🗐 ショートショートまとめ |星空と虹の橋

ワンドロやお題などで書いたSSまとめです

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穏やかに、確実に、時は流れゆく
#[BL小説]

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深夜の真剣物書き120分一本勝負 のお題に挑戦しました。
お題は「③感無量」を使いました。
以前書いた「息抜きの場所は恋人の隣だけ」 の設定を使っていますが、雰囲気はちょっと違ってます。

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「所長。これ、頼まれてた資料です」
「お、ありがとー。ちょうどいいからちょっと休憩しようか。ほら、梓くんも」
「……わかりました。じゃあ、せっかくなんでお茶請け買ってきますよ」
 彼女がそう言い出すときは「自分が食べたいものがある」という証拠なのだが、突っ込む者はいない。止めても無駄というより、だいたい素晴らしいチョイスをしているからという理由が大きい。
 かすかな鼻歌をこぼしながら扉をくぐって行った梓を見送ると、牛乳だけを混ぜたコーヒーを応接に使うテーブルに置く。待ってましたとばかりに所長が隣に腰掛けた。
「……うん、おいしい~。すっかり僕好みの味になったね」
「そりゃほぼ毎日淹れてますからね」
「仕事もすっかり手慣れて」
「入社して一年経ちますからね。もちろん、まだまだ勉強不足ですけど」
 すると、なぜか微妙な顔つきになっていた。拗ねているかと思ったが、断言できる自信がない。
「……なんですか? その気持ち悪い顔」
 だから、こう言うしかできなかった。
「ひどっ! 仮にも上司に向かって!」
 しかし、なぜかにんまりとした笑顔に変わった。
「あぁ、でも生意気なところは変わらないよねぇ。ここに来たばっかりの頃を思い出すよ」
「所長だって、失礼ですよ」
 ますます笑みは深まるばかり。
「僕、昇(のぼる)くんのそういうところ結構好きなんだよね。なんか、裏表なくて微笑ましい」
「んなっ!」
 くそ、乱された。この人のぶっこみ方、いつもタイミングが読めなくて嫌いだ。
 どう返すべきかと必死に思考を回していると、肩を引き寄せられた。反射的に視線を向けた先には、やっぱり幸せそうな所長の顔が待ち構えていた。
「ちょ、ちょっと。仕事中ですし梓さん帰ったんじゃないですよ、買い出しですよ、そろそろ戻ってきますって」
「大丈夫だって。梓くんは僕たちの関係知ってるし」
 そうだとしても、実際見られたらたまったもんじゃない!
 ……訴えたところで言うことを聞いてくれないのも、悲しいかな一年の付き合いで学んだことだった。
「……だ、だったら。せめてこれ、やめてくれません?」
 頭を優しく撫で続けている手のひらを指差すも、可愛くないぶりっこ声で拒否された。
「君がここに来てからの日々を思い返してしみじみしてるんだもの、無理無理」
 声が甘くて柔らかくて、反論したいのにできない。なんだかんだで、こういう時に感情を誤魔化さないでくれるところが自分も好きだったりする。
 梓が戻らないことを祈りつつ、ぎこちない動きで身体を寄せていく。左側から伝わってくる、徐々に馴染みつつある熱が心地いい。
 始めの頃は反発ばかりして、人間としても新人としてもまるで駄目な人間だったのに、よくクビにされなかったどころか恋人関係にまでなるなんて、本当人生はどう転ぶかわからない。
 今でも単なる気まぐれなのでは、と不安になることもあるけれど……不思議と、このひとの隣にいるとネガティブな感情はたちまち消えてしまうのだ。
「あ、昇くんなんだか可愛い顔してる」
 頭を撫でていた手で顎を掬われた。訊き返す暇をもらえなかった原因は、唇を覆う柔らかい感触のせい。
「あー、そんな反応されると止まらなくなっちゃうなぁ。もっとしていい?」
「っだ、だめに決まってるでしょ! このエロ所長いいかげんに……!」

 コンコン。
 ごほんごほんっ。

 犯人、いや、救世主は誰か、言わずもがな。
 慌てて隣を突き飛ばし、平謝りしながら救世主を招き入れたのだった。畳む
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回数の多いサプライズ

深夜の真剣物書き120分一本勝負 のお題に挑戦しました。
お題は「③感激」を使いました。
BL小説『ただずっと、隣で笑い合っていたいから、』 の番外編な感じで書きました。

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 ある日のこと。
「白石、ほら。このシャツ欲しがってたろ? やるよ」
「え、いいの? マジ? ってかそこそこ高いやつだけど」
「お前が絶賛してたの気になって買ってみたからついで」
 またある日のデート中。
「じゃーん。これなんだと思う?」
「……え、これアレじゃん! 限定の! な、なんで!?」
「お前がめっちゃ悔しがってたから探しまくって手に入れたんだよ。ちゃんと定価でな」
「よ、よく見つけたな……って、え? おれが、ってことは」
「そ。お前にプレゼント」
「いやいや金払わせろって! 上乗せさせろ!」
「いーのいーの。俺が勝手にやったことだから」

 大なり小なり、こんなサプライズが定期的に続いている。
 プレゼントだけではない。例えば自分が「ここ行ってみたい」と口にしたが最後、うっすら忘れかけた頃に仕掛けてくる。値段もおかまいなしに、だ。
 そりゃあ嬉しくないわけはない。西山がいつも本心からしてくれているのをわかっているから素直に受け取っている。
 しかし「なぜ」という疑問が湧いてくるのもまた自然だし、単純に西山の懐も気になってしまう。お返ししたいのにそれもさせてくれないのはもはや苦しくさえ思う。
 恋人に喜んでほしいのは、自分だって同じなのに……。
 ひとつ思い当たるのは、原因こそ不明なれどなにか悩みがあるのかもしれないこと。
 いや、こちらにその原因があると考えた方がいいだろう。
 そうとなれば早速行動に移さないと、西山が心配だ。


