した。
 そう、気が合うのだ。

「こんな人、絶対他にいないって……」
 机に額を押しつけて深く息を吐く。
 最近の頭の中は、加賀谷に告白されるシーンと、もし付き合えたらという楽しい妄想で埋まっている。
 デートはカフェでまったり過ごすのもいいし、彼がおすすめだという映画を楽しむのもいい。二人だからこそ楽しめる場所を開拓していくのも新鮮でおもしろいかもしれない。
 恋をするのは初めてだった。初めてだからこそ、こんなにも恋に夢中になってしまうとは思いもしなかった。
 怖い。それ以上に、彼と恋人同士になりたくて仕方ない。

「あれ、深見?」
 幻聴かと思った。けれどおそるおそる出入り口を見やって、頭が真っ白になってしまう。
「びっくりしたー。おれの席に誰か寝てるって思ったら、深見なんだもの」
 全身が一気に熱くなる。反対に内心は氷のように冷たい。
 気持ち悪いと思われても仕方ない。自分なら、よほど深い仲でない人が自席に座っていたらちょっと引く。さすがの加賀谷もマイナスな感情を向けるに違いない。

「ご、ごめんなさい! えっと、その、特に悪気はなかったっていうか……!」
 近づいてくる彼に全力で頭を下げる。言い訳もなにも浮かばなかった。謝るしかできそうになかった。
「そんな、別に怒ったりしてないって。顔あげてよ」
 おそるおそる言われた通りにすると、いつもの微笑みがこちらを見下ろしていた。ほっとしたと同時、特別なんとも思われてないのだと知って、がっかりもしてしまう。
 ――なんてわがままな感情だろう。

「でも、理由は知りたいかな」
 微笑みを少しだけ潜ませて――真顔に近いといえばいいのだろうか――、静かに彼は告げてくる。
「きみが意味もなく、こんなことする人じゃないって知ってるから。おれに対して、なにか思ってることがあるんだろ?」

 ばくばくと心臓を脈打たせながら、懸命に投げかけられた言葉の意味を考える。
 柔らかく、問いかける口調なのに、どこか断言しているように聞こえるのはなぜ?
 なにかしらの確信をもって、問いかけているという、こと?

「っだから……特に、理由はない、って」
 言えるわけない。自ら傷を負いにいく真似なんてできるわけない。
 もっと彼の気持ちが見えたとき、あるいは気持ちが暴走してどうしようもないときでないと、口にはできない。

「おれも君と同じ気持ちかもって言ったら、どうする?」

 一歩距離を詰めた加賀谷は、頬に触れながらそう告げた。
 夢の中でしかなかった距離に、加賀谷の顔がある。ぬくもりが、これは現実だと訴え続けている。
「かがや、くん……」

「いつも見てたんだよ。君のこと」

 ぬくもりが、今度は唇に降りてくる。
 夢だけでなく妄想さえも現実になるなど、さすがに予測はできなかった。畳む

お題SS 編集

お題SS:初めてついた嘘

#BL小説

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「一次創作お題ったー!」で生成されたお題に挑戦しました。
相手の気持ちをはかるためについたはずの嘘が、利用された?

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「あの子、お前のこと好きなんだってよ」

 危険な賭けだった。
 最悪、おれだけが悪者となって終わるだけ。
 それでも、友達ポジションに甘んじたままの現状から脱却するにはこれしかないと思った。
 多分、相当に追い込まれているのだろう。

「……ふーん」
 クールが基本な想い人は、やはりクールに相槌を打った。
「嬉しくない? ほら、あの子って高嶺の花とか言われてるほどじゃん?」
 普段、誰それが好きという話は全く聞かずとも、ネットにあふれる女性画像達に「この胸は好み」だの「尻の形がたまらない」だのと話題にしている姿を見ているから、人気のある女子から好かれていると知れば少なからず好意的な反応を取るだろうと踏んでいた。
 それは同時に、自らの恋に終止符を打ち込まれるようなものだが……もはや、構わない。

