Short Short Collections

主にTwitterのワンライ企画やお題で書いたショートショートをまとめています。
男女もの・BLもの・その他いろいろごちゃ混ぜです。

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現実を忘れられるなら、今は

#BL小説

創作BL版深夜の60分一本勝負 のお題に挑戦しました。
使用お題は「夜桜」です。

続きを書きました→『夢から少しずつ、現へ』

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 夜風が頬を優しくくすぐり、淡いピンクの花びらを少しずつ散らす。
 また、「ここ」に来てしまった。
 かすかに聞こえてくる、浮かれた声が耳障りで仕方ない。こっちの気も知らずに、なんて無駄な八つ当たりを繰り広げてしまう。
 意味なんてない。何度「ここ」に来ても、失ったものはもどらない。時は巻き戻らない。
 残された側がただ、現実を受け止めきれていないだけで。


「どうも、こんばんは」


 桜の花びらが、ひときわ多く舞い散る。
 その散った先、木の幹に着物姿の男が立っていた。

「こん、ばんは」

 いつの間に? 少なくとも来たときは誰もいなかった。

「今宵も来てくださいましたね。ただ、とても花見を楽しむようなお顔ではありませんが」

 薄桃色の長い髪を揺らして近づいてきたその男は、慈しむような表情をしていた。改めて見ると、とても人間とは思えない容貌をしている。

「あの、今夜も、って」
「私は知っています。あなたも、かつて隣にいた方のことも」

 喉を絞められたような感覚が襲う。足元がふらついて、尻餅をついてしまった。

「……あなた、誰なんですか。なんで、そんなこと」
「信じてもらえないのを承知で告げますが、私はこの桜の木の精です。ですので、あなた方がこの時季を迎えるたび足を運んでくれていたのを知っていました」

 このあたりで一番大きいというわけでもなかった。それでもあの人と見つけたとき、お互いに特別目を奪われた。他に客がいないのを不思議に思ったものだ。
 何年も通ううちに、すっかり二人だけの特別な場所となっていた。
 その桜の、精だって?

「ちょ、っと待って。ほんと、意味が」
「あなた方は毎年、私を愛おしく見守って、時には優しく触れてくださいましたね。そのおかげで私も立派に咲き誇れていたのです」

 記憶がよみがえっていく。必死に蓋をした想いが、にじみ出していく。

「特にあなたは、ただまっすぐに毎年私に会いたいと願ってくれていました。本当に、嬉しかった」

 肩に触れる感触は、あの人よりも、柔らかい。

「このようにお会いするつもりはありませんでした。ですが、心配で。あなたまで、そのお命を失ってしまいそうで、黙って見ていられなくなりました」

 目の裏が熱を帯びていく。あの日、とっくに涙など涸れ果てたと思っていたのに、まだ出し足りないのか。

「……俺なんかがいなくなったって、君には関係ないだろ」
「いいえ、関係ありますとも」

 意外に近くから聞こえた声にゆっくり顔を上げる。
 年齢不詳、皺一つない顔、中性的過ぎて二次元の世界でないと浮いてしまう容姿。
 ああ、確かに彼は人間ではない。

「あなたがいなくなったら、きっと私はすぐさまこの身を枯らしてしまう。会えなくなるなんて、耐えられません」

 肩から細かい震えが伝わってくる。茶色と緑のオッドアイが、今にも涙をこぼしそうに不安定に揺れている。

「……俺がいなくなっても、悲しんでくれる人なんていないって思ってた」

 両親はとうに他界した。特別仲のいい友人はいない。
 あの人が、すべてだった。
 彼が緩く首を振る。

「少なくとも私にとっては、あなたは命の恩人みたいなものです。これからもいてくださらないと、困ります」


『そばにいてくれよ! お前がそばにいてくれないと……俺は、もう、生きていけない』
『お前が俺をこんなにしたんだぞ! 責任、とれよな……!』


 やけくそ気味に、あの人に投げつけた告白とは呼べない言葉の数々を思い出す。
 受け入れてくれたときの、豪快で気持ちのいい笑顔を思い出す。
 まさか立場が入れ替わるとは、人生は本当にわからない。

「今度は私が、あなたを護る番です。護らせてください」

 両手を包み込むように握りながら、まるでプロポーズのように彼は告げる。

「……護るって、君、ここから離れられないんじゃないか」

 変なところで現実的になる癖がここでも出てしまった。

「それは今から考えます。どうにかしますのでご心配なく」
「わ、わかったよ。でも今は大丈夫だから」

 本当に思考を煮詰めそうになっていたので慌てて止める。

「また、会いに来るよ。約束する」

 彼のせっかくの厚意を無駄にするのは気が引けるし、どうせなら非現実に身を置くのも悪くないと思い始めていた。
 現実を普通に生きるのは、まだ、つらい。

「……はい。願わくば、あなたの一時の、拠り所となれますよう」

 向けられた笑みは、どこか寂しそうに見えた。畳む

ワンライ 編集

No.94

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