Short Short Collections

主にTwitterのワンライ企画やお題で書いたショートショートをまとめています。
男女もの・BLもの・その他いろいろごちゃ混ぜです。

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わずかになにかが変わった日

#BL小説

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「一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負」 さんのお題に挑戦しました。
使用お題は『ターニングポイント』『エイプリルフール』です。

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「なあ、付き合ってみねえ?」
 いつもの学校の帰り道、まるで世間話のように切り出した俺に、隣を歩く幼なじみは一瞬動きを止めた。
「……どこに?」
「場所じゃねえって」
 口元を引き結んで真剣に見上げる俺の姿に、さすがに意味を理解したらしい。それでも視線は戸惑ったように四方をさまよう。
「……ああ、そういえば今日ってエイプリルフールだったな。くだらねーこと言うなって」
 軽く笑い飛ばして、無理やりでも冗談ですませようとしている。
 ある程度予想はしていた。ショックはあれど、表には出さない。
 だから――強気に出てみるしかないと思った。

 腕を組んでみる。
「っお、おい」
 そのまま恋人繋ぎをしてみる。
「ま、待て。離せって」
 並んで立つと、俺の頭の位置がちょうど彼の肩口に来るから、寄り添ってみる。
「や、やめろってば!」
 力づくで距離を作った彼の顔は、引くというより戸惑いだけで満たされていた。

 赤い顔が可愛いと思えてしまった時点で、抱きしめてキスまでしたいと願ってしまった時点で、やっぱり俺はこいつのことを……。
 いつからだ? 記憶を高速で巻き戻してもわからない。
 気づけばこの目は、女子ではなく彼だけを追っていたのだから。

「な、なあ」
 気まずい空気にとりあえず割り込んだのは、彼だった。
「その、もっかい確認するけど……エイプリルフールは、関係ないんだよな?」
 一語一語、噛みしめるように問いかけてくる。そういえばこいつは、根はとても真面目な性格だった。
「……うん」
 目を微妙にそらして頷く。今になって急に怖じ気づいてきてしまった。
 でも、ここまで行動しておいて黙ったままもずるいだけだ。もう一度、勇気を振り絞らないといけない。

「お前を見る目が、気づいたら変化してて」
「本当に、そういう目で見てるのかどうか、確かめたくて」
「勢いだけで、あんなこと言って、手繋いだりした」

 また目をそらしたい臆病さを何度も押し込んで、まっすぐに視線を向けてくる彼を捉え続けながら白状する。改めて考えれば、俺自身のために気持ちをまるっきり無視して利用したようなものだ。怒られても何も言えない。

「で、どうだったんだよ」
「……え?」
「だから、結果だよ。そういう目で見てたって、確定なのか?」
 予想もしなかった展開に頭が追いつかない。どう答えればいいのか戸惑っていると、突然彼は背中を向けてしまった。
「お、おい?」
「言えないなら、俺もなにも教えてやーんない」
「ちょ、ちょっと待てって。教えるってなにを? どういうことだよ?」

 俺をわずかに振り返った幼なじみの目は、どこか柔らかく見えた。畳む

ワンライ 編集

偽りからの卒業

#BL小説

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「深夜の真剣文字書き60分一本勝負」さんのお題に挑戦しました。
お題は『卒業』です。主人公のモノローグオンリーです。

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 卒業するんだ。

 恐怖はある。肩まで伸びた、軽くくせのある髪を切るためのはさみは、握る手の震えを受けて役目を果たせそうにない。
 悪いのはすべて自分。笑顔を向けてくれて、ときには二人きりで遊びにも誘ってくれた彼をずっと騙して、でも本当の自分をさらけ出せずにここまで来てしまった。

『君のこと、ずっと好きだった』

 告白してくれたのに、逃げてごめんなさい。
 変わらずバイト先に来てくれて、何もなかったように振る舞わせてしまってごめんなさい。

 本当は好きだと、付き合って欲しいと言いたい。
 でもきっと失望する。冷たい視線を向けられて、捨て台詞のひとつでも吐かれて目の前から立ち去ってしまうだろう。
 胸が締め付けられる。今までのツケが回ってきただけなのに苦しいなんて、自分でもいやになる。