 ――そうか。一ミリの期待さえも砕かせるための嘘だったのかも知れない。

「……そうだな。嬉しいかな」
 こちらをじっと見つめていたかと思うと、目元を緩めてそう返してきた。
「そ、う。やっぱり、そうだよな」
 ――覚悟していたとはいえ、つらい。
 いや、覚悟が足りなかったんだ。どれくらい彼への思いを秘めていたか、理解していたようでできていなかった。
「じゃ、じゃあ、もういっそ告白しちゃえば? いやーうらやましいなぁ。でも絶対お似合いのカップルになるだろうな、うん」
 頭をかくフリをして俯く。なにを言っているのかおれ自身もよくわからない。口を開いていないとみっともなく泣いてしまいそうなことだけは自覚していた。
 身から出た錆。今の状態にふさわしすぎる言葉だ。

「そんなにうらやましいのか」
 聞こえてくる声は、どこか愉快そうだった。
「全く、わざわざ下手な嘘なんかつかなくてもいいのに」
 よく、意味がわからなかった。
 名前を呼ばれて、反射的に顔を上げてしまう。

 漫画だらけの見慣れた本棚が、片目に映る。
 あれ、どうして片目だけ?
 もう片目には……また見慣れた、彼の顔、いや目が、見え……。

「はは、見事に固まってら」
 口の片端を少しだけ持ち上げた、友人得意の笑いを見た瞬間――急激に時間が回り始めた。
 言葉にならない声が唇からただこぼれる。恐怖に包まれたようにじりじりと後ずさって、勉強机の椅子にすぐ背中を塞がれてしまった。
 どうして彼にいきなりキスをされたんだ?
 どうしてずっと夢で見るだけだった光景が、前触れもなくやってきたんだ?

「半ギレでもして、嬉しいなんて言うなとか言ってくれるかと思ったのに、あっさり身を引くんだもんなぁ」
 全く事態を飲み込めない自分をよそに、彼はやれやれと溜め息をついている。
「俺を試そうとか、お前が一番苦手なことをわざわざやらなくていいよ。だったら素直にぶつかってこいっての」
 な? と小首をかしげて、彼はいたずらっぽく笑ってみせる。

 バレていた、とでも言うのか。
 あんなに必死にひた隠しにしていたはずの気持ちを、この男はとっくに見破っていたと、いうのか。
「バレてない。そう思ってた?」
 頬をするりと撫でる感触が、まぎれもない現実なのだと知らしめてくる。
「知ってたよ。俺はずっと、お前の気持ちに気づいてたんだ」

 女子と、恋する人間誰もが見惚れる笑顔が近づいてくる。
 独り占めしているのは、他の誰でもない……おれ、ただひとり。
 そう飲み込んだ瞬間、自然とまぶたが下りていた。畳む

お題SS 編集

遅咲きない青春

#CPなし

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こちらのお題 に沿って書かせていただきました。

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「青春はいいものだからって、自分の欲に身を任せすぎるのはよくないって私は思ってたのよ」
「言ってた言ってた。だからあの頃の宮本さんはすごーく努力してたよね」
「そうよ。人生設計をしっかり立ててたわ。後悔したくなかったのよ」

 学生といえば青春。
 青春はいい。その時にしかできないことがたくさんあるから後悔しないよう、感情のまま好きに行動した方が絶対にいい。

 くだらないと思ってきた。
 所詮、その場限りの甘い誘惑。悪魔のささやき。それに身を任せすぎて、先に待つ未来は失敗したと嘆く我が身に決まっている。
 だから周りが恋に遊びに浮かれる中、私は人生の設計図を蜜に作り上げていた。
 こんな世の中だからこそ絶対に後悔したくない。安泰な人生を生きたい。
 目の前でニコニコと笑みを刻んでいる、数年ぶりに再会した元同級生のように、呑気に過ごしている暇はなかった。