「ありがとう。ところで話がある」
 西山の家で、ずっと食べたかったお菓子をありがたく一つつまんだあと、そう切り出した。
「……白石?」
 満足そうな笑顔が瞬時に曇る。深刻な雰囲気を出したつもりはないのだが、気負いすぎたのだろう。軽く肩を上下させる。
「お前、なにか悩んでるんじゃないか?」
 敢えて直球勝負に出てみた。あくまで推論に過ぎないものの、こういう時のカンはわりと当たる。
「え、悩みって」
「サプライズしすぎ。そりゃ嬉しいけど、おれが仕掛ける隙もないじゃん」
 目の前の顔が明らかに強張った。
「迷惑、だったか? それか退屈か」
「どれもハズレ。だったらとっくに見破ってるだろ?」
 負のループにハマりかけている。恋人の関係も加わってから今に至るまで結構順調だと思っていたのは自分だけだったのか? 今になって不安が湧き出てきた。
「おれ、何かやらかした? ならごめん、情けないけど教えてもらえると」
「違う。……ごめん、やっぱりあからさま過ぎたな」
 誤ると、西山は両肘を立てた腕の中に頭をしまい込んで短く呻いた。
「絶対、笑うなよ」
 少しして聞こえてきた言葉は、予想外の内容だった。気が抜けた、というより先が読めなさすぎて身構え方がわからない。
「俺たち、付き合ってもうすぐ一年経つよな」
「あ、ああ……そういえば」
「お前ってほんと、そういうの気にしないね」
「ご、ごめんって。で、それが関係してるのか?」
 よほどためらっているのか、なかなか返答がない。ここは下手にフォローしない方がいいと判断して我慢して待ち続ける。
「……マンネリ、するかもって」
 ひどくか細い声だった。
「まんねり?」
 さっきのを上回る予想外っぷりだった。
「わかってる。俺がネットの記事なんか簡単に信じたのがバカだったんだ。ほんのちょっと不安だった時にそんなの読んじゃったから。そうじゃなくても一年って相手のいいとこも悪いとこも大体わかってきて落ち着いてくる頃だろ。友達でも恋人でもそう変わらないって告白した時は言ったけどちょっとは違う部分もあるからさ」
 必死に弁明を続ける西山に、だんだん約束を反故してしまいそうになってきた。単純に可笑しくて、というよりも可愛くて、だ。多分口元はもう緩んでいると思う。
「マンネリを少しでもなくしたいから、いろいろサプライズしてくれたんだ?」
 言葉が途切れたタイミングで、尋ねる。頭が小さく動いた。
「サプライズしてくれる前のおれ、そんな感じしてた?」
「……それは」
「もちろん、おれは全然そんなこと思ってなかったよ。なのに勝手に心配してたんだ〜」
 ほんのちょっぴり意地悪したくなってしまった。それだけ西山に愛されている証でもあるが、疑われてしまった証明でもある。
 ようやく頭を持ち上げた西山は、羞恥とショックを雑にかき混ぜたような表情をしていた。ドラマで恋人にしょうもない理由で捨てられた相手の姿を思い出す。
「笑わないって、言ったじゃないか」
「え、おれ、笑ってる?」
「茶化すなよ。そりゃ自分でもどうしようもないって言ったけど、本気で不安だったんだからな」
「でも、ただの取り越し苦労だったろ?」
 わかりやすく押し黙る西山がますます可愛い。普段そう言われるのは自分だから、言いたくなる気持ちが初めてわかった。
 それでもいい加減腕を引いてやらないと、デリケートな男はますます袋小路に迷い込んでしまう。この役目は出会った頃から変わらない。
 身を乗り出して、テーブル越しにそっとキスを送る。
「おれの気持ちは、恋人同士になってから確かに変わったよ」
 明らかにマイナスな捉え方をしている西山を優しく小突く。
「ばか。ますます好きになってるってこと。お前とこういう関係にもなれて、よかったって本当に思ってる」
 付き合いしだしてしばらくは、不安がなかったわけではない。
 今は違う。一日一日を過ごしていくうちに、友人だけだった関係の時とはいい意味で違う空気を得て、素直に受け入れられていた自分がいた。それが何日、何ヶ月も続いて、ようやくお互いの言葉が間違っていなかったと飲み込めるようになった。
 この関係を失うなんて、もう考えられない。
「……俺も、同じだ。同じだよ、白石」
 隣に来た西山に、固く抱きしめられる。あやすように背中をぽんぽんと叩くと、肩口に頭をすり寄せてきた。
「勝手に不安になって、本当にごめん。白石のことちゃんと見てるつもりだったのに、全然だ」
「全くだよ。普段のお前なら余裕なのに」
「やっぱり白石がいてくれないと、俺はダメだな。絶対離してやれないから、改めて覚悟してくれよ?」
「言われなくたって」
 そして向けられた笑顔は、同じ男としてちょっぴり腹立つも見惚れるいつもの格好いいものだった。

#[BL小説] 畳む
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ひっつき虫が可愛く見えるまで

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ふらっと思いついたまま書いてみたものです。
主人公:無自覚な友達以上恋人未満
お相手:片思い
な雰囲気です。

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 コイツは風邪を引いたりすると、必ず自分に泣きついてくる。
 ……それまでは少しでも困ったことがあると、だったが「本当にピンチな時だけにしろ」と交渉しまくった結果が、今だったりする。コイツにとってのピンチは風邪らしい。
『病気になると寂しくなったり人恋しくなったりするじゃん!』
 とは、本人の心からの弁である。
 幸い、高校時代までスポーツをやっていたおかげか頻繁に起きはしないものの、非常にうっとうしいのにかわりはない。


「安藤~どこ行くんだよ~オレを一人にしないで~」
「だー! 買い出しだってんだろが!」
「そんなの宅配とか通販でいいじゃんか~」
「今すぐ持ってきてもらえるわけないし配達の方に申し訳なさすぎるわ! てか徒歩5分もかからないコンビニなんだから我慢しろっての!」
 これである。毎回、これである。
 とにかくべったりひっついてくるのだ。いくら友人とはいえ同性に隙間なくくっついて気持ち悪くないのだろうか?
「ったく、お前は毎回毎回しょーもないな……」
 やはり寝入った隙に行くしかない。一応病人だから気を遣う心はあるものの、精神力が異常にがりがり削られて、気を抜いたら共倒れしてしまうんじゃないかと思うこともある。
「へへ、安藤が優しいとこも毎回変わらないよ」
「へいへい、嬉しいお言葉をどうも」
 ベッドに大人しく横になった石川はふにゃりと口元を緩めた。身長が180以上ある、精悍な男の笑顔にはつくづく見えない。
「つーか、いい加減彼女とか作れよ。よっぽど甲斐甲斐しく世話してもらえんぜ?」
 余計なお世話だろうが、言わずにはいられなかった。自分だって、いつまでも「お世話係」をやらされたらたまったもんじゃない。
「……え?」
 さっきまでの笑顔はどこへやら、見事に固まってしまった石川にこちらも面食らう。
「な、なんだよ。俺ヘンなこと言ったかよ。そりゃ余計なお世話だと思ったけどよ」
 その気になれば、恋人という関係を手に入れられる容姿も性格も備わっている。他の友人もきっと同じ評価をするだろう。
「……オレを捨てるんだ」
 全く予想外の言葉に勢いよく殴られた。恋人に縋り付くダメ男そのものじゃないか。
「オレが頼れるのは安藤しかいないのに……」
「いやいや、他にもいるだろ。お前が俺にばっか言ってくるだけで」
「オレは安藤がいいの!」
 本当に、物理的に縋り付いてきた。振りほどきたくとも病人相手に本気は出せないのに、ものすごい力が腕にかかっていて痛い。
「おま、ちょっと力ゆる」
「安藤じゃなきゃイヤなんだ。いつだって、安藤にそばにいて欲しいんだよ」
 似たようなことは高校生の頃から言われてきた。まるでお熱い告白のようにも聞こえると冗談まみれで返しては石川がただ笑って、気づけばやり取りの頻度は減った。
 どういうつもりで言葉にしているのか、深くは考えていなかった。ただ、石川がどこか寂しそうな雰囲気を漂わせていたような気はする。
「そ、そばにって、なんか、意味合い違うように聞こえるんだけど」
 今日はいつもと違う。風邪を引いているせい? だとしてもこんなに戸惑うだろうか。らしくない返答をしてしまうだろうか。
「ちがくないよ。オレにとっては一緒だから」
 見上げてくる石川の瞳は完全に高熱で揺れていた。触れたら崩れてしまうんじゃないかとつい思ってしまうほど、頬も熟れすぎている。
「オレには安藤だけだもん。知らないでしょ、オレがどんだけ安藤を」
「ま、待て待て。お前風邪引いた勢いで変なこと言うんじゃねえって」
 この流れはお互いにとって不幸しか生まない気がする。もし危惧している通りの流れになったら正直受け止め切れない。
「変なことじゃないよ。オレ、前から言ってるじゃん」
 触れられた腕から伝わる熱さで、自分まで眩暈でも起こしそうだ。こんな展開になるなんて誰が想像しただろう。
「安藤……本当に、だめ? オレ、一ミリも望みなし?」
 これでもかというくらいに眉尻を下げて、図体とは正反対の空気を一気に纏いだした。
 正直、ずるい。こんなの、駄目だと一刀両断しづらいじゃないか。いや、ここで中途半端な態度を晒してしまうのがいけないんだと思う、思うが。
「……なんだかんだで、大事な奴だとは思ってるよ。じゃなかったら、クソ面倒なお世話なんてしねえし」
 石川が求める意味とは違うだろうが、嘘ではない。一番つるんでいる友人だし、一緒にいると気が楽というか、自然体でいられる存在だったりする。
「……安藤がそんなこと言ってくれるの、はじめてだね」
 本当に驚いたようで、小さい双眸がかなり見開かれている。
「ありがとう、納得したよ。今はね」
「今は、ってなんだよ」
「うーん……そうだなぁ」
 頬をそろりとひと撫でした石川は、唇の端をわずかに持ち上げた。
「覚悟しといてね、ってことかな」
 小悪魔のような笑みとは、今のような表情を言うのだろうか。
 初めて、心臓が無駄に高鳴ってしまった。
「へいへい。心からお待ちしておりますからいい加減寝ろ」
 悟られないよう、石川の頭を枕に押しつけて布団をかぶせる。
 きっと自分も見えない熱に浮かされているに違いない。そう思い込まないと、動揺を抑えられそうにはなかった。