 気づけば、向かいにある顔が醜くゆがんで揺らめいていた。
 馬鹿としか言えない。みっともなく泣くくらいならさっさとやめて、本当の自分で勝負すればよかったんだ。諦めろと言い聞かせてもできなくて、なのに向けられる好意に甘え続けた結果が「これ」だ、自業自得にほかならない。

 はさみを、改めて握りしめる。
 目元を荒々しくこすって、弱さの象徴を見つめる。

 彼が好きなのは、都合のいい夢を見続けた偽の自分。
 自分が好きなのは、常に本当を見せてくれた彼。
 フェアじゃないままの恋ほど、虚しいものはない。

 髪を空いた手でつかみ、刃を当てる。
 しゃくり、しゃくり、音をたてるたびに、影に隠れていた、情けなくもがいていた自分が暴かれていく。

「はは、なんか……あっけない」

 スマートフォンを手にとって、履歴の一番上にある彼の番号をタップする。呼び出し音がこんなに怖いと思ったことはなかった。

『も、もしもし?』
「こんにちは。……あの、今って時間、あります? その、話がしたくて」
『も、もちろん! じゃあ、場所は……』
「あの喫茶店でいいなら、そこで」
『オッケー! じゃあ、またあとで!』

 いつもより声が低いって、不思議に思わなかったかな。
 女言葉も使ってなかったけど、気づいてたかな。
 苦笑が漏れる。あのテンションじゃ、絶対気づいていない。安心すればいいのか、がっかりすればいいのか、自分もわからなかった。

「それじゃ、行きますかね。……オレ」畳む

ワンライ 編集

さあ、賭けを始めよう

#BL小説

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「好きなヤツを振り向かせるってほんとムズいんだよ」
「まあ、そこは否定しねーよ。ってか、まさか恋愛相談だとは思わなかった……」
「苦手なのにごめんて。お前しか頼れなくってさ」
 夕暮れ時の教室で、幼なじみでもあり親友でもある彼と二人、顔を付き合わせて語る。かすかに聞こえる蝉の鳴き声が、ただでさえ不安定な決意をさらに鈍らせにかかってきて鬱陶しい。
 居残りに誘った時、最初は面倒そうな顔をしておきながらもこうして承諾してくれたコイツが実は優しい性格だと知っている人は数少ない。柔和とは言いがたい表情が癖のようになっているから、普通の人間はあまり寄りつかない。
「で? その好きなヤツとやらはどんなヤツで、どんだけ好きなんだ?」
「……先に長さを言うと、ずっとだ」
「ずいぶんふわっとしてんな」
「ここに、入学する前から」
 予想外だというように、少し切れ長の目が大きくなる。わりと珍しい表情だ。自分が落ち着きのない性格のせいか彼はいわゆるストッパー役に回ることが多く、おかげで冷静さを身に付けられたと語っていたのを思い出す。
 それでも、まだ崩すことはできたらしい。
「それって、もしかして中学も同じってことかよ?」
「当たり」
「……ほーう」
 彼がわずかに身を詰めてきた。顔の右半分を照らしている夕日の効果で、片目だけが無駄に輝いているように映る。
「お前にそんな相手がいるなんて知らなかったわ。もしかして小学校もだったり?」
「だとしたらどうする?」
「どうするもこうするも……つーか、もしかして俺が知ってるヤツだったりすんのか?」
「どう……かな」
 咄嗟に濁してしまう。白黒つけたがる親友には逆効果だと悟っても後の祭り、整った眉がわずかに寄っていた。
「お前さ、どうかなってことはないだろ。付き合い長いんだから下手なごまかしは通用しねーぞ」
「だよな。長いんだよな、オレ達」
 初めて互いを認識したのは幼稚園児の時だった。母親同士も仲のいい幼なじみだったこともあり、自然と二人で過ごす時間が増えていった。性格は似ているどころか対極に近いのにやけに気が合って、何よりとても楽しくて、心地よくて、気づけば離れられなくなっていた。
 その親友はますます不可解といった顔をしている。
「……俺、一応お前に、相談に乗って欲しいって言われたからわざわざ残ってんだけど」
 ――わかってる。お前の言いたいことはわかってるよ。
 けれど、いざ本番を迎えたらこの足は一歩を踏み出しかけて震えている。心の葛藤がそのまま出てしまっている。ここまでへっぴり腰だとは、ひたすら情けない。
「……それなら俺、もう帰っていいか?」
 言うが早いか、親友は深いため息をつきながら立ち上がった。慌てて腕を掴んで引き留める。
 ――ダメだ、ダメだ。
 そうだ、迷っている暇なんてない。はじめの一歩を出した瞬間から、立ち止まる選択肢は残されていなかった。
「何だよ、やっと白状する気になったのか?」
 一体何を渋っているのか全然わからない。
 真実を知らない親友の無言の訴えに苦笑したくなる。
「……幼稚園からの、付き合いなんだ。そいつは」
 顔まで見る勇気はなかった。喉が震えてうまく声が出そうにない。
「俺もそれくらいの付き合いだけど、そんな女いたっけか?」
「ちょっと素直じゃなくて、憎まれ口つい叩くようなところがあるけど、面倒見がよくて。いつもオレ、甘えちゃうんだ」
 親友の言葉が止んだ。勘が鋭いから気づいたのかも知れない。それでも懸命に否定のための材料をかき集めている、そんなところだろう。
 顔が見られないなどと言っている暇も、もうない。気力を振り絞って、頭を持ち上げる。

