星空と虹の橋の小説を掲載しています。
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No.148
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創作BL版深夜の60分一本勝負 のお題に挑戦しました。使用お題は「香り」です。
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「ねえ、その匂い……」
ずっと気になっていた彼の、隣の席が空いていた。突き動かされるままに腰掛け、授業が終わった瞬間に口を開く。
「え、なに?」
彼ははっきりとした戸惑いを返してきた。
「あの、その匂いはどこで?」
眉間の皺が強まっていく。若干引いてもいるような……。
――急に、全身の熱が冷めていく。我に返るとはこういうことかと変に納得しながら席を立つ。
「ご、ごめんなさい急に。知り合いが好きな香水の香りに似ててつい。失礼しました」
逃げられなかった。彼に腕を掴まれてしまったのだ。
「あ、あの。離して」
「待てって。思い出したんだよ」
不審や怪訝さにまみれていた表情から一変して、笑みを浮かべている。
「ち、ちょっと!?」
抵抗できない力で引っ張られるまま講堂をあとにして、人気のない空き教室に連れて行かれる。
「あんた、俺のダチと付き合ってた奴だろ」
こういうとき、うまい言い訳がすぐ出てくる人を本当に尊敬する。意味もなく顔をそらすしかできない。
「もう使わないからって余ったのをもらったんだけど、確かあんた、この香り好きだったんだっけ? あいつが言ってたよ」
好きだった。
いつも優しくて、自分の世界を広げてくれた彼にふさわしい香りだったから。
好きな彼が纏っていたからこそ、簡単に忘れられないほどに、好きだった。
彼の友達はようやく腕を解放してくれたが、出入口を塞ぐように扉に寄りかかった。どこか気持ち悪い笑みは変わらず、刻まれている。
「男と付き合うことになったって言われたときはびっくりしたなー。でも結局、うまくいかなかったみたいだけど」
「……やめて」
あの日の記憶がじんわりと頭を支配して、固く目を閉じる。
一時でも付き合えただけ幸せだった、期間限定でも神様が与えてくれた奇跡だった、そんなことを懸命に自らに刷り込む日々だった。やっと、やっと少し前を向けるようになってきたのに、こうやってまた、無駄にするのか。
「いいんだ、彼は男を好きになったのは初めてだって言ってたし、やっぱり女の人のほうが好きだってなってもおかしくないし。僕みたいに男しか好きになれないってやっぱり珍しいし」
いくら世の中が変化していっても人の嗜好は関係ない。だから彼を恨む気なんてさらさらないし、早く過去として受け入れないといけない。
「まあ、そうだな」
声が近くで聞こえて顔を上げると、彼の友達に見下ろされていた。あの人より背が高いから? 変な威圧感がある。
「でも、俺は正直興味あるんだよね」
「きょう、み?」
「そ。男を好きになるってどういう感じなのかなって」
心の隅にあった嫌な予感が成長していく。
「ねえ、俺に試させてくんない? 同性の恋人がどういうのか」
「な、にをばかなこと」
「いいじゃん。あんたも俺を利用すれば? 次の男が見つかるまでのつなぎでも構わないよ」
「つ、つなぎって! そういういい加減な理由なんて無理だよ!」
「無理かどうかはやってみないとわからないって」
キスは突然だった。振り払う暇もなく離れて、目の前の唇は憎たらしく満足そうに持ち上がる。
「少なくとも、俺は今全然気持ち悪くなかったぜ。あんたが可愛い顔してるからかもしれねえけど」
無意識に、頬をはたいていた。
「信じられない……きみ、絶対遊び人だろ」
「へえ、意外に気の強いとこもあんだ」
彼の友達は確かに驚いていたが、効果がまったくないのは明らかだった。
「遊び人だなんてとんでもない。俺って意外と一途よ? まだそういう相手が見つからないってだけ」
「物は言い様って言葉知ってる?」
「恋愛は一度きりってわけでもないだろ」
だめだ、口ではとても勝てそうにない。
どうしてあのとき、声なんてかけてしまったんだ。死ぬほど後悔しても遅いのに!
「……彼の香水、僕に渡してよ。君に持っててもらいたくない」
これ以上、彼との思い出を穢されたくない。
「いやだね」
「君が持ってたって意味ないだろ」
「意味はあるさ。俺が新しい恋人になるかもしれないだろ?」
「ない、絶対ない!」
視界が歪んできた。こんなに憎たらしく、悔しい思いをしたのは初めてだ。こんなやつと友達な彼にもなぜか腹立たしくなってくる。
「いいじゃんいいじゃん。あんた結構表情豊かなんだな。ずっと大人しい性格なんだと思ってたよ」
元々目立たない性格だと言いたかったけれど、もうどうでもいい。今はとにかくこいつをどうにかして、香水も手に入れないといけない。
「わかった。じゃああんたは俺から香水を奪うことを目標に、俺と付き合ってみなよ」
間抜けな問い返しをしてしまった。
「ていうか、そうでもしないとお試し付き合いしてもらえなさそうだし。どう?」
好きでもない人と、たとえお試しでも恋人同士になるなんて嫌だ、ほんとうに嫌だけれど……彼との大事な思い出を、守るためなら。
まるで悪魔に魂を売るような気持ちで、両手を固く、固く握りしめながらも、しっかり彼の友達を睨み、頷いた。
「よし。契約成立だな。……覚悟しとけよ?」
#ワンライ