#[BL小説] 畳む
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小さな地獄と大きな宝物

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深夜の真剣物書き120分一本勝負 のお題に挑戦しました。
お題は「②洗い物」を使いました。
BL小説『俺はエメラルドのご主人様じゃない!』 の番外編な感じで書きました。

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 おかしい。
 気づけば、翠の姿を見ていない。
「翠ー?」
 呼びかけに返る声は、部屋にも頭の中にもない。
 恋人兼、従者(と言って譲らない)のエメラルドの化身である翠(すい)は、断りなく主の前から姿を消す男では決してない。……いや、ケンカをした場合は除く、だったか。
 至って普通の、休日の朝を迎えていた。翠のキスで起こされ、のろのろと部屋着に着替え終わる頃には朝食がテーブルに並べられていた。この後はのんびり遠出しながら買い物をすませよう、なんて会話を交わしていたはず。お互い、不機嫌になるような要素はひとつもなかった。
「……藍くーん。っていないか」
 双子の弟である、アクアマリンの化身である藍(あい)の名前を呼んでみるが反応はない。主である天谷千晶(あまやちあき)のお店に出勤しているのかもしれない。
 双子が会っているという線が消えた、ということは……。
「翠、いるんだろ?」
 それでも反応はない。全く理由がわからず、次第に変な苛立ちと不安がない交ぜになっていく。
「……主人を、意味もなく放っておくのか?」
 なるべく対等の立場でいたい自分にとってあまり使いたくない手だったが、忠誠心の高い彼なら百パーセント効果があるに違いない。そう信じていたのだが……。
 ——最終手段もダメとか、よっぽどのことが起きたらしい。
 たまに翠は、「大げさすぎだ」と突っ込みたくなることでひどく思い詰める癖がある。理由を尋ねると知らぬところで自分が原因の元であるパターンが多いのだが、今回もそうなのだろうか。
 張本人から探れないのなら、自らが探っていくしかない。
 改めて、起床してからの流れを思い返してみる。朝食を終えて、翠はいつも通り洗い物に、自分はテレビを観ながら出かける準備をしていた。
 ——翠が消えたのは、洗い物が終わった後ぐらいか。
 わずかな望みをかけて台所に向かう。翠と暮らし始めてからあまり立たなくなってしまった自分でもわかるほど、いつでもゴミひとつない……
「あれ?」
 違う。今回はたったひとつだけ、違和感がある。
 その違和感に手を伸ばして、なんとはなしに観察してみる。
「……あ、欠けてる?」
 数ヶ月前、いつも頑張ってくれている翠にお礼がしたくて、透き通るエメラルド色で飾られたガラスのコップをプレゼントした。彼と一定の距離以上は離れられない生活でサプライズを仕掛けるのは至難の業だったが、通販に大いに助けられた。
『毎日水を飲ませていただきます! ……本当に、本当にありがとうございます、文秋』
 涙を浮かべるほどに喜んでいた翠。
 宣言通り、ほんの少量だとしても毎日欠かさず使っていた翠。
 そういえば朝もニコニコとコップを使っていた。
「間違いなく原因はコレだな」