 ――本当の本番は、ここからだ。

「……わかるだろ?」
 格好つけてもやっぱり目を逸らしたいし、答えを聞かずにこの空気ごと放り投げて、すべてを振り出しに戻したくもなる。
 できるわけがなかった。苦痛が続く階段を上りたくなくて、出口へ向かいたくて、仕掛けたのだから。
「嘘、だろ。……まさか」
 驚愕と不信と戸惑いの混じったような、ごちゃごちゃな双眸が自分を捕らえる。
 急激に喉が渇いてきた。熱が出ていると錯覚しそうなほど、顔から汗が吹き出ているのがわかる。
「吉田先生、だったなんて」
 瞬きを五回ほど繰り返したところで我に返った。
 小学生時代の担任のわけがあるか。というか本気で言っているのかコイツは? わざとなのが見え見えだ!

「っざ、けんな……!」

 親友が短い悲鳴をあげながら窓際までよろめき、背中を預ける体勢になった。すぐさま両腕を親友の両端に固定する。
 ――逃がさない。ここまで来たら、逃がしてなどやらない!
「お、おい! 外から見えるだろ、落ち着けよ」
「本当はわかってるくせに!」
 薄い唇を固く引き結んで、水面のように揺れる視線をこちらに向けて来る。ここまで狼狽するなんて、予測不可能な展開に弱いのは相変わらずだ。
 見慣れているはずなのに、状況を忘れてつい可愛いなんて思ってしまう自分に嫌気が差す。

「お前……本気、なのかよ」
「冗談で、こんな真似できるわけないだろ」
 唇に一瞬、触れる。呆然とこちらを見返す親友にもう一度触れたくなるが、堪える。

「オレが好きなのは……お前だ」

サイはもう投げられた。
オレが勝つか、お前が逃げ切るか。
賭けは始まっているんだ。畳む

その他SS 編集

文字書き60分一本勝負SS・週に一度の楽しみ

#BL小説

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「深夜の真剣文字書き60分一本勝負」さんのお題に挑戦しました。
大学生と猫カフェ店長のお話。勢い任せすぎな内容ですw

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「ミーアちゃんにも……店長にも、会いに来てるって言ったら」
「……え?」
 この口め、バカか。
 言うつもりなんてなかったのに、つい、滑ってしまった。
 あなたがあまりにも可愛い顔して、飛び上がるほど嬉しいことを言ってくるから。
 でも、せめてここで止めないと。


