Short Short Collections
主にTwitterのワンライ企画やお題で書いたショートショートをまとめています。
男女もの・BLもの・その他いろいろごちゃ混ぜです。
2023年10月30日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
2023年10月7日 この範囲を時系列順で読む この範囲をファイルに出力する
【300字SS】希望の防波堤
#CPなし毎月300字小説企画 のお題に挑戦しました。お題は「つなぐ」です。
続きを表示します
-------
「散々にやられたようだな」
宿屋に併設の酒場までようやく辿り着くと、出入口近くの二人席で一人飲んでいた男に声をかけられた。
「一人、か。仲間を失ったか」
物理的にも精神的にも、支柱だったものが消えた。つながりが、跡形もなくなった。
「……おっさん、何者?」
震えそうな全身を誤魔化すためでも、不信感ゆえでもあった。
男は無言で、グラスを傾けた。
ため息をついて、足を進める。ヤケ酒は止めだ。
「まだ、使命を果たすつもりか」
初めて、男の顔をまじまじと見つめた。
記憶の隅に引っかかる、印象的な緑の双眸は薄く濁っている。
まさか、この人は。
「歴代の勇者の悲願もある。諦めるわけにはいかない」
返ってくるものは、何もなかった。畳む
2023年10月[2件]
Powered by てがろぐ Ver 4.2.0.
template by do.
夢から少しずつ、現へ
#BL小説スマホアプリ「書く習慣」のお題:桜散る で書きました。
以前書いた『現実を忘れられるなら、今は』の続きみたいなものです。
-------
覚悟を決めていつもの桜の木を訪れる。
遠目からでも薄桃色の花たちはすっかり跡形もなくなり、代わりに葉が若々しい緑色をまとっているのがわかる。
だが、恐れていた光景はなかった。
「こんにちは。私の言った通り、消えなかったでしょう?」
「あれ、君……いつもの、君?」
「はい。ただ、歳を少し遡っておりますが」
つまり若返ったということらしい。
最愛の恋人を、春を迎えたと同時に失った。
胸に深く暗い穴をつくったまま、俺はいつも恋人と訪れていた一本の桜の木に、縋るように毎日足を運んだ。
人目を避けるようにひっそりと、けれど確かな存在感で生えているこの木を、俺たちは毎年見守っていた。
その想いがきっかけだと、「彼」は言った。
桜の木の精だと名乗り、突然目の前に現れた「彼」。
『このようにお会いするつもりはありませんでした。ですが、心配で。あなたまで、そのお命を失ってしまいそうで、黙って見ていられなくなりました』
夢としか思えなかったが、このときはそれでもかまわないと、彼の存在をとりあえず受け入れた。
そうでもしないと――恋人がいないという現実に、耐えられなかったから。
今は、違う。
彼の包み込むような優しさと雰囲気に、空いたままの穴が少しずつ小さくなっていくのを、確かに感じていた。
だから、怖かった。
桜が散ってしまったら、彼の姿は消えてしまうのではないかと。
二度と、会えなくなってしまうのではないかと。
「先日も申しました通り、私たちは新緑の時季を迎えるとこのように若い姿となります」
「じゃあ、あの薄ピンクで長い髪の状態は二週間くらいしか続かないんだ?」
彼はひとつ頷く。耳のあたりまで短くなった、絹を思わせるような白髪がさらりと頬を滑る。
「そうか、って納得するしかできないけど」
俺と同じ人間ではないから、疑う余地も当然ない。面白いなと感じるほどには余裕はできた。
「姿は見えなくとも、毎年あなた方にお会いしていましたから消えることはありませんよ」
少し笑って彼は告げる。そうだとしてもやっぱり、この目で確認するまでは心配で仕方なかったのだ。
「……でも、完全に枯れたら、会えなくなるよね?」
木に触れながら、気になっていた疑問を口にする。
この桜の木は彼そのもの。
今はまだ、大丈夫だと信じられる。太陽の光を存分に浴びている葉はどれも生き生きとして、生命力に満ちているのが素人目でもわかる。
それでも、いつまで無事かはわからない。
――突然この世を去った、恋人のように。
「ご心配なく。あなたがこうして足を運んでくださる限り、私は生き続けておりますとも」
隣に立った彼は、優しく頭を撫でてくれた。まるで子どもにするような手つきなのに、反抗する気になれない。
「私に会えなくなると、そんなに寂しいですか?」
「そ、それは……まあ」
「そうですか。……ありがとうございます。私もあなたに会えなくなるのは、たまらなく苦しく、悲痛で、耐えられないでしょう」
ほとんど変わらない位置にある茶と緑のオッドアイが、長い睫毛の裏に隠れた。
どくりと、覚えのある高鳴りが身体を震わせる。
いや、これは彼があまりにも美しすぎるゆえだ。人ならざる者の優美さにまだ慣れていないせいだ。
「俺も、大丈夫だよ。簡単に死んだりしたら、あの世であいつに怒られそうだし。今はそう思うよ」
視線を持ち上げた彼は、心から嬉しそうに微笑んだ。
喉の奥が、変に苦しい。
ふと、足元に影ができた。疑問に思うと同時に、全身を優しい感触で包まれる。
「本当に大丈夫ですか? お辛そうですが」
どうやら彼に抱きしめられているらしい。誰かに見られたらという焦燥感は確かにあるのに、ほのかに伝わってくる熱が不思議と上書きしてしまう。
「ご、ごめん気を遣わせたね。本当に大丈夫だから」
落ち着いたら落ち着いたで、心音が思い出したように早鐘を刻み始める。彼に知られたくなくて、なるべくゆっくりと身体を離した。
「なら、よろしいのですが……。遠慮なさらず、私に寄りかかってくださいね。あなたの苦しみは、私の苦しみですから」
向けられた微笑みがどこか眩しいのは、若返った容姿のせいだろうか。
頬を撫でる風がやけに涼しく感じるのは、全身がほんのり熱いからだろうか。
「……あんまり献身的すぎるのも、困りものだな」
思った以上に小さい声だったようで、彼の耳には届いていなかった。
よかった。きっと、彼をただ困惑させてしまうだけだから。畳む