「申し訳ございませえええぇぇぇん!!」

 これから切腹でもされそうなほどの悲壮感を込めた声が、部屋中に響いた。
 視線を床に移動させれば、燕尾服姿の男が綺麗な土下座を披露している。
「わた、私は大罪を、犯しました……主であり、恋人でもある文秋(ふみあき)さんからいただいたプレゼントを、こ、壊してしまうなどと……!」
「あの、翠」
「大事に大事に扱ってまいりましたのにまさか、気づかぬうちに破損していたなんて……いえ、そんな言い訳など通用しません! 傷物にしてしまったのは事実!」
「いや、あのさ」
「どうぞ罰をお与えください。今回こそ情けは不要です。恋人の感情も殺して、あくまで従者として」
「翠」
 あくまで静かに呼びかけると、縮こまっていた身体が小さく震えて、止まった。
 しゃがみ込んで肩を二、三度労るように叩く。
「俺は怒ってないよ。お前が大事に使ってくれてたの毎日見てたんだから、ちゃんとわかってる」
「……しかし、私の気が収まりません。あの時、私は本当に嬉しかったんですよ」
 声が震えている。さすがに自分も胸が痛い。
「わかってるって。俺も軽々しく『だから気にするな』なんて言わないよ」
 飲み口の一部がわずかに欠けたコップを翠の隣に、静かに置く。
「俺はさ、このコップが翠に起こりそうだった災いを肩代わりしてくれたんじゃないかなって思ってるんだよ」
 ようやく、翠が顔をこちらに向けてくれた。
 頬に、明らかな筋が描かれている。数ヶ月前とは全く違う意味合いになってしまった涙の痕を両方拭って、敢えて声のトーンを上げてみた。
「ほら、パワーストーンもそういうのあるだろ? 欠けた時は、役目を全うした証だって。あんなに大事にしてもらったから、お礼したいって思ってくれたんだよ」
 大の大人が、絵本にでも出てきそうな物語を口走っている。
 けれど買ったブレスレットに飾られたエメラルドから「化身です。よろしく」と登場した翠と恋人同士となっている現実を見れば、あながち嘘でもないと思うのだ。
「……文秋さんも、すっかり私達の世界にも馴染みましたね」
「まだまだ、藍くんに怒られてばっかりだけどね」
 翠が、わずかにだが笑ってくれた。それだけでこんなにも胸があたたかくなる。
 欠けたコップを手に取った翠は、何度か側面を優しく撫でた。愛おしくにも、今までの働きを労るようにも見える。
「このコップは、後でベランダにある鉢植えに埋めましょう」
 訊き返そうとして、つぐむ。
 役目を終えたパワーストーンは、土に還す。そういうことだ。
「重ね重ね、お騒がせして申し訳ございませんでした」
「黙って消えた時はさすがに焦ったけどね。理由知って納得したっていうか」
 変なタイミングで言葉を切ったのが気になったのだろう、どこか心配そうに翠が見下ろしてくる。
「……俺も、エメラルドが欠けた時は、この世の終わりって感じだったから」
 言い終えると同時に、全身を包まれる。
 力強くとも、ぬくもりを感じなくとも、世界一気を落ち着けてくれる場所だ。
「大丈夫です。二度と、私は文秋から離れません」
「わかってる。嫌だって言っても、絶対無理だからな」
「望むところです」
 目が合った次の瞬間には、唇が重なっていた。ただ触れ合わせているだけなのに、やけに心臓が高鳴る。
「……そうだ」
 このままベッドになだれ込んでもいいかも、と思いかけた頭にある考えが浮かんだ。
 おそらく同じ気持ちになりかけていたのだろう、翠の双眸が若干残念そうに曇っている。
「これから、新しいカップを買いに行こう」
「新しい、ですか?」
「そんで、今度は翠が気に入ったデザインのカップにしよう。どう? 妙案だと思わないか?」
 だんだんと、エメラルドの瞳がきれいな光を帯び始める。
「でしたら、ひとつだけわがままを申し上げてもよろしいでしょうか」
「おお、許す」
「文秋も同じカップを購入なさってください。いわゆる『おそろ』ってやつですね」
 頷いた瞬間、視界に映ったふたつの瞳はどんな宝石もかなわない、自分にしか見ることのできない輝きを放っていた。

#[BL小説] 畳む
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愛したくて愛したくて

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お題bot* のお題に挑戦しました。
お題は「愛されることには、まだ不慣れで、」を使いました。

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 自然を装って手を伸ばした瞬間、肩がぴくりと震えた。
「あ、ごめん……」
「わかってるよ。嫌なわけじゃないんだよな?」
 念のための質問に、彼は小さく頷いた。伏せた睫毛の震えで、内心が痛いほど表れているように見える。

 勇気を振り絞った告白に、受け入れてもらえた瞬間の自分以上に彼は驚いていたと思う。
『告白ってしてもらったことなくて……いつもこっちからしてたから』
 脈があるとわかっていても、自分から告白してOKをもらわないと気持ちを信じられないこと。
 だから多分、告白されていたとしたら、その瞬間に気持ちは冷めてしまっていたかもしれないこと。
 普通じゃないとわかっていても逃れられずにいたことを、告白したその日にカミングアウトされた。
『え、じゃあなんで俺は……』
『わかんない。わかんないけど、大丈夫だったんだ。むしろ、なんかぶわーってなったっていうか、もっと好きになったっていうか……』
 普段の付き合いで驚くほど正直者だと知っているから、ひどく戸惑っている姿を疑う気にもなれなかった。
『じゃあ、正式に付き合って、みる?』
 普通なら諸手を挙げて喜ぶ場面でお互いおそるおそるなのも変な状況だが、改めて気持ちを確かめてみると、控えめに笑いながら頷いてくれた。

「逆に見てみたいかもな、お前の『愛し過ぎちゃう』姿」
 微妙に伝わってくる緊張感をほぐすように肩を軽く撫でながら言うと、びっくりしたようにこちらを見つめてきた。
「トレーニング中なのはわかってるけど、愛されるのも好きだからさ。たまには受けたい」
『恋人に愛される喜び、っていうのを確かめてみたいんだ。あと、勉強もしてみたいし……だからしばらくは、受け身でいさせてくれる?』
 冗談を言っているようにはもちろん見えなかったし、それだけ自分との関係を本気で考えてくれているのだと嬉しくなった。
 今も不満らしい不満は特にないものの、欲が頭をもたげ始めたのもまた、事実で。
「……説明したこと、あったよね?」
 いつでも「100%」を出し切って接していた結果、ある人は重すぎると苦し紛れに呟かれ、ある人は束縛されているみたいで嫌だと泣かれ……反省して言動を改めてみたつもりでも、ゴールは「離別」一本だったという。
 興味本位もあるが、そこまでの愛情を浴びてみたいという純粋な願いもあった。
 たとえどんな姿であっても、彼への想いは絶対に揺るがない。
「わがまま言ってるのは自覚してる。強制もしない。……でも、味わってみたいなぁ」
 敢えて砕けた言い方をしてみた。
「完全再現じゃなくていいから! こんな感じだったかも、ぐらいで全然」
「余計に難しいよ……でも、僕のわがままに付き合ってもらってるもんね」
 気合いでも入れるためか一度頷くと、肩に伸ばしていた手をそっと外し、緩く握り込んできた。
 思わず息をのむ。
 覗き込むように見つめてきた瞳の輝きが、いつもと違う。不快にならないぎりぎりのところで捕らわれているような、どっちつかずの気分になる。
「いつも、本当にありがとう。君には負担ばっかりかけてるよね」
 まとわりつくような甘い声だった。普段は緊張の方が目立つのに。
「僕が君を好きな気持ち、ちゃんと伝わってるかな。いつ愛想尽かされるかわかんないって、毎日不安なんだよ?」
 握ったままの手の甲を、自らの頬に擦りつける。昔漫画でよく見た、段ボールに入れられた子犬のような上目遣い付きだ。
 すでになかなかの破壊力を発揮している。これで全力なのか、まだまだなのか。
「そんなことあるわけないだろ? 本気で好きだから告白だってしたんだし」
 それでも、あくまで日常生活の延長のつもりでいきたい。自ら望んだのは確かだが、ただ享受するばかりでは対等じゃない。
「……ほんと、君の言葉って不思議。すごく信じられるんだ。すごく、安心する」
 自然に距離を詰められ、抱き込まれた。わずかに速い心音に口元が思わず緩む。
「だからかな、僕にできることなら何でもしたい。君の願いを全部叶えてあげたい」
 背中にあった両手が顎を掬い上げる。まっすぐに与えられる視線から摂取できる糖分の限界値は、とうに超えている。めまいでも起こしてしまいそうだ。
「ねえ、僕にしてほしいこと、ない?」
「わざわざ言わなくたって、充分してもらってるよ」
「僕は足りない」
 とん、と肩を押されて、気づけば彼を見上げる体勢になっていた。いつも使っているソファは意外に固いんだなと、どうでもいい感想を内心呟いてしまう。無理やり意識を逸らしていないと今すぐ抱き潰してしまいそうで、安易にその選択肢をとるのは嫌だった。
「僕がどれだけ、君に夢中なのか……知らないでしょ?」
「わかってるけどな」
 触れるだけのキスを終えた瞬間、彼の瞳が頼りなげに揺れた。どうやら心の奥に巣くった不安は、相当しつこく根付いているらしい。
「俺も夢中じゃなかったら『お願い』聞こうなんて思わないし、『わかってる』なんて言えないだろ?」
「でも……」
 キスを返して、頭を包むように胸元へ引き寄せた。くせの弱い髪は相変わらず、指に簡単に絡まる。
「告白した時以上に好きになってる。できるんなら四六時中こうやって一緒にくっついてたいし、いっぱい愛したいって思ってるんだからな」
 シャツを掴む手にぎゅっと力が込められた。触れ合っている箇所すべてが妙に熱く感じるのはきっと、気のせいじゃない。
 彼に感化されて、自分も相当恥ずかしい台詞を口にしている自覚はある。あくまで彼のためだ、悶えるのは一人きりになった時でいい。
「……ずるい」
 くぐもった声は震えていた。
「僕より、君の方がトレーニングになってるんじゃない」
「はは、そうかな」
「本気で、君なしじゃ生きていけなくなっちゃうかも」
「そりゃ光栄なことで」
 もっと愛されるよろこびを味わって、二度と離れられないところまでいけばいい。
 少なくとも、自分はとっくにそうなっているのだから。