 可愛い動物が好きそうな外見はしていない。我ながら悲しい自己分析だと思う。
 それでも、週に一度の動物カフェめぐりはオレにとっての最高の癒やしでありやめられない趣味で、その最中にオレはある店長と出会った。
「君、猫好きなんだ! 嬉しいな〜」
「猫っていうか可愛い動物が、ですけど……でも、男一人でこういうとこって気持ち悪くないすかね?」
「なんで、そんなこと全然ないよ! 少なくとも僕は新しい仲間ができたみたいですごく嬉しいよ」
 自分より背の低い年上の彼はそう見えないほわんとした笑顔で、一人きりのゴツめな男性客で若干遠巻きに見られていたオレに話しかけてきてくれた。

 驚くほどあっけなく、恋に落ちた。

 週末限定で「出勤」するというメス猫のミーアちゃん――黒白で結構人懐こい。オレにもずいぶん心を許してくれるようになった。と思う――目当てという口実で、週一の逢瀬を楽しんでいた。

「ほんとにいいの? 片付け手伝ってもらっちゃって」
「いいんですよ。オレも猫ちゃん達とまだいれるの嬉しいですから」
 逢瀬も三ヶ月目に突入すると、ただの客と店長の間柄ではなくなっていた。互いに一週間何があったかを報告しあってから好きな動物の話へと移る、という流れがすっかり定着している。オレも同士の仲間が増えた。
 店長の、熱のこもった大好きなもの話に付き合っていたらあっという間に閉店時間を迎えたので、どさくさついでに居座っている。オレとしてはむしろ喜ばしい状況だった。
「正直、手伝ってくれて助かるよ〜。ほら、お客さん増えてきたでしょ? だからだんだん一人じゃさばききれなくなってきてね」
 それなら、バイトでも申し出てみようか。特に募集はしてないなと思ってはいたけど、今の話を聞いたら雇ってくれそうな気がする。この特別な時間を、週一だけにしたくない。


 瞬間、店の扉にぶら下がっている鈴の音がした。
「あ、今日はもう閉店――」
 店長の声が止まった。不思議に思って見やると、今まで見たことのないような強ばった表情をしていた。
「お前の姿を見かけた気がしたけど……マジで当たってたのか」
 スーツ姿の男は吐き捨てるように言った。反射的に男と店長の間に立つと、鋭い眼光を送られた。
「誰だお前」
「バイトです。アンタこそなんです、いきなり」
 この場に猫ちゃん達がいなくてよかった。勘だけど、こいつは躊躇なく蹴り飛ばしそうな雰囲気をしている。
「ここ、猫カフェだって? よく動物まみれの店でバイトできんな」
「……それなら、今すぐお帰りください。なんの得もないでしょう」
「それだけじゃねえよ。後ろで震えてるあいつ、男が好きなんだぜ? どうすんの、狙われちゃうよ?」
 後ろで息を吸う音が聞こえた。
 オレも驚いた。それは否定しない。でも気持ち悪いなんて感想はもちろんなかった。オレは店長という人を好きになったし、男でも女でもきっと関係なかった。

「大丈夫ですよ」
 振り返って、怯えている店長の手をそっと握る。震えた声で、それでも安堵したように名前を呼ぶ店長をさらに抱きしめて安心させたかったけど、先にアイツを何とかしないといけない。
「はは、お前もそいつにやられちまったのかよ。どうせ一時的な気の迷いだったって後悔するだけだぜ!」
「いいから、とっとと出てけ」
 身長の高さとゴツめの見た目がこんな形で役に立つとは思わなかった。
 そそくさと背中を向けた男が完全に視界から消えるのを待ってから、改めて店長を振り返る。とりあえず近くの席に座るよう促して、震える背中を撫でてやった。
 ややして、萎れた花のような笑顔が向けられる。
「……ごめん、ありがとう。今日は、君に助けられてばっかだね」
「いえ、気にしないでください。店長こそ大丈夫ですか?」
 アイツは、店長が大学生時代に付き合っていた相手らしい。
 今思うと、動物嫌いでイライラが募ると暴力を振るうような男にどうして惹かれたのかわからないと、店長は苦笑しながらこぼした。
「向こうの方から別れてくれって言われた時はほっとしたよ。やっと興味をなくしてくれたって……彼と付き合ってる間は、怖くて動物も飼えなかったんだ」