「高三だったから当たり前かもだけど、それにしたってきっちりしすぎっていうか」
 彼の性格を考えれば、その返答はある意味妥当だった。私にはある意味でもなく妥当で必要な行動だった。
「皆川くんは遊び人だったものね。むしろ緩すぎよ」
 ビールの注がれたグラスを握る手に、自然に力が入る。
 目に留まった時は、友達と大きな声で笑い合ったり廊下でふざけ合ったり、ときには女子と楽しそうにお喋りしていたり、まさに青春の一ページみたいな光景を繰り広げていた。
「そう? むしろ年相応じゃない? ってかその言い方だといやらしーい響きに聞こえるんだけど~」
「そ、そんなわけないでしょ!」
 アハハ、と軽快に笑う彼に浮かぶのは苛立ちばかり。
 無駄に爽やか系な顔立ちなのが、また増長してくれる。
「私にも遠慮なく声かけてきて……近寄り難いって噂になってたの知ってたでしょ?」
「うーん、まあ知ってはいたけど特に気にならなかったよ。だって宮本さん優しい人だったし」

 思わず変な声が出た。私に対して優しいなんて形容使う人、初めてだ。もしかしなくてもからかわれてる?
 顔にも出ていたのか、皆川くんは目元を和らげて小さく笑った。
「優しいよ。まあ、厳しいとこもあったけど周りをすごくよく見てるし、困ってる人がいたらフォローしてたじゃん」
 そんなに彼に観察されていたのかと思うと、今度は恥ずかしさがこみ上げてくる。酒が入っていてよかった。
「だから、宮本さんのことスカウトしに来たんだもの」

 呆然と、彼を見つめた。
 何を、言っているの。
 そういえば、しつこく呼び出しを受けたからわざわざ来たのに、まだ具体的な理由を聞いていない。いきなり昔話から始めるから、つい乗ってしまった私も悪いのだけれど。

「俺の会社に入ってくれない?」
 テーブルに両肘をつき、その手のひらに顎を預けたポーズをしながら、さらりと彼は告げてきた。
 意味が、よくわからない。
 大体、「俺の」会社ってどういうこと。
 いきなり皆川くんが吹き出した。雰囲気をあっという間に台無しにされて、このまま帰ってやろうかと本気で考えてしまう。
「あ、ごめん、ごめんなさい。ただ、宮本さんが間抜けな顔してるの初めて見たから、つい」
「っ、ふざけてないで……!」
「実は、会社作ろうと思ってるんだ」

 耳を疑ってしまった。
 皆川くんが、学生の頃に遊びまくってた皆川くんが、起業だって?
「俺、事務とか細かい仕事がてんで苦手でさ。そんで、ぜひ宮本さんに……と思って。さっき会社辞めたって言ってただろ? 宮本さん的にはイラつくかもだけど、俺的にはすごいチャンスだと思ってるんだ」
 二年勤めた会社は、時間を重ねれば重ねるほど私の描いていた理想とずれた事実を突きつけてくる場所だった。転職先の目処もたてないまま辞めたのは、今考えると本当に私らしくなかったと思う。
 後悔はしていなかったけど、皆川くんに愚痴同然の告白をしていたのは完全に八つ当たりだった。順風満帆そう見えていたから、なんてひどい思い込み……だと今さら申し訳なく思っていたら、まさかそんな話を隠し持っていたなんて。

「……他に、人いないの」
「え、あ、俺入れたら三人いるよ。でもみんな、外回りタイプばっかでさ。実力も人脈も言うことなしなんだけどね」
 皆川くんもどちらかといえば同じタイプだと思う。起業にあたって人脈はとても大事だと聞いたことがあるから、少なくとも彼が勢いだけで始めたわけではないと理解はできる。
 わからないのは、たったひとつ。