#[BL小説] 畳む
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【300字SS】世界でたったひとりだけ

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300字SS  のお題に挑戦しました。お題は「波」です。
めっちゃ遅刻しました💦
ほんのりBL要素ありです。


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八月の終わりに聞く波音は、夕日も相まってどこか寂しい。
去年以上にそう感じるのは、取り巻く環境のせいだろうか。
「こうやって二人で遊ぶのも、今年までかもね」
「まーたそんなこと……大学別なの、不安すぎかよ」
隣に座る彼は呆れているけど、わかってない。
友は彼だけ。彼に仲のいい人が増えようと、自分は変わらない。
「お前が大事な友達だってのは変わらないから。変な心配すんなって」
笑顔が目にしみる。
「じゃあ、僕が世界で一番大事ですって今、誓ってくれる?」
手の甲にキスまでしてみせた。
「……冗談、だよな?」
「さあね?」
絆されてばかりじゃ悔しいし、少し意地悪してもバチは当たらないよね。
まあ、半分本気なんだけど。

#[BL小説] 畳む
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最後の嘘と願って

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深夜の真剣物書き120分一本勝負 のお題に挑戦しました。
お題は「③西日が差す窓」を使いました。お題要素は軽く触った程度です😅
どうしてもユーミンの曲『最後の嘘』が頭から離れなくなってしまいました……該当の歌詞は「朝日が差し込む〜」なんですけどね。。

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 彼は嘘つきだった。
 といっても呆れ果てるほどくだらないものや、こっちが本気で怒るほど洒落にならないものなど、無駄にバリエーション豊かだった。
 いつだって振り回されてきたけれど、嘘だとわかるのは最後に白旗を揚げるのは必ず彼だったからだ。きっかけを作るのが自分にあったとしても「降参」するのは彼だった。
 多分、甘えていたのだと思う。
 自分が原因なこともあるけれど、回数は圧倒的に彼が多いし、そういう性格でもあるのだろうと納得していた。

 朝から変わらない光景の部屋を、改めて見つめる。


 昨日の夜はいつもと同じようでいて、主に自分自身の勝手が少し違っていた。
 だから「きっかけ」を作ったのは間違いなく、自分。
「どうしたの、なんからしくないじゃん?」
 軽口を叩き合う延長上のような口調だったのは、多分気遣ってくれていたのだと思う。それに真面目な空気にしたところで、素直に吐き出すわけもなかった。
「……うるさいな。ほっといてよ」
 離れている間どういうことがあったのか察せなんて傲慢でしかないのに、そう願ってしまった。
 仕事で嫌なことがあっただけ。いつもなら鼻で笑って流せるレベルが、今日はなぜか胸につかえてしまっているだけ。疲れが溜まっているせいかもしれない。
 ここまでわかっていながら、彼には伝えなかった。悪い癖だ。
「あ、もしかして冷蔵庫にあったショートケーキ食べたのバレた? ごめん、どうしても食べたくって」
 ショートケーキは確かに買ってあった。まだ確認していないが、たとえ嘘だとしても「甘いもの好きな自分のために、明日にでももっと美味しいケーキを買ってくる」という意味だったのだと思う。
 そこまで推察できたのは、数時間後の未来でだった。
「嘘でも本当でも、ケーキくらい別にいいよ。……いいから、そういうくだらないの」
 放っておいてほしかった。一晩すれば元通りになって、こんなやり取りにも苛ついたりしなくなる。
 彼は何も知らないのに、あまりにも感情的になりすぎていた。
「……ごめん。何かあったんだね」
「そう思うなら、ほっといて」
 それからどんなやり取りをしていたのか、細かいところは思い出せない。
 ひたすらに、せっかく伸ばしてくれていた手を振り払い続けていた。ひどい態度だと頭のどこかで鳴っていた警報も無視して、気づけば部屋を包む空気はかつてないほどの重苦しさに溢れていた。

「……あのさ。俺と付き合ったこと、やっぱり後悔してるんじゃない?」

 一言一句、声の調子も、表情も忘れられない。
 笑っていた。雰囲気に似つかわしくないはっきりとした声だった。やせ我慢のようなものだったと今ならわかる。
 反論できなかったのは、彼の問いかけが頭の中でぐるぐると回り出し、まるで必死に材料をかき集めているようだったから。
「……ごめん、嘘。だけど悪い、言い過ぎた」
 ちょっと頭冷やしてくるよ。
 それが、三日前に聞いた彼の最後の台詞だった。