 思わず、店長を抱きしめていた。こんな重い話をしている時にある意味拷問じゃないかと、すぐ我に返って身を引こうとしたのに、できなかった。
「君の腕の中、すごく安心する……君がいてくれて、本当によかったよ」
 今度は、驚きのあまり固まってしまった。慌てたように店長が抱擁を解いても、身体も頭も動かない。
「ご、ごめん! 気持ち悪いこと言っちゃったね!」
 違う。オレが言いたいのは、そんな期待をもたせるようなことを言っていいのかって――

「……オレが、週一でここに来てるの」
 口が勝手に動いてしまう。
「ミーアちゃんにも……店長にも、会いに来てるって言ったら」
「……え?」

 そう、ここで止めないとだめだ。店長にも申し訳ない。純粋に助けてくれてありがとう、という感謝の気持ちなだけのはずなのに。
「す、すみません! なんでもないです、忘れてください。えっと、そろそろ帰りますね」
 どうしていいかわからないオレが取れる行動は最低にも「逃げる」だけだった。これ以上ここにいたらどんなうっかりをしでかすかわからない。多分もっと店長を傷つけてしまう。

「待って」

 凛とした声と、腕をつかむ震えた手に、足を止められた。
 でも振り返れなかった。まるで叱られた犬のような心境だ。
 伝わってくる震えが、一層強くなる。

「……僕が、ミーアと一緒に、君を待ってたって、言ったら」

 訊き返すのは、今度はオレの番だった。
 見下ろした先の店長は、見間違えようのない赤い顔をしていた。畳む

ワンライ 編集

文字書き60分一本勝負SS・腐れ縁

#BL小説

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「深夜の真剣文字書き60分一本勝負」さんのお題に挑戦しました。
BL要素ありです。

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 本当に予期していなかった、最悪で切ない再会だった。

 大学の講義を終えて、借りているアパートの最寄り駅を出た瞬間だった。
 思いもよらない方向に腕を引っ張られ、為すすべもなく駅の構内に戻される。必死に抵抗しても捕まれたそこは全く振りほどけず、そのまま男子トイレの個室に連れ込まれた。
 背中を向けているせいで顔はわからない。だが男だというのだけは広い背中と短い髪型でわかった。

「お前なにを、っ!」
 続きは紡げなかった。手のひらで思いきり口を塞がれてしまったからだ。
 こみ上げる怒りのままに目線を持ち上げる。そして――そのまま、固まってしまった。
「……俺が誰だか、わかったみたいだな」

 低く通る声で、否定できなくなった。身体が小刻みに震え始める。
 嘘だ。ありえない。
 でも、現実は容赦なく事実を突きつけてくる。
「お前のこと、ずいぶん探したんだぞ」

『俺、お前のことが好きなんだ。ずっと、好きだった』
 高校三年になりたての時だった。
 同じクラスになってから少し仲良くなった彼から、帰り道の途中でいきなりそんなことを言われた。

『……え?』
『ごめん、いきなり。でも、もうごまかしておけなくて』
 泣きそうに瞳を揺らしている彼を見て、冗談だろうと笑う真似はできなかった。

 彼は、自分のことを小学生の頃から知っていたらしい。
 同じクラスにもなったことがなければもちろん遊んだこともない。部活やクラブが一緒でもなかった。それでもなんとなく気になる存在だったらしい。
 それが恋愛感情に変わったのは、中学二年の時。

 たまたま見かけた、放課後の教室で友人達と「誰々が好きかどうか」話をしていた自分の恥ずかしそうな顔に、女の子に向けるような可愛さを覚えたことがきっかけらしい。
『じゃ、じゃあ、おれと一緒の高校受けたのも……?』
『お前と仲いいヤツがたまたま俺と仲良かったから、聞いた』
『うそ、だろ……』