「なんで、わざわざ私なんかを……」
 特別、仲がよかったわけじゃない。
 ただ、物珍しさでなのか皆川くんから話しかけてきたり、文化祭のような行事があった時は一緒に実行委員をやることがあったり、それくらいの付き合いしかなかった。
「いや、まあ……宮本さんしか思い浮かばなかったというか、宮本さんが、よかったというか」
 なぜか視線を逸らしながら言われた内容はとてもむず痒くて、でも不快じゃない、じんわりとした感触を胸の中に生んだ。
 とにかく変に落ち着かない。どうにかしたくて、無駄にビールを呷ってしまう。
「……どうせ、その三人も皆川くんみたいな雰囲気なんでしょう」
「そ、その通り。鋭いね」
 とりあえずというように呟いた言葉に、皆川くんも乗ってきてくれた。
 彼と似た者同士の集まりなら、会社も「そう」なるのは目に見えている。
「皆川くん昔とあんまりノリ変わってないし、作ろうとしてる会社もきっと、大人になっても子供の心を忘れないように! みたいな雰囲気になるんでしょうね」
「さすがの、分析力」
「私、そういうノリが苦手だってさっき言ったわよね」
 だんだん皆川くんが小さくなっていくように見える。
 変なの。あの頃はどっちかというと私が振り回されていた方なのに、今は逆だ。

「……宮本さん。苦手って言ってるわりに、顔、笑ってますけど」
 思わず言葉を詰まらせてしまった。
 そう、私は少しだけ、楽しいと感じている。皆川くんのにやにや顔を見ればからかわれてもおかしくないから、素直に認めたくなくてうまくごまかそうと思った、のに。
「私も今から遅い青春でもしてみようかなって思っただ、け……」
 何を、口走った? 思わず口元を押さえてももちろん効果はなく、皆川くんも固まっている。
「それ、ってもしかして」
「ちが、違うの。私は別に」

 それ以上、反論を続けられなかった。
 ……もしかして、心のどこかで羨んでいた?
 私は自分で納得したつもりであの学生生活を送っていたけど、その時は気づかなかっただけか、見て見ぬ振りをしていたのか。「くだらないことをやって笑い合いたい」という気持ちが少しあったのかも知れない。
 その時に気づいていれば……いや、それまでの私を考えたらきっと素直に認められなかった。
 私も、しょせんは子供だったんだ。

「ありがとう!」
 いきなり手を握られて、反射的に振りほどこうとしたけどさすが男、全然びくともしない。
「話、受けてくれるってことだろ?」
「ちょ、ちょっと」
「ほんとありがとう! すっげー嬉しい!」
 大げさじゃないだろうかと思いつつも、あの頃を思い出すような満面の笑顔に私も不思議とつられてしまう。
「ほんと、変わらないわね。まだ学生やってるみたいな気持ちになるわ」
 思わず呟いた言葉に、皆川くんはきょとんと私を見つめていたけど……

「宮本さんも変わらないよ。……ああでも、大人っぽくなったというか、きれいになったかな」

 心持ち、距離を詰められた気がする。
 今まで見たことのない、女の子なら誰でも喜びそうな笑みに変えて。
 今まで言われたことのない言葉を、向けられた。
「はは、顔真っ赤だ」
「っば、ばかなこと言ってないで! いい加減この手も放してっ」
 あっさり解放された手を固く握りしめる。
 心臓がやけにうるさいのは、珍しい一面を見せられたせいだ。物珍しくてびっくりしただけ。ほら、今はもうあの頃の皆川くんになってる。私みたいな人間にも話しかけてくるくらい人見知りしなくて、ちょっと人を小馬鹿にしたような、からかい混じりの笑みが似合う顔をしていて……。
「……もう、ほんと宮本さんさぁ……」
 溜め息とともに吐き出された声には、なぜか苛立ちが含まれているように聞こえた。
「な、なに?」
「いや? なんでもないよ。ごめんね」
 また、戻った。いや、かわされた?
 意味がわからない。相変わらず忙しい人だと思う。

「それじゃ、改めまして。宮本さん、よろしくお願いします」

 また、違う笑顔を向けられた。
 経営者としての覚悟を背負った、同い年なのにずっと大人に感じるものだった。

「……よろしく、お願いします」
 またうるさくなった心臓の上を、そっと握りしめた。畳む

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