「こんなに落ち込んでるのに、後悔なんてしてるわけないでしょ……」
 今さらな返答だった。わずかでも口ごもった時点で、あの時の彼にとっては肯定されたも同然だ。
 異性と付き合うのをやめて、初めてできた同性の恋人だった。好きという気持ちにあれから揺るぎはないものの、半年ほど経って同性なりの難しさや悩みが出てきていたのも事実だった。
 隠していたつもりでもあんな言葉が飛び出すのだ、きっと見透かされていた。だから「頭を冷やす」と嘘をついて、出て行ってしまったのでは……。
「ほんと馬鹿だな、僕」
 後になって後悔する癖は直る兆しが全くない。今日はまともに食事すら取れなかった。お出かけ日和の天気なのに身体は全く動かず、部屋の中は薄暗い。
 そういえば、ベランダのカーテンを閉めたままだった。
『ここ、日当たりがすごいいいんだってさ。日当たり大事!』
 その一声で借りることを決めた部屋だったのを思い出しながら、ベージュ色のカーテンを開ける。
「まぶし……」
 真正面から浴びているような感覚に陥る。やたら目に沁みる気がして、ぎりぎりまで目蓋を下ろす。
 窓を突き抜ける光の大元は朝も夕方も一緒なのに、どうして後者はやたらもの悲しい気分にさせられるのだろう。……違う。きっとひとりきりだからだ。二人でいる時の空気はもっと、穏やかだった。
 ――このまま終わりだなんて思いたくない。頭を冷やすが嘘だなんて、思いたくない。
 目元を窓に押しつけた。光の強さとは裏腹にひんやりとした温度が、少しずつ熱を奪っていく。
「……まだ、決まったわけじゃない、よな」
 近所を探しに行ってもいなかったのは、たまたますれ違っただけだと信じたい。
 そもそも、仕事から帰ってきても部屋の様子に変化はなかった。何より、彼の荷物は全くの手つかず状態にある。スマホすら、未だテーブルに置かれたままなのだ。
 今日は気力が底まで落ちてしまったけれど、いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
 今度は自分が「降参」する番。
 そして、こんな嘘はもう最後にしてとお願いしなければ。

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ダーリンはすでにおみとおし

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創作BLワンライ&ワンドロ!  のお題に挑戦しました。
お題は「ハニー」です。そのまんま? 使いましたw

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「今回も助かったよ~さっすが俺のハニーだね!」
「お前、何でもかんでもハニーって言っとけば済むと思うな……って待て!」
 突っ込みが終わる前に彼は走り去ってしまった。周りの生徒が小さな笑い声をあげていて、慣れてしまったとはいえ自然と眉間に力が入る。
 ……人の気も知らないで、気軽に肩を組んできて、ハニーだなんて。
 無視すればいいのにできない理由があるからこそ、表面上は「仲のいいお友達」の彼――国枝(くにえだ)をただ、恨めしく思った。
 そんな自身の感情にはおかまいなしに、国枝の過多なスキンシップと「ハニー」呼びは容赦なく続く。
「あ、いたいたハニー! あのさ、これから暇? 部活なかったよね?」
 満面の笑みがいつも以上にまぶしく映るのは己の理性が限界を迎えつつあるせいなのだろうか。いや、違う。認めたら多分いろいろと終わる。
「……部活はないけど、用はある」
 不自然にならないよう視線を机にある鞄に逸らして、呟く。
「うそつき。ほんと、そらちゃんってわかりやすいよね」
「お調子者」の色が抜けた声音に、思わず国枝を見上げ直してしまう。
 普段は丸みの目立つ瞳が、今は鋭さを増してこちらを射抜いている。
 だが、それもわずかな時間の出来事だった。
「ハニーにとってもすっごく大事な用事なんだよー! だから、ね? 付き合ってよ、お願い!」
 まるでお参りする時のようにお願いされてしまった。はっきり言って大げさすぎる。目立つためにわざとそういう振る舞いをしているんじゃないかと邪推してしまうくらいだ。
「わかったわかった、だからやめろ今すぐにだ。じゃないと付き合ってやらんからな!」
 言い終わる前に、鞄を掴んで教室を出ていく。
 国枝がやたら構うようになってきたのは去年の春――同じクラスになってからだが、我ながらうまく受け流してきたと思っていた。なのに最近はやたら苛立って仕方ない。国枝の無邪気すぎるパフォーマンスがここまで恐ろしいとは。
 ああ、早く一人になりたい。


「おい、用事があるんじゃなかったのか」
「ん、そうだよ? だからおれん家に来たんじゃん」
 何を言ってるんだ、とはっきり書いてある顔で、国枝はお茶の入ったコップを持ってやってきた。
「へへ、そらちゃんが部屋に来るのすっごい久しぶりだね。ここんとこ全然来てくれないからさ~」
「……帰る」
 反射的に立ち上がった。理由は探りたくもないが、このままこの空間にいたらまずい気がする。
「ま、待って待って! まだ用件言ってないじゃん!」
「どうせくだらない理由だろ」
「違うよ!」
「全く、ちょっとでもお前を信じた俺がバカだったよ。いいから」
「……だって。あれくらいしないと来てくれなかったでしょ、空(そら)は」
 声音と空気の変化に気を取られて、動きを止めてしまった。
「う、わっ」
 肩を押された。思った以上の衝撃に足がもつれ、その場にみっともなく尻餅をついてしまう。
「な、んだよ……いったい、なんだってんだよ……」
 立ち上がれない。視線の先の国枝は立ったままこちらを見下ろしているだけで、妨害されているわけでもないのに、なぜか力が入らない。
「いい加減、受け入れてほしいんだよね。おれも限界だから」
 受け入れてほしい? 限界?
 脈絡なく告げられた言葉に当然疑問を持つが……「限界」の二文字に妙に同調してしまいたくなるのは、自分も似た状態にあるから?
 訊けるわけなどない。それは、自らの手の内も晒すことになる。
「どういう意味だって訊かないの? 空ならこういう意味わかんないとこは絶対突っ込んでくるじゃん」
 こいつ、もしかして「わかってる」のか?
 ありえない。完璧に押し隠してきたはずだ。たまに「ダーリン」と返してみても冗談で流れて終わっていた。周りの認識が「仲のいいお友達」止まりなのが何よりの証拠だった。
「相変わらず空は鈍いね。まあ、おれもあからさま過ぎたけど」
 国枝の苦笑がまるで馬鹿にしたように見えて、思わずテーブルに手を伸ばしていた。
「ふざ、けるな……」
 コップの中身を顔面にぶちまけられたくせに、国枝は拭いもせず平然としていた。ますます腹立たしい。惨めにさえ思えてくる。
「お前はいいよな? 毎日毎日ノーテンキに絡んでくるだけでいいんだもんな? 俺がどんな気持ちでいたか知らないで、本当にいい気なもんだ……!」
 もう堪えきれない。少し先の未来の不安より、気持ちが楽になっていく欲望を止められない。
「空は、おれが悪いって言いたいんだ?」
 前髪を軽く払って問いかける姿はまるで世間話のノリだった。ここまで内心が読めない国枝は初めてで戸惑いもあるが、もうどうでもいい。
「そ、そうだ。お前にどれだけ俺が振り回されてきたか、気づいてもいなかっただろ?」
「ふうん……」
 国枝の双眸がすっと細められ、胸の奥が嫌な音を立てる。
 本当はこっちが悪くてわがままなだけだとわかっている。余計なものを生んでしまったばかりに、一人で勝手に空回っているだけに過ぎない。
 最初は自他共に認める「仲のいい友達」だった。いつから綻び始めたかなんてわからない。気づけば容赦なく膨れ上がる想いを押し込む方に躍起になり、国枝との普段の接し方さえわからなくなり、「友達」のままの彼がありがたくもありうっとうしくもある、複雑な感情を向けるまでになった。
 国枝と、離れたくなかった。
 必死だった理由はただ、それだけ。
「……っくに、えだ」
 目線を合わせてきた男はなぜか、笑っていた。理由のわからない笑みを刻んでいる。
「じゃあさ。実はおれも空と同じ理由で振り回されてましたって言ったら、どうする?」
 心臓が耳元で動いているような、変な錯覚を覚える。
 国枝が、自分と同じ理由で、振り回されていた?
 あんなことを言ったのは、いつの間にか生まれていた、友情以上の気持ちのせいだ。知られるわけにはいかないと頑なだったせいだ。
 それと同じだと、目の前の男は告げている。
 息が詰まる。両手で顔全体を塞ぐ。全身があっという間に熱くなってきた。
 うそだ。だっていきなり、そんなことを告白されても飲み込めるわけが――
「ハニー」
 ある時から幾度となく呼ばれた、もう一つの呼称が鼓膜をゆるく震わせる。
「ねえ、ハニー。おれはいつだって、冗談で言ったつもりはなかったよ」
 顔を隠す壁はあっけなく破壊され、そのまま国枝の腕の中に閉じ込められる。
「ああ言ってれば、空はおれのものだって知らしめることができるでしょ?」
「ば……」
「馬鹿なことじゃない。だって、空は誰にも渡すつもりないもの」
 こんな、とんでもない爆弾を隠し持っていたなんて。
 完全に、してやられた。
 想像以上に、こいつはぶっ飛んだ奴だった。
「あれ、なんで笑ってるの」
「笑うしかないだろ。あれだけ悩んでたのに、なんだよこの展開はって」
「ハッピーエンドでよかったでしょ?」
 確かによかった。が、腹立つ。一発殴ってやりたい。
 だが、その企みは国枝の派手なくしゃみで立ち消えた。
「ご、ごめん。さっきぶっかけたせいだな」
「これくらい大丈夫。……と言いたいとこだけど」
 国枝の口元がいやに弧を描く。
 すぐさま違和感を覚えたのに、次の瞬間にはベッドの感触が背中を覆っていた。
「せっかくだから、ハニーにあっためてほしいな」
 見上げた先の、太陽のように眩しい笑顔がたまらなく、憎らしい。もちろん、言葉通りの意味でないと悟っているからだ。
「当然、断るなんて真似しないよね?」
「お、親が帰ってくるんじゃ……」
「残念でした。今朝から旅行中でーす」
「な、だ、だから俺を呼んだのか!」
「当たりー。それにいいの? 風邪引いたらそらちゃんのせいになるんだよ?」
 最終兵器を突きつけられたら……もう、何も返せない。
「……わか、ったよ」
「そこは『わかったダーリン』って言ってほしいなー。……いや、待てよ。最中の時のがもっと萌えるか」
「調子に乗るな!」
 せっかくだ、国枝の気が逸れている間にこっそり呼んでやる。
 それくらいの反抗なら許されるだろう?