 そう呟くしかできなかった。そんな前から好きだったと、しかも同性に言われても何とも返せなかった。
『気持ち悪いならそう言ってくれて構わない。明日から近づかないようにする』
 そう答えた彼は悲痛で埋め尽くされていて、とても否定的な言葉は言えなかった。

『そ、んなことは……ないよ』
「同情心」――ほぼ、それが働いた結果だと思う。正直なところ、嫌いではなくむしろいい奴という印象を抱いてさえいたのだ。
『好き、かどうかはわかんない、というか。ほら、おれ達知り合ったばっかっていうか』

 何を言っているんだろうという思いはあった。彼も呆然としていたから、同じ思いだったのかも知れない。
 それでもこの口は、まるで機械のように続きを紡いでいく。
『だから、とりあえずベタに友達から、ってことでどう? おれも、お前のことちゃんと知りたいし』

 今思えば、あの告白の言葉には、悪者になりたくないという感情も働いていたのだろう。
 最低だ。彼は本気でぶつかってきてくれたのに、自分は逃げただけだった。卒業するまでの残りの時間を、「仲良しの友人」として過ごした事実が立派な証明だ。

 多分彼もうすうすは気づいていたはず。それでも何も言わずに付き合ってくれていた。互いが大学生になっても、この微妙に歪んだ関係を続けてくれるはずだったと思う。

 けれど、逃げた。
 彼に何も言わず、黙って逃げた。
 最低の別れ方をしたのだ。
 なのに。なのに!

「なんで、探すんだよ……」
 震える手で押さえつけられていた彼の手を外し、力なく俯く。
「普通、もう顔見たくないとか思うだろ。中途半端な関係さんざん続けた奴の顔なんか、見たくないって」
「中途半端って思ったことはなかった」

 真ん中で分かれた前髪から覗く瞳は、まっすぐに自分を捉えていた。
「むしろ嬉しかったよ。ずっときっかけが掴めなくて話すらできなかったから、普通に話ができるのも遊ぶのも、本当に嬉しかった」
 どこまでいい奴なのだろう。お人好しレベルじゃないのか。

「改めて俺はお前が好きなんだって思えたし、たとえお前がそういう目で見れないって言ってきても、多分捨てられないかもなとも思ったし、今でも思ってる」
 柔らかい笑みを向けられて、ますます心は痛くなる。意気地ない自分が惨めで、みっともなく泣いてしまいたくなる。

 そう、彼は純粋なのだ。呆れるほどまっすぐに、好きな気持ちを向けてくれている。
 ――夏を過ぎたあたりからだろうか。少しずつ、その想いが嫌ではないかもと感じ始めていた自分がいた。
 戸惑った。あくまで友人として、と言い聞かせようともした。

 けれど、それらをするりとすり抜けて、真実へたどり着こうとしていた。
 ――怖くなった。未体験のことを無理やりねじ込まれたような感覚を覚えて、心の底に強固な鍵をかけてしまった。
 それが、この結果だ。彼には何も言わずに、地元から離れた大学を受験した。
 あの一年間をなかったことにしようとしたのだ。

「ごめん……おれ、逃げて、ほんと、ごめん……」
 謝って済む話ではないと思っても、言わずにはいられなかった。
 楽になりたいわけではない。ひどい傷つけ方をしてしまった彼に、ただ謝りたかった。許してもらえなくても、かまわなかった。

「なあ」
 声をかけられて、いつの間にか再び俯いていた顔をゆっくり持ち上げる。
 頬に手を添えられて、身体が小さく震える。触れ方があまりにも優しくて、驚いてしまった。

「お前は、俺のこと嫌いか?」
 素直に、首が左右に動く。
「じゃあ、俺と同じ意味で好き?」
 首は、横にも縦にも振れなかった。
「わからないってことは、少しは期待しても……いいんだ?」

 言葉は、見つからなかった。
 ただ、泣きそうに笑った彼の笑顔が、とても愛おしいと思った。畳む

ワンライ 編集

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