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結局、負けは確定

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一次創作BL版深夜の真剣60分一本勝負  に挑戦しました。
・「どうしてもって言うならば」
のお題を使用しました。大学生ぐらいの2人がキャッキャしてるような感じですw

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「……どうしても?」
「どうしても。これは罰ゲームだ、お前に拒否権はないはずだけど?」
 それを言われたら何も返せない。目の前のニヤニヤ顔を恨めしげに睨み返す。
 どうしてこんな展開になったのか、もはやきっかけも思い出せないが、「負けた方は勝った方の願い事をひとつ叶える」という条件だけはしっかり頭に焼き付いていた。条件が条件だ、当たり前だろう。
 そして自分は見事に敗者となってしまった。冷静に考えれば彼にゲームの腕で勝てるわけがないのに、さっきはどうかしていた。熱くなりすぎてしまった。
「で、でもさ? いくら恋人だからって普通に引くだろ? 女装してデートとかありえないって。しかも絶対スカートとか嫌すぎるわ!」
 まさかの条件に、最初は空耳かと疑った。二回目で冗談だと思い込みたかったのに、許してもらえなかった。
「だから大丈夫だって。お前結構可愛い顔してるじゃん? ばれないばれない」
 何て脳天気な恋人なのか。いや、これは違う。意地悪スイッチが全力でオンになっているんだ。
「そんなん理由になるか! あのな、周りって見てないようで見てたりするんだぞ? それに顔が可愛いって言ったって身長170以上あるしゴツめだし」
「俺と身長差そんなにないし、ぶかぶかした服着れば目立たないっしょ。姉貴、確か緩めの服いっぱい持ってたから大丈夫」
 爽やかな笑顔を向けられても絶望しかない。お姉さんにどう説明する気なんだ。彼のことだからきっとうまく口が回るのだろう。ああ、お姉さんの身長が170近くあることが今は恨めしい……。
「あのさ。俺にとっては嬉しくもあるんだぞ?」
 急に真面目な声で距離を詰められて、口ごもってしまう。
「何も気にしないで普通にデートできるんだぞ? 俺、密かに夢だったんだよ。その夢、叶えてくれないのか?」
 眉尻まで下がっている。どこか気弱にも見える仕草がらしくなくて、柄にもなく戸惑いかけた。
「……そうなんだ。ごめん気づかないで……ってそんな手に引っかかるか!」
「あら。ダメ?」
「口の端っこがびみょーに震えてたぞ」
「顔に出てたか……しまったなぁ」
「大体、今までだって何回も堂々とデートしてるだろ。おれが嫌だっていってもお構いなしにベタベタしてくるじゃないか」
「俺はいつでもそういう気持ちで楽しみたいからね」
 今の言い方はずるい。無駄に反応してしまったのは死んでも隠し通してやるけれど。
「じゃあ、誰よりも可愛い恋人を堂々と連れて悦に浸りたいっていうのじゃダメ?」
 さっきの理由より信頼できる物言いだった。だったが。
「お前、そういう奴だったのか……若干引くわー」
「そうか? 俺はたまらなく嬉しいけどね」
 頬に触れられたかと思った瞬間、唇を柔らかい感触が走る。
「だって、人目を引く奴の一番近くを占領してるんだぞ。どんな表情も独り占めできるし、こういうことだってできる。ものすごい優越感だと思わないか?」
 また、何も返せなくなってしまった。
 彼もそうだ。街中を歩けば、すれ違った異性が絶対反応する。時には声さえかけてくる。
 そんな彼の「一番」に君臨しているのは、紛れもない自分。自分だけが、いろんな姿の彼を知っている。時には本当の心に遠慮なく触れることだってできる。
 ああ、納得してしまったじゃないか。反論の材料がなくなってしまった。
「理解してくれたんだ?」
 狙い通りとも取れる笑みが腹立たしい。何でお前は見た目がいいんだと、理不尽な言い訳を叩きつけたくなってしまう。
「わかったよ、わかりました。お前がどうしても、って言って聞かないからな」
 これぐらいの負け惜しみは許してもらいたい。彼には全く効いていないみたいだが。
「ただし、一時間な。家を出てから一時間」
「短い。二時間、いや、四時間は欲しい。これは厳命だ」
 彼の目が本気すぎて、受け入れざるを得なかった。

「……待てよ。悦に浸るって、別に女装してる必要なくね?」
「今さら気づいたのか?」
「……またお前にいいように乗せられたああああ!」
「どうも、ゴチソウサマデシタ。可愛い可愛い恋人さん?」

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息抜きの場所は恋人の隣だけ

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一次創作BL版深夜の真剣120分一本勝負  に挑戦しました。
・お前にとっての俺の姿
のお題を使用しました。探偵事務所なイメージの所長×助手です。

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「もう、所長! お願いですから片付け手伝ってくださいよ!」
 たまらず一喝した僕の声で、仕事机で突っ伏していた所長がのそりと顔を上げた。お客さんと対峙する時だけ精悍になる顔はだらしない姿へと変貌している。
「えー、それは助手の仕事だろー?」
「ええそうですね。でもお客さんが来るまであと一時間しかないんですよ? それまでにこの小汚い部屋を綺麗にしないといけないんですよ? わかってます? わかってないでしょ!」
 打ち合わせに使う机の上を整えるくらいならもちろん何も言わない。だが足元は調べ物や探し物のために無造作に投げ出されたバインダーやら本やらでぐちゃぐちゃのごたごた状態だし、ちょっと息苦しいから埃も舞っている気がする。足元と空気を整えないと、おもてなし用の飲み物お茶菓子の用意まではとてもできない。
「昇くん、そうは言ってもだね、ぼくは朝方まで資料をまとめていたんだよ。ものすっごく疲弊してるんだよね」
「じゃあ来てくれたお客さんをドン引きさせてこの事務所の悪評を垂れ流されてもいいって言うんですね。仕事がなくなって潰れてもいいんだ」
 口も手も動かさないといけないなんて、はっきり言って効率が下がるだけだ。早く「わかりました手伝います」って白旗を揚げてくれないかな……。
「でもまだ一時間もあるよ? 馬鹿でかい事務所じゃないんだから、そんな急がなくても間に合うと思うけどなぁ」
「そうやって余裕かまして、お客さんの約束時間に遅れます連絡に救われたことがあったの、忘れたとは言わせませんよ」
 全く、仕事のスイッチが入ると何回も惚れ直してしまうほど完璧で無駄がない男に変身するのに、オフだとどうしてひたすらだらけてしまうんだろう。いつも完璧でいろ、だなんてもちろん思ってはいないけど、時と場合を考えてほしい。少なくとも今は半分くらいスイッチを入れてほしい。
「いいから、ほら立って! バインダーと本を棚に戻すくらいはせめてやってください。それは所長の方が片付けしやすいでしょ? それだけでも僕は助かりますから」
 所長の机の後ろの窓を開けると、涼しい風が優しく吹き込んだ。一度だけ深く呼吸をしたら、気持ちが少しだけ落ち着いた。
 よし、続きを頑張ろう。さっきは「潰れてもいいんだ」なんて口走ってしまったけど、本当にそうなってほしいわけじゃない。何だかんだで僕は自分のポジションが気に入っているし、所長のことも誰よりも好きなんだから。
「昇」
 踵を返したところで、一言名前を呼ばれた。反応する暇もなく、僕の身体は所長の膝の上に乗せられていた。
「ちょ、ちょっと! こんなことしてる暇ないでしょ!」
「ファイルの片付け以外も頑張って手伝うから、元気ちょうだい」
 力の抜けた笑みを向けたかと思うと、猫のように頭を胸元にすり寄せてきた。背中にがっつり両腕を回されているので身動きが全然取れず、なすがまま状態になっている。諦めて覚醒した所長に賭けるしかなかった。
 ……仕事モードの所長しか知らない女の人が見たら、どう思うんだろう。まあ、まず幻滅はされるだろうな。でもこうやって甘えてくるところは可愛いってなるかも。ギャップ萌えとかいうやつ。僕も時々感じることあるし……。
「呆れてるでしょ」
 すっかり全身の力が抜けてしまって、ぬいぐるみになったような気持ちでいたら、いつの間にか所長が僕を見つめていた。
「……所長の言葉を信じてるだけですよ」
「ぼくはね、君につい甘えちゃうんだよ」
 頭を優しく撫でてくれる。つい目を閉じたくなる気持ちよさだった。
「とってもしっかり者だし、いろいろお小言言うけど、ぼくへの気持ちが全然変わってないっていうのもわかるから、ついね。すっごく頼りにしてるんだ」
 思わず息が詰まった。完全プライベートじゃない時にそんなことをはっきり言わないでほしい。
「そうやって素直なところも甘えたくなるんだよなぁ。二人きりになると未だに落ち着けなくてせわしなくしてるのも可愛いし」
 変な声が出そうになった口を、ぎりぎり手のひらで覆った。何もかも見破られている。急激に顔が熱くなってきた。
 目の前の所長が、なぜか困ったように笑っている。また、僕が自覚ないまま欲に繋がるスイッチ的なものを押してしまったらしい。そのたびに気をつけないと、と思うけどどうすればいいのか未だにわからない。
 口元の覆いをそっと外して、所長の顔が近づいてくる。自然と瞼を下ろした。少しかさついた感触と、ほんのりとしたコーヒーの香りで包まれる。
 触れるだけのキスが何度も降ってくる。お互いに物足りないのはわかっていた。それでも多分、ほんの数センチ距離を詰めても所長はそっと押し戻すだろう。根は真面目でちゃんと大人なのだ。
「……あーあ。全く、惜しいなぁ。今の昇、本当に可愛くてすごく色っぽいのに」
「何ですか、それ……」
 軽いキスでも、何度もされたら身体が熱くなるんだな……。
 仕事があるのに、早くしゃんとしないと。
「ねえ、急遽休みになりました、ってしたらダメ?」
「ダメに決まってるでしょう」
「そこは普通、特別ですよっていうところじゃない?」
「寝ぼけたこと言わないでください!」
 ……大人、はやっぱり撤回しよう。
「そういう冗談を言えるってことは、もう元気になった証ですね。ほら、片付け再開しますよ!」
 勢いをつけて立ち上がる。事務所の出入口近くに置いてある時計を見たら、タイムリミットまで四十分を切っていた。いよいよ焦らないとまずい。
「本当、憎たらしいほどしっかりしてるよね。助手に相応しくて助かりますよ」
 ふてくされている。片付けはしてくれるようだが、明らかにテンションが低い。これはしつこく引っ張るタイプの方だ。
 こうなったら、一肌脱いでやるしかない。
 のろのろとバインダーを拾い始めた所長の隣にしゃがみ込んで、強引に顎を持ち上げる。
「……さっきの続きも、仕事終わったら付き合いますから」
 最終的に僕がこうして折れるから、所長の甘え癖も直らないんだろうなぁ。
 そう自覚していても弱いから、僕もどうしようもない。

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2022年10月01日(土) 22時20